自転車で2泊3日巣湖1周旅行(1日目 合肥市内~巣湖市内)
15日(木)
暑い。
前夜寝ようと思ってエアコンのリモコンに手を伸ばしたところ、なぜかエアコンが使えなくなっていることに気づいた。
ちゃんと電気は通っている。
リモコンだって問題ない。
なのに、いくらボタンを押しても、うんともすんともいわない。
仕方がないので窓を全開にして扇風機でしのぐことに。
しかし、暑い。
風がまったくない夏の夜が私は嫌いである。
暑いから。
あまりに暑いので我慢できなくなり、戸棚にあったウォッカを霧吹きに詰めて体に吹きかける。
アルコールが気化するときのなんちゃらかんちゃらで涼を取ろうという算段である(むちゃくちゃなやりかただが)。
そうこうしているうちになんとか寝付く。
そして翌朝7時に起床。
ちょっと体が熱っぽい。
もしかしてやりすぎて風邪ひいた?(だとしたらバカだな)
頭がぼーっとするし、なんとなく内臓が疲れているような感覚がある。
とりあえず体を目覚めさせるために近くのローソンまで歩いて行き、朝食と補給食になるおにぎりやサンドウィッチ、肉まん、ミネラルウオーターなどを買い込む。
帰宅したあと栄養補給のためにサンドウィッチとバナナアイスを口に。
しかし、なかなかお腹に入っていかない。
食事のあとに冷たいシャワーを浴びて体の底にある熱っぽさをとろうとするも、対して効果はない。
そんなことをしているうちに集合時間が刻一刻と近づいてくる。
今日は合肥市内から巣湖市内まで行くことになっている(最短でも75kmはある)のだが、こんな状態で走れるだろうか。
不安な気持ちを抱えたまま、朝8時40分に大学の北門でOさん、Rくんと集合。
自分の自転車を持っていないふたりはレンタルサイクル(27速のマウンテンバイク)を借りてきていた。
Oさんは黄色のメリダ、Rくんはイエローグリーンのジャイアント。レンタル料はヘルメットも含めて1日あたり50元(約800円)とのこと。
巣湖市内への道は途中までしか走ったことがないから、道の状況がよくわからない。しかし記憶によると、巣湖の北側は上り坂が多かった気がする。
マウンテンバイクだと上り坂がちょっとキツいかもね。
まあしかし、途中悪路に出くわした場合MTBは快適だ。そのばあい、ロードバイクに乗っている私(のおしり)がきつい思いをすることになるのだけれども。
走ったことがない道を走るのはドキドキするし、素晴らしい道に出会えるかもしれないというのは楽しみではあるけれど、不安も多い。
それに加えて長距離のライドではパンクが怖い。
なので出発前に全員のタイヤの空気圧をチェックし空気を入れ直す。
さらにはサドルバックにパンク修理キットとタイヤチューブ3本(ロード2本、MTB1本)を入れた。
準備は万全である。
「なにもそこまで」「ちゃんと空気いれとけばそうそうパンクしないだろう」と思ったが、有备无患(備えあれば憂いなし)である(これが正しかったことがのちに明らかになる)。
装備の準備は整ったが、肝心の「エンジン」である私の身体はいまだ本調子ではない。
「ちょっと体調が悪いから、もしかしたら途中で引き返すかも」とふたりに断ったうえで、いざ出発。
まずは合肥市内から巣湖のほとりに出ることになるのだが、そのルートはいくつかある。
今回は私がよく走っているルートを採用した。ちょっと遠回りになるが景色の変化に富んでいて、気持ちよく走れるルートである。
まずは徽州大道に出て高速鉄道の合肥南駅まで8kmほど南下する。合肥市内のごちゃごちゃした街並みを車や原付バイクなどと併走しながら進む。
南駅近くになると道も広くなり、だいぶ走りやすくなる。南駅を過ぎた直後の交差点で東に進路を取り15kmほど繁華大道を進む。この道は幹線道路なのでトラックがビュンビュン走っているが、車線も多く路肩も広いのでそんなに気を使う必要はない。
そうして進んでいくと合肥港に到着。そのまま進むと港を過ぎたあたりで南肥河に沿った河川敷に合流できるようになっているので、河川敷へと上がり川に沿って10kmまっすぐ走る。
この河川敷は車も滅多に通らないし人影も少ないので、遠慮なくスピードを出すことができる。
これまの車や原付を気にするストレスフルなサイクリングから解放された我々は、思い思いのスピードでペダルを踏み込み込む。
ふたりに「しばらく真っ直ぐだから、好きなように走っていいよ」と言った途端、Oさんが前に飛び出し、あっという間に「点」になった。
すごいね。
河川敷のそばにはぶどう畑があって、その畑を突っ切るかたちで農道が川に併走している。
途中からその農道を走る。
木陰が心地よい。
こうして南下していくと巣湖の北岸に到達、目の前に巣湖が広がる。
目の前の巣湖を眺めながら右に視線を移していけば、そこには高層ビルやテーマパークが立ち並ぶ新開発地区が見える。左手にはただただ広大な湖面が広がっている。
3人でしばらく風景を眺める。
ふたりとも地元安徽省の人間なのだが巣湖を見るのは初めてとのこと。
私はここには何度も来たことがあるし、ここから見える巣湖は一部分だけなのであまり感動はない。
なにはともあれ、とにかく無事に巣湖の辺にたどり着いた。
サイコン(サイクルコンピューター)を見ると12時前。
約二時間半(33km)走ったことになる。
ここには「滨湖森林公園」という自然公園があり、パラソル付きのベンチや机を備えた売店があるので、ちょっと一息。
最初は優れなかった私の体調だが、街の中をゆっくり走っているうちにだんだんと回復し、爽やかな風を受けて河川敷を走りだす頃にはすっかり問題なくなっていた。
2人の様子を見ると、普段からスピンバイクを回すのが好きだ(だけど方向音痴だから外で自転車に乗ることがなかった)というOさんはさすがの健脚ぶりを見せ、ピンピンしている。
対するRくんはあきらかに暑さに参っている。
そりゃそうだ。
この日の最高気温は36度。
サイクリングは安全第一である。
なので、
「合肥に引き返すならここが折り返し地点だから確認するけど、今日このまま巣湖市内まで行く?」
と問いかける。
するとOさんが目をらんらんとさせながら、文字通り間髪入れず
「はい!」
と答える。
女の子がそういうんだから「私は疲れました、帰りたいです」とは死んでも言えないRくん。「大丈夫です、頑張ります」との返事。
よしわかった。
でも、無理しちゃダメだよ。
30分ほど休憩し、水を飲んだり持ってきたおにぎりを食べたりして水分・栄養の補給を済ませてたあと、再び走りだす。
ここから巣湖沿いのS601号線(環湖北路)を東に向かって8kmほど走る。
ちなみに中国の道路名の頭には「G○○」「S~」「X…」などのアルファベットがついているが、Gは「国道guodao」、Sは「省道Shengdao」、Xは「県道Xiandao」を意味している。
中国の「県」とは省や市より下級の単位なので、「県道」はあまりしっかりした道ではなく、舗装もガタガタであることが多い。
私はロードに乗っているので、できれば「X」は走りたくない。
さて、この「S601」は長臨古鎮という小さな町のあたりで北から南下してきたS227と交差したあと、北部中央がおわん型に凹んでいる巣湖に沿うような形で南下していく。
今回の私たちはここでいったん長臨古鎮からまっすぐ東に伸び、巣湖北部の半島を突っ切る「烔長路」に乗り換えて東進を続ける。
「巣湖一周」というからには文字通りS601を走ることで巣湖にべったり沿ったほうがいいのだろう。
しかしそれだと走行距離が120kmぐらいになりそうだ。
OさんやRくんの自転車体力が未知数であることも考慮に入れ、烔長路を行くことで半島部分をショートカットすることにした。
しかし結果から言えば、この道のりがなかなかきつかった。
まず時間帯の問題があった。
この時の時刻は14時すぎ。一日で一番気温が高い時間帯である。
サイコンの温度計を見ると、なんと44度!もちろんこれは直射日光で熱くなっているというのもあるが、実際の気温も35度を越えているのだ。
加えて呆れるほどの良い天気である。空を見上げると雲がほとんどないような、留保の余地がない快晴である。途中で少しだけパラパラっとにわか雨が落ちてきたが、そのあとはずっと夕方まで晴天が続いた。
さらに、ここの道は山を切り開いて作った道だから、上り坂と下り坂のアップダウンが繰り返し続く。
ギアを軽めに落としてペダルをくるくる回しながら、真夏の坂道をえっちらおっちら登っていく。
やっぱりロードは上りに強い。引き離すつもりがなくてもMTBに乗っている2人との距離が自然と開いていくので、時々後ろを振り返りながら無事を確認しつつ進む。
Oさんはしっかりくっついてきている。女の子があんな大きくて重いMTBに乗っているのに、すごい。きっと普段からスピンバイクに高い負荷をかけて漕ぐのが好きなのだろう。
しかしRくんが何度も視界から消える。そのたびに引き返しては無事を確認し、「加油!」と声をかけたあと、さっき登った道をまた登るということを繰り返す。
きつい。
とはいえ、山道なので空気は綺麗だし景色は素晴らしい。
綺麗に舗装された自転車専用レーンもある。
なので、汗をダラダラ流しながらも、フンフンと鼻歌交じりに結構楽しく走る。
道に沿って咲いている夾竹桃やコスモスに似た花々、路肩にテントと椅子を持ち出して自分の作ったブドウを販売している地元の人達。
そういうのどかな田舎の風景を横目で見ながら東に進み続ける。
しばらくペダルを踏み続けていると小さなダムにたどり着いた。
そばに良い木陰があったので、ここで30分ほど休憩することに。
Rくんは休憩と聞くと嬉しそうに水を飲み干したあと、芝生にごろんと「大の字」になって眠り始めた。あまりにも気持ちよさそうなので、そっとしておく。
私も地面にどっかと腰を下ろし、水をゴクゴク飲んだあと、太陽に照りつけられた頭にボトルから水をぶっかけて涼む。
ジリジリと痛めつけられた地肌に冷たい水が心地よい。
今回私は保温ボトルを3本も用意したので真夏のサイクリングでも常に冷たい水を確保できる。
重さが増えることを承知で持ってきて良かった。
Oさんを見ると、多少汗をかいてはいるがまだまだ元気そうである。
現在の走行距離はだいたい60km。目的地の巣湖市内まであと30kmほど。
あんまり休憩しすぎるとかえってキツくなる。
先に進もう。
「ここでずっと寝ていたい」「はやくホテルに行きたい」となにやら矛盾したことをいうRくんをなだめすかして、出発。
しばらく走ると、さっき別れたS601(滨湖大道)とふたたび合流。
S601を走りながら巣湖のふちをなぞっていき邬梁村という地点に差しかかったところで、これまで道に沿ってずっと植えられていた防風林が途切れた。
なにげなく右方向を見てみると……。
いままで遮られていて見えなかった巣湖がいきなりその姿を見せる。
あまりにも突然「やあ!」とその姿を見せたので、おもわず自転車を降りて見入る。
これは確かに広い。
「海だよ」って言われて見せられても私は気づかないかもしれない。
2人も自転車を止め湖岸まで降りてゆき、湖岸の岩に腰を下ろし疲れがたまった足を湖に浸す。
私もそれに倣う。
残念ながら水はあまり冷たくはないし、綺麗でもない。
しかし、こういうのは実際に触ってみて、「ああ、あのとき触ったな」と記憶しておくことが大切なのである。
ふと横を見ると、暑さに耐え切れなくなったRくん、何かが完全に吹っ切れたようで、まるでお風呂に浸かるかのようなかっこうで巣湖を身体全体で満喫している。
けっこう波があるので「大丈夫?」と聞くと、嬉しそうに「大丈夫大丈夫!」と答える。
ほんとうに大丈夫だろうか。
まあ、大丈夫だろう。
私はさすがにそこまでする勇気はなかったので、湖岸から上がったところにある木陰に腰を下ろし、広大な湖面を眺めながら一息つく。
しばらくするとRくんと彼を見守っていたOさんが戻ってきたので、近くにある集落の売店で冷たい水を補給。
売店といっても外から見ただけでは普通の倉庫である。
店らしきものが見当たらないので、そのへんにいた村の人たちに「売店はありませんか」と聞いたところ、わざわざ鍵を開けてくれた。
この売店には2匹の犬がいた。
どうやらここのワンちゃん達はあまり人見知りしないようで、よそ者の我々に対して尻尾をちぎれんばかりにブンブン振り回しながら、嬉しそうにワンワン吠えてくる。
3人でしばらく犬と戯れる。
が、まだ目的地まで20kmほどある。
名残惜しそうな2人を急かし、2匹のワンちゃんに別れを告げ、先を急ぐ。
しばらく進むと「亀山隧道」というトンネル(530m)に出くわす。
おお、自転車でトンネルを抜けるのは初めてだ。
ちょっとテンションが上がる。
とはいえ、安全第一。
テールライトを点滅させながらゆっくりトンネルを抜ける。
トンネルを抜け一気に坂道を下ると、そこはもう巣湖市。
商店や人や車がだんだんと多くなってくる。
巣湖市のスタジアムなどを右手に見つつ、街中なので車に気をつけながらゆっくりと15分ばかり走り、16時にホテルに到着。
走行距離約90km、かかった時間は5時間20分で、消費カロリーは3000kcalぐらい。
Oさんにとっては自転車での人生最長距離。頑張りましたね。
Rくんははやくホテルで寝たそうである。お疲れ様。
とりあえず無事に着いたことを3人で祝いつつ、ホテルにチェックイン。
旅先で移動手段を盗まれたらめんどくさいことになるので、エレベーターを利用し自転車ごと部屋へ入る。
今回は私はRくんとツインの部屋に泊まる。
部屋代は120元(約1800円)。ふたりで割れば900円。
安い。
ちゃんとふかふかのベッドが2つついているし、熱いシャワーもクーラー基本的なアメニティグッズもある。
とりあえず18時まで自由時間ということにして、シャワーを浴び1日の汗を流したあとクーラーをガンガンに効かせながら、ゆっくりと過ごす(Rくんはすぐさま爆睡)。
シャワーを浴びながら身体をチェックしてみると日焼けがすごい。
指ぬきグローブをつけていたので、指が第二関節あたりで綺麗に白黒に分かれている。
なぞの達成感。
そんなこんなしているうちに18時。
ロビーで集合。
夜ご飯を食べる場所を歩きながら探す。
十分運動したから、今夜は健康的に暴飲暴食できるね。
知らない街に夏の夜がやってくる瞬間のワクワク感を味わいながら、夏の夕暮れの涼風を感じつつ、30分ほど散策する。
さて、なにを食べるべきか。
こういうときは「ここでしか味わえないもの」を食べるべきなのだろうが、ホテルのフロントや道行く地元人に「巣湖の郷土料理はなんですか」と聞いてみても、
「さぁ、なんだろうね」
「なんにもないよ」
という答えしか返ってこなかったので、中国にはよくある「ひとり○○元で食べ飲み放題」というセルフ形式のお店に入る。
とりあえず喉がからからに乾いていたので、店に入るやいなやビールを1本ラッパ飲み。
旨い!
あまり冷えていないのが残念だったが、炎天下で1日汗を流したあとなので身体にしみていく。
ビールを飲み干したあとは、お皿を持ってトングをカチカチいわせながら、それぞれ思い思いにバイキングを楽しむ。
そうしてテーブルいっぱいに並べたご飯ものやら麺類やら肉やら魚やらデザートやらを、昼間たっぷり自転車に乗ってエネルギーを消費した我々一行は
「ダイエットが……」
とか
「体重が……」
などという邪心とは無縁にただただ欲望に任せて胃袋に収めていく。
たっぷり運動してぱくぱくご飯を食べる幸せを噛み締める。
いろいろな食べ物があったが、今回とくに印象に残ったのが、これ。
ヒトデである(別に巣湖とは関係ない)。
女の子の手のひらぐらいのサイズがある
調べてみたところキヒトデという種類らしく、私が子どもの頃よく捕まえて遊んだイトマキヒトデなんかとは違い、ちゃんと食べられるそうである。
そばにいたスタッフに食べ方を聞いたところ、「鍋に入れてよく煮たあと、殻を剥いて中にある黄色い部分を食べてください」とのこと。
ふーん。
このヒトデ、海鮮コーナーにホタテやタコなんかと並んで山盛りに置いてあるのだが、私が見た限り誰も手に取っていない。
一般的に日本人と比べると食材への好奇心が旺盛な中国人が手をつけていないなんて……。
これ、ほんとうに食べられるのだろうか。
ええい、旅は度胸、物は試しである。
せっかくなので言われたとおり鍋にして食べてみることに。
テーブルに備え付けのIHコンロのうえに鍋を載せ、あっさり鶏がら風味のスープで10分ほど煮込んでみる。
「もういいかな」という頃合で、鍋の底から茹で上がった「ブツ」をサルベージする。
おお、グロテスク。なにやら道徳的に鍋に入れてはいけないものを入れてしまった気がする。きっと一緒に煮込まれた豚肉やもやしの目にヤツはエイリアン的存在に映ったに違いない。
勇気を出して言われた通りに剥いてみる。
うーん、たしかになにやら黄色いものがぎっしりとつまっているが、これはなんなんだろう(あとでわかったことだが、これは卵巣である)。これがウニならば小躍りして喜ぶぐらいたっぷり詰まっている。
恐る恐る口に運ぶ。
……うん……なるほど。これは旨いね。
味としてはカニ味噌に近い。
ただカニ味噌のようにトロっとした食感はなく、口触りは魚卵の煮付けやよく焼いたタラコに近い。
ふーん、ヒトデってこんな味なんだ。
なんだか「新世界の扉」を開いた気がする。
そんなこんなで、、明日の予定を話し合いながらバイキングを楽しみつつ、巣湖の夜は更けていくのでした。