とある日本語教師の身辺雑記

中国の大学で日本語を教えながら、日常の雑感や出来事を気の向くままに綴ります(最近は麺と猫と自転車が主)。

雑記(1・25~30)

1月25日(月)

3時、6時となぜか夜中に二度目が覚めるが、“三度寝”する。

10時起床。

外は小雨。

肌寒い。

昨日作り置きしておいた味噌汁を温めて、しょうが・にんにくのみじん切りを入れていただく(おお、これは温まる)。

身支度をして家を出て、12時過ぎに大学着。

週末の日記をアップしたあと、3年生「日本語基礎作文Ⅱ」の答案を採点する。

先週からこつこつと採点してきた結果、残りは論述問題だけである。

何とかして今日中に終わらせたい。

ちなみに、今回の論述問題は以下のようなものである、

興味とお時間がある方はご覧ください(閲読文は内田樹『街場の文体論』第二講から引用、学生さんにとって難しいと思われる単語・表現には訳をつけた)。

 

大問五. 次の文章を読み、自分なりによく理解したのちに、感じたことや考えたことに基づき、問いやテーマをひとつ立てなさい。

 

問いやテーマ.__________________________

 

 さっき今日の一限目(第一节)の「身体文化」の授業を持っている平尾剛さんと授業の終わったあとにちょっとおしゃべりをしたんです。彼は自分の大学でラグビー(橄榄球)とラクロス(长曲棍球)のコーチをやっているんですけど、クラブの学生がこの間、彼がコーチに出られないときに、「何しといたら、いいんですか」(我做到怎样才可以)と訊きに来たんだそうです。「何をしたらいいんですか」(要我做什么才可以)ではなく「何しといたら、いいんですか」。

 「何しといたら、いいんですか」というのは「何をしたらいいんですか」と意味が違います。「何しといたら、いいんですか」というのは、言外に「やりたくないけど、どれくらいまでやったらいいんですか。どれくらいやったら許してもらえるんですか」ということを意味しています。「この辺までやっとけばいいという、そのぎりぎり最低のライン(最低限度,界限)を教えてください」と訊いている。

 この「何しといたらいいんですか」「何書いといたらいいんですか」という問いは君たちのなかに深く内面化しています。その「最低ライン」というのが、養老孟司先生(作家,东京大学医学部教授)の言葉を使って言えば、「バカの壁」ですね。「凡庸の境界線」。君たちはまさに四方を「凡庸の境界線」に取り囲まれているわけですよ。「何書いておけばいいのですか」という投げやりな(马虎,随便)質問が出てくるというのは、「合格最低点のアチーブメント(成就)」を何かをするときの無意識の基準に採用しているということです。   

  (中略)

 文章を書くということは、いつだって「限界に挑戦する」ということなんですよ。わがうちなる(我自身的)「バカの壁」、わがうちなる「凡庸の境界線」を踏み破ってゆくということなんです。そうじゃないと、物を書くことなんて、本当にただの苦役にしかならない。

 合格最低ラインギリギリの仕事しかしない態度のことを前に椎名誠さん(作家,编剧,导演)が「こんなもんでよかっぺイズム」(这么着也没得事ism)と呼んだことがありましたけれど、これはうっかり一度はまる(陷入)ともう出られない底なし(没有底)のピットフォール(陷阱)です。「みんなこの程度のことを書いているんだろうから、このくらいでみんなと同じレベルで、さらに自分は誤字・脱字も少ないし、ちょいと小洒落たフレーズ(时髦的句子)も入れておいたから、少し割増(增额)で80点くらい?」というように算盤弾いて書くようなことをしていると、そこからもう永遠に出られなくなる。 

 皆さんが閉じ込められている「言語の檻」は、かなり複雑な構造になっています。昔だと「言語能力が低い」とか「表現力がない」とか「語彙が少ない」とか「リズム感がない」とか「音の響きが悪い」とか、そういうことが問題だったわけですけれど、君たちが閉じ込められている檻というのは「評価の檻」なんです。何を書くかよりも、それに何点がつくか、ということが優先的に配慮される。

 

大問六. 大問五で立てた問いやテーマに基づき、今学期の作文の授業で学んだことに言及しながら、自分の考えを作文(横書き、常体、字数不問)しなさい。

 

以上、問題はここまで。

ご覧になればわかるように、閲読文の内容を簡単にまとめると、「学生は評価・成績に囚われてものを書いている」「評価・成績を気にしてものを書く限り、『バカの壁』『凡庸の境界線』は越えられない」というものである。

そして学生諸君がこの閲読文を読んでいるこの場はまさに「作文」の期末テストなのである。

まったく、私も性格が悪い。

「評価を気にして何をどう書くか決める人が多いけど、それってバカで凡庸な振る舞いですよ」

そんな文章を題材にしたうえで「さあ、自分でテーマを立てて自由に書いてみて」と要求するんだから。

つまり、どういうことか。

この閲読文を読んで「こういう答案を書けば先生は評価してくれるだろう」とか「こんなことを書いておけばそこそこの成績がもらえるだろう」と思ってペンを握ったその瞬間に、自分で自分を「バカの壁」で囲い込み、「凡庸の境界線」の内側で答案を書くよう仕向けてしまうのである。

頭がいい学生さんは閲読文を読んだ時点で(もしくは答案を書いている途中で)そのことに気づく。

「あ、いつものように『よし、良い成績をもらえるようなことを書こう』と書いたんじゃ、自分で自分を『バカ』で『凡庸』だと証明してしまう文章になるんじゃね?」と。

もちろん誰だって「バカ」「凡庸」扱いされるのは嫌である。

ならば、答案を書く道程において、自分を囲む「バカの壁」「凡庸の境界線」に自ら気づき、それを描写しながら乗り越える努力をしなければならないのである。

ということで、閲読文をよく理解した学生さんの答案には、この「気づき、描写し、乗り超える努力」をした痕跡が垣間見える。

具体的に言えば、答案の中に

「この閲読文はまさに私のことを言っている」

「バカ扱いされて耳が痛いが、たしかにそうだ」

などという自分のバカさ・凡庸さを自白するフレーズが出てくる。

「たとえば、以前こんなことがあった」

などの書き出しから始まる、自分のバカさ・凡庸さの列挙が、必ず書かれている。

ポイントはここである。

私が思うに、自分のバカさ自慢こそが自分なりのオリジナルな文章を書くことへの第一歩だからである。

というのも、本質から見ると、バカな人間・凡庸や人間の精神的構造は同型であり代わり映えしないのであるが、それぞれのバカな人間・凡庸な人間を現象として観察してみると、その人間のバカさや凡庸さは驚くほど人それぞれなのである(私がそうだ)。

したがって、学生さんが自分のバカさ・凡庸さを具体的に列挙し、説明し、反省した作文は、必ずその学生さんにしか書くことができない個性的なものとなる。

結果として、その学生さんのオリジナリティあふれる答案となるのである。

対して、自分が「バカの壁」に取り囲まれた「凡庸な人間」だと自覚できない人間、平たく言えば凡庸なバカが書いた文章は極めて没個性的である。

というのも、彼らは自分がバカで凡庸な人間であると微塵も思っていないからである(だからバカで凡庸なのである)。

彼らは自分は十分に賢いと思っている。

ものを考えたり書いたりする主体である自分にはまったく問題がないと思っている。

だから、あとはものを考えたり書いたりするときの知識や技術が必要なだけなのだ。

ということで、論題を目にしたときの彼らは、その論題を目にしている自分自身の

精神構造には視線を向けず、その論題を「私なりに」解決するための材料探しに精を出す。

「こういう書き出しにしとけば受けるだろ」とか「こういうテーマならこういう事例を持って来れば無難だろう」とか考えながら。

しかし、考えてほしいが、学生の見知った世界などたかがしれている。

学生の知識や技術など「雀の涙」である。

別に学生をバカにしているわけではなくて、学生とはそういうものだといっているだけである。

しかし、それを自覚できる学生とできない学生の間には、高い「壁」があり、超えがたい「境界線」があるのである。

よく言われることだが、同じ年齢、同じ学力の集団が、同じ学校、同じ教師、同じ教材、同じ教室で、同じ期間勉強したのもかかわらず、ある学生は教師もびっくりするほど成長し、ある学生は「高校7年生」のまま卒業することがある。

この差はどこでついたのか。

先天的な頭のよさではない(だったらふつう「同じ学校」にいない)。

努力の量やその方法でもない(毎晩遅くまで机にかじりついたり、高いお金を払って外部の塾に通ったにも関わらず、結果としてちっとも成長を見せなかった学生だっている)。

違うのは、態度である。

さきほどずらりと並べた、「勉強した」に係る「同じ○○」のなかに、ひとつ抜け落ちているものがあることにお気づきだろうか。

そう、「同じように」である。

「違ったふうに」勉強した、だから結果も違うのである。

ここで「違ったふうに」を勉強量や勉強方法として理解してしまうと、また問題が振り出しに戻ってしまう。

違うのは視点なのである。

つまり、視線を自分自身に向けながら、反省的に勉強したのかどうかの違いである。

学生諸君にはよくよく考えてほしいけれど、これまでずっと学校で学んできた君たちの知っていることなんて、となりのクラスメイトとそうたいした違いはない。

あなたが知っていることは、たいていとなりの王さんだって知っているし、そのとなりの李さんだってしっている。

その状態で「私が知っているこれ使って書けば良い成績がもらえるだろう」という態度で文章を書いてしまったら、どうなるだろうか。

王さんや李さんと同じような同じような文章ができて当たり前ではないだろうか。

しかし、クラスのなかにはときどきこういう人だっている。

つまり、「私が知っていることは、たいていとなりの王さんだって知っているし、そのとなりの李さんだってしっているかもしれない」「じゃあ、王さんや李さんが知らなさそうなことを使おう」と考える人である。

きみとこの学生の違いは、知識の量ではない(なんどもいうが、同じ学校の同じクラスなんだから)。

そうではなくて、君が知らない「私が知っていることは、たいていとなりの王さんだって知っているし、そのとなりの李さんだってしっているかもしれない」という知識=メタ知識を、この学生さんは知っているということである。

話をテストに戻すけれど、だから、さきほどの閲読文を受けて「私が知っているこれ使って書けば良い成績がもらえるだろう」という態度で書いた文章は揃いも揃って、「学歴社会はうんぬん」だの「現在の学生はかんぬん」だの「テストの点数だけが人生じゃない」だの、聞き飽きたストックフレーズの引用で終わり、結果として、個体差の判別が不可能なほど似通ってしまうのである。

そしてそのことに疑問を感じていない。「当たり前だ」と思っている。

それもこれも、彼らが「自分の知識に関する知識」を知らない(というか、そういうものの存在すら気づいていない)からである。

 

「バカの壁」「凡庸の境界線」はこうして形成されるのである。

それは学歴社会のせいでもなければ時代のせいでもない。

バカな人間・凡庸な人間に「私ってもしかしてバカで凡庸なんじゃない?」と自問する習慣がないからである。

 

16時すぎ前で採点を続ける。

途中で頭が痛くなってきたので、「今日中に片付けたい」という意気込みはどこへやら、今日はここまで。

朝から降り続く小雨のなか家路に着く。

途中でスーパーに寄って食材を買い(豚タンとキノコ)、ちゃちゃっと炒めて夕食を済ませる。

食後に録画しておいた「ガキ使」を見ていると、そのなかの「ドリアはドリア一家のためにフランスで作られた料理」というテロップに注意が向く。

「ほんまかいな」と思いネットで調べてみる。

ほほお、ドリアという料理はなかなか複雑な起源を持つんだな。

結論から言えば、今の私たちに馴染みあるドリアは日本で外国人シェフによって考案された料理であるが、19世紀のフランスにドーリア一家のために供されたドリアなる別物の料理がもともとあったそうだ(さっきのテロップが指していたのはこれ)。

なるほど。

初耳。
ところで、ドリアは中国語では“芝士焗飯”というらしい。

“芝士”はチーズのことであり、“飯”はそのままご飯のことであるが、問題は“焗”(ju、2声)である。

辞書によると、これはもともと調理方法を表す方言らしい。

現在では、「蒸気を使い、密閉した容器内の食物に火を通す」という意味らしい。

そういうことを踏まえると、ドリアを“芝士焗飯”と訳するのはどうかと思う。

ドリアは基本的にオーブンで焼く料理なんだから。

と、ケチをつけたあとにこういうこというのもなんだが、外来の新しい言葉を翻訳するのはなかなか難しいことである。

言語とは、それを使っている私たちの生活環境や因習・慣習と切っても切り離せないからである。

ようは「ないものごとは言葉にする必要がない」わけであるが、外来のものごととは、それを知らなかった私たちにとっては「そんなものも、あったのね」なのである。

翻訳とは、この「そんなもの」を何とかして自国語として受け入れる作業なのであるが、この作業は常に自国語(とその背景にある私たちの生活習慣や因習・慣習)の制約を受けるわけである。

たとえば、金田一春彦は『日本語を反省してみませんか』(角川oneテーマ21、2002年)のなかで、料理の語彙に関する日英の対比事例を紹介している。

 

調理に関する言葉になると調理方法を表す動詞で、英語のboilに相当する語彙が日本語ではたくさんある。日本語ではお湯なら「わかす」から始まって、ご飯ならば、「炊く」、人参や大根ならば「煮る」、卵なら「ゆでる」と言い分ける。つまり全体が水なのか、水分がなくなるまで温めるのか、温めた後水分まで食べるのか、水分はこぼしてすてるのか、ということをやかましく区別するわけだ。これは水を多く使い、野菜を多く食べる日本の民族習慣を表している。

 一方、日本語は「焼く」という言葉には大変大まかである。英語では肉ならば蒸し焼きにすればroast、照り焼きにすればbroilという区別があり、また串にさして網で焼けばgrillとなる。パンについては、bakeの方はパンを作る過程、toastの方はパンにこげめをいれることであるが、日本人はこの区別をつけずどっちも「焼く」と言う。 

                       前掲書、pp.201-202

 

話をドリアに戻すが、ドリアは「焼く」ものであるが、金田一が言うように日本語はこの概念に対してかなりアバウトであるため、調理方法を以て意訳しにくい(「焼き飯」だとチャーハンだし)。

それよりは、カタカナ語にすることで「これは外来の新しい食べ物だよ」と注意しながら「ドリア」と音訳しておいたほうがいい。

私はそう思う。

悪く言われることが多いカタカナ語だが、馴染みのない外来概念を自分たちの言語に受け入れるときに無理に意訳せず、とりあえずカタカナにしておくことには意義があると思う。

そうすることで、「これは他所様の概念なんだからわかった気になるなよ」と謙虚に受け入れることができるからだ。

例を挙げよう。

たとえば「すき焼き」の中国語訳には2つある。

ひとつは音訳である“寿喜烧”(shou4xi3shao1)であり、もうひとつは意訳“日式牛肉火锅”(日本風牛鍋)である。

手元の日中辞典に載っているのは後者だが、最近では“寿喜烧”もだいぶ一般化している。

で、問題は意訳である“日式牛肉火锅”。

以前、卒業論文の答弁会でこんな学生がいた。

彼が論じたのは「日本の外来文化受容の特徴」である。

よくある陳腐なテーマであるが、今回論じたいのはそこではない。

彼は日本の外来文化受容の例として、なんとすき焼きを持ってきて中国の“火锅”と比較しようというのである。

というのも、彼曰く、すき焼きとは中国の“火锅”が伝来した鍋料理だからである。

よって“火锅”と比較することで、日本人の外来文化受容を論じようとしたわけである。

ご存知のように、これは間違っている。

そもそもすき焼きは中国の“火锅”を起源とするものではないからである(鍋料理なのかというところからして諸説あるが)。

丸善『日本文化事典』を開くと「すきやき」の項目(190頁)にこう記してある。

 

 すきやきは,農具の鋤の上で焼いたのでその名があるとされるが,現在は鍋料理の一つである.

 

諸説あるようだが、もともとは鋤(すき)の上で焼いたから「すき焼き」だというのが現在の有力な説である。

事典はさらにこう続ける。

 

 農具の鋤には,先端に三角形の金属部分がある.これを鍋の代わりにして油を塗り,その上で鳥肉・魚類を焼く料理を「鋤焼き」とよんでいる.具体的なつくり方は,江戸時代の料理書『素人庖丁』初篇(享和3〈1803〉)と『料理早指南』四篇(文化元〈1804〉)にみられる.前者では,火鉢に唐鋤をのせ,よく焼けたときに油を塗り,その上に三枚に下ろしたはまちの身を並べて焼きながら,大根おろし,醤油,とうがらしなどとともに食べるとある.後者では,雁や鴨類が材料で,あらかじめたまりに漬けた肉を,熱した唐鋤の上で焼く鉄板焼きのようなものである.鋤のように鍋の代用になる容器を用いた料理は,貝を使った貝焼き,つぼ焼き,瓦を上下に使った鯛のはま焼きなどがみられる.

 肉食禁忌であった江戸時代,表向きには食べなかった牛肉が,幕末から少しずつ取り入れられるようになる.『武江年表』の慶応2(1866)年には、「牛を屠りて羹とし商う家,所々に出来たり.又西洋料理と号する貨食舗,所々に出来て,家作,西洋の風を模擬せるものあり」と記されている.

 

このように「すき焼き」(日式牛肉火锅)とは、日本に土着していた食文化が欧米化の影響を受けて誕生した料理なのであり、日本の外来文化受容を考察するうえで興味深い題材であることは事実だが、決して中国の“火锅”を起源とするものではない。

たしかに日本には中国から伝来した文化が多くある。

しかし「それはそれ、これはこれ」(一码归一码)である。

したがって、「『すき焼き』は中国の“火锅”が伝来したものなので、“火锅”と比較することで、日本の外来文化受容について考察しました」という研究は、その前提が誤りである。

前提が間違っている以上、どんなに考察したところで研究としては成立し得ない。

きびしく言えば0点である(まあ、あくまで「きびしく言えば」の話であるが)。

では、なぜこのような事態が生じてしまったのか。

“日式牛肉火锅”という意訳に原因があると私はみる。

つまり、“日式”が問題である。

というのも、“日式”と訳してしまうと「ああ、俺たちの火鍋を日本風にアレンジしたものね」とか「おお、俺たちの火鍋の日本風ね」という印象を与えてしまうと私は思うのである。

それは、たとえば中国の“拉面”やその派生である日本の国民食「ラーメン」を「中華蕎麦」と訳してしまうと、「ああ、中国的な『蕎麦』ね」と受け取ってしまうのと同じ道理である(いうまでもなく蕎麦と“拉面”は製法も材料も異なる別の料理である)。

たしかに、意訳は大切だ。

自分たちになじみがある手持ちの意味に寄せて翻訳することで、見知らぬ外来概念をすんなりと受け入れることができるからである。

しかし同時に、その「すんなり」は罪のない思い込みや勘違いに(そしてやがては偏見や夜郎自大な「自信」に)つながるおそれがある。

私はそう思う。

そこで、馴染み無い外来の事物をまずはあえてカタカナを使って音訳しておくことで、「これは私たちが知っている『あれ』とは違った新しいものですよ」とアナウンスしつつ、とりあえず受容しておく。

カタカナ語にはこのような意義があるのではないかと私は思うのである。
たとえば、“consensus”。

カタカナ語である「コンセンサス」は音訳である。
これを「合意形成」「統一的見解」と意訳してしまうと、たちまち既存の日本的・土着的風土に取り込まれ「理解」されてしまうのではないだろうか。
「ああ、合意を取り付けることね。よっしゃ、じゃあ、今夜あたり村のみんなで飲み会でも開いて決めよっか」的な、島国的・ムラ社会的解釈をされてしまうのではないだろうか。
しかし、“consensus”が有する語義は、そのような雰囲気的・感覚的な合意形成ではないはずだ。

そもそも、今までに私たちが持っていた「合意形成」「統一的見解」には担えない違った意味合いを担当してもらうために、わざわざ外から持ってきた言葉だったはずである(もちろんええかっこしいのためにやたらと外来語を使う人間もいるが、それはそれとして)。

外来語を単に意訳するだけでは、その外来概念の実体を訳すという意味で問題がある。
しかし、かといって“consensus”とそのまま受け入れるわけにもいかない。

それだと外来語ではなくて外国語だからである。

翻訳ではなくて「移動」だからである。
そこで、「コンセンサス」とカタカナにして取り入れる。
すると、「これは『合意形成』『統一的見解』という意味だけど、私たちが知っている日本的なものとは違う、新しい意味を持つ言葉だよ」と“但書”をしつつ、日本語に取り込むことができる。
結果的に自言語の奥行きや幅を増すことができる。
私はそう思う。
現に漢語だってそうやって取り込んできたのである。
問題はカタカナ語ではなくて、言葉に無頓着な、“但書”を読もうとしない私たち自身なのではないか。

うーむ。

言葉って難しい。

 

26日(火)

8時半起床。

外はあいかわらず真っ白。

寒い。

今日こそ「作文」の期末テストを片付けるため、気合を入れて大学へ。

採点にとりかかる。

さっさと済ませたいのだが、なかなかそうもいかない。

というのも、ときどき「ん?」と引っかかる答案に出くわすからである。

その「ん?」は日本語の問題だったり、学生さんのロジックに対してだったりする。

今日「ん?」と思ったのは、後者。

採点を始めて2枚目で出てきた、こういう記述である。

「子どもには自分の意識を探すという考えがない」

うーん。

こういう子ども観を持った学生さんはけっこう多い。

つまり、子どもはいわゆる“タブラ・ラサ”(白紙状態)であり、生まれながらの知性や認識力、判断力は存在しない。

そこで、大人が教育を施すことで経験的に知性や理性を獲得していき、やがては一人前の知性を備えた人間になる。

そういう子ども観である。

しかし、ほんとうにそうなのだろうか。

「子どもには自分の意識や考えがない」と平気で書くまえに、きみたちにはいちど自分の子ども時代を振り返っていただきたい。

諸君は子どもの頃、自分を取り巻く自然環境や大人たち、友達の言動なんかに対して、疑問やら言いたいことやらを何も持っていなかったのだろうか。

私は持っていた。

むしろそれしか持っていなかった。

子どもである私の手に知識や技術はなかったが、疑問や言いたいことは余すほどあった。

ただ単に、うまく言語で説明することができなかっただけである。

「説明することができない」と「ない」はまったく違う。

そこのところを考えていただきたい。

最初から子どもの「説明することができない」を「ない」扱いするのは、子どもを「子ども」扱いすることである。 

子どもを「子ども」扱いしてはいけないと私は思う。 

子どもはあくまで子どもであり、大人が思う「子ども」とは違うからである。 

子どもには子どもなりに自分で考えていることがあり、言いたいことがある。

大人に求められる重要な役割は、子どもを白紙だと見做して何かを書き込んでいくことではなくて、自分の「子ども」観を白紙にして子どもに接することである。

私はそう考えている。

自分の「子ども」観を白紙にして子どもに向き合うことと、「子どもは白紙である」と認識して子どもに接することは、まったくの別物である。

私はそう考えている。

教育とは、子どもが自分の疑問や言いたいことを自分なりに表現したり実現したりできるようになるための手助けである。

教育は万能でもなければ無用の行為でもない。

あくまで手助けである。

私はそう考えている。

注意が必要なのは、あくまで教育は「表現したり実現したりできるようになるための手助け」なのでであって、決して「表現手法や実現手段を子どもに与える」ではないということである。

というのも、大人が「表現手法や実現手段を子どもに与え」てしまうと、子どもが自ら疑問や言いたいことに出会い、拾い上げ、発展させるという大切な知的作業を阻害してしまうからである。

なぜかというと、大人が与える「表現手法や手段」は、子どもの素朴ながらも未発達な疑問や言いたいことと比べると、子どもにとってはとても立派で確立されたものに映るからである。

それこそ寸分の隙もなく、びっしりと固められている。

異論を申し立てようにも、子どもの言語能力じゃ歯が立たないほど、ぎっちぎちに。

ゆえに子どもにすべてを説明してあげるのは、かえって子どものためにならない(有害ですらある)。

私はそう考えている。

学生さんたちの子ども観だって、あきらかにロック的教育観であるが、彼らが自分の実践と思考を経て形成した観点なのだろうか。

そうではないと私は思う。

おそらく、多くの学生さんたちは子どもの頃から、周囲の大人にこう言われて育ってきたのだろう。

「子どもには自分の言いたいこと・考えていることがありません。だからあなたたちは学校に行って勉強しないといけないんですよ」って。

これが大人たちの善意による言葉だと私は信じる。

しかし、「善意であること」と「問題がないこと」(有害でないこと)はイコールでは結べない。

大人に求められるのは、善意だけではない。

賢さだって求められるのである。

というのも、子どもは大人以上に敏感で聡明で素直な存在であるからこそ、周囲の大人が鈍感で愚鈍だったならば、それを敏感かつ素直に察知し、鈍感かつ愚鈍な人間に育ってしまうからである(私はこの点で経験主義的教育論者である)。

「あなたたち子どもには自分の言いたいこと・考えていることがないから、あなたたちは学校に行って本を読むんですよ」

そう大人に聞かされているうちに、子どもたちはこう思うだろう。

「ああ、私には自分の言いたいこと・考えていることがないから、私たちは学校に行って本を読むのか」と。

自分の疑問や違和感を乏しい語彙・言語運用能力で言葉にするよりも、大人の言葉を受け入れるほうが楽だからである。

うまく表現できない自分の疑問・言いたいことよりも、なにやら説得力があるように見えるからである。

しかし、大人が常に正しいわけではない(当たり前だ)。

だから、子どもに何もかも説明してあげることが子どものためになるとは私は思わないのである・

彼らが今は説明でき「ない」からといって、なにも持た「ない」わけではない。 
私はそう考えている。

もちろんこれだって私の目に映る「子ども」である。

私なりのバイアスがかかった「子ども」観である。

しかし私は少なくとも、私が無意識勝手に設けている「 」の存在を知っている。

だから、私は私の「子ども」観を子どもに押し付けたくはないと願うことができるのである。 

子どもの頃に私が大人たちに言いたかったのは、たぶんそういうことである。

 

キリがいいところまで終わったので、今日の採点作業は終了。

少し早いが店じまい。

家に帰って仮眠。

2時間ほど寝た後、シャワーをゆっくり浴びて、久々に街へ。

本屋へ足を運ぶ。

昨年末に中国では初めて『崖の上のポニョ』が上映された。

その影響もあってか、『トトロ』コーナーが設けられている(中国語ではトトロは“龍猫”という)。

そういえば、宮崎駿こそ子どもの「言葉にならない感覚」を見事に写し取る天才であった。

よく「ジブリは子どもだけじゃなく大人が見ても面白い」というが、それはちょっと違うんじゃないかと思う。

むしろ「子どもこそ理解できる楽しさを、頭が凝り固まった大人にも理解できるように、作ってくれている」と言ったほうがいい気がする。

あれ、ちょっと子どもを理想化しすぎか?

まあ、それが私の「子ども」観なのだろう。

小説コーナーに行く。

相変わらず村上春樹関連の著作が多い。

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川上未映子が村上春樹にインタビューした『みみずくは黄昏に飛びたつ』の中国語訳版が出ていたので、ネットで買うことにする(そっちのほうが安いから)。

これはなかなか面白いインタビューなので、学生さんにおすすめしたり授業で引用するために中国語版を手にしておくのである。


1時間程度で帰宅。

シャワーを浴びて軽くお酒を飲む。

日付が変わるころに就寝。

 

27日(水)

9時に起きる。

相変わらずの肌寒い天気。。

台所で味噌汁(キャベツ、玉ねぎ、ナス)を作り、中華まん(餡は青菜・しいたけ)を蒸す。

おいしい。

腹ごしらえが終わったので、いざ学校へ。

……のつもりだったが、満ち足りた腹をさすりながら、うっかりベッドに入ってしまった。

結果的に布団の外に出る気がすっかり失せてしまった。

仕方がないね。

というわけで、昨日書店で宮崎作品が特集されていたことを思い出し、暖かいベッドで『天空の城ラピュタ』を見る(もう何度目だろう)。

宮崎駿の作品に関して言えば、ストーリーとか思想なんて細かいことはどうでもいいのである。

だって、宮崎自身わかっていないんだから。

スタジオジブリの風景を映したドキュメンタリー映画『夢と狂気の王国』のなかで、宮崎はこう述べている。

 

宮崎 なんか頭おかしいとしか思えない感じだな、これ(※注 自分が今描いている絵コンテのこと)。こうやって「わかんない!」って人がいっぱい出てくるんですよ。わかんないなら怒る人たちがいるからね。編集するときに、ものすごく悩むことないですか?
インタビュアー あります。
宮崎 あるでしょう。どうしていいかわからなくなるでしょう。しかも「定尺に収めろ」なんていったら、無理だよね。シナリオなんかないですよ、僕だって。もうね、ほんとに、何かに沿ってやってるんじゃないんですよね。どういう映画にこの映画はなるのかね、それはわからないですよ。
インタビュアー それが「映画に作らされている」ってことですか?
宮崎駿 うん、ほんとにそうです。映画になってくれなきゃ困るから。バカバカしい話だけど、「この映画の、この作品の世界がどうなっているかわからない」って言われたことがあるんです、『千と千尋』を作っているときにね。こっちだってわかりゃしないですよ。だから、最終的にたぶんわからないと思ったんですけどね。「この世のことを君はどんだけわかってんだ」と。

 

ここだけではなく、宮崎は重ね重ね「意味を考えて作っていない」とか「作為で作品を作るのは悲しい」といっている。

「映画に作らされている」というのはレトリックでもなんでもなくて、宮崎自身の実感を素直に言葉にしたものだと私は思う。

宮崎だけではなくて、創造的な仕事をしている人はみな「私が書くのではなくて、文章が私に書かせる」とか「君が球を追うのではなくて、球が君を追うのだ」(by小泉先生)とか、そういう主-客関係の倒錯をリアルに実感するのである。

それもこれも、彼らがゼロから何かを作っているからである。

誤解してはいけないが、「ゼロから作る」とは、自分に先行する作品にまったく依拠することなく、自分の力だけで何かを表現するということではない(そんなことは原理としても現実としてもありえない)。
そうではなくて、今の自分にはわかりきった作為や目的をいったん取っ払って、自分の素朴な「わからない」からスタートし、自分の足で「わかった」に辿りつくということである。

優れた表現と称されるものは、すべて「わからない」からスタートしている。

表現とは「言いたいこと」が作り手の頭の中にまずあって、それを身体を使ってそのまま形にしているわけではない。

そうではなくて、作り手が自分の「わからない」を「わかる」形にするために、試行錯誤しながら辿った道のりが表現なのである。

したがって、国語の授業で嫌というほど聞かされた「作者の言いたいこと」は作品に先行して存在するわけではないのである。

たしかに、ある作品を鑑賞したり、評論したり、翻訳したりするときには、「作り手には『言いたいこと』がある」という前提が必要だ。

その前提を設けないと、鑑賞したり、評論したり、翻訳したりするときに私たちが受け手として腰を据えるべき定点が定まらないからである。

実際、作り手だって「なんか『言いたいこと』がある気がするなあ」と思うからこそ、作品の制作にわざわざ取りかかるのである。

とはいえ、作り手に「言いたいこと」がある気がするということと、作り手の「言いたいこと」が作品に先行するということ、作り手が自分の「言いたいこと」を十全に理解しているということは別物である。

私が何かを鑑賞したり、評論したり、翻訳したりするときには、このことを忘れてはならない。

私はそう思う。

さもないと、一受け手に過ぎない私が作り手ですら理解しきれていない「作り手の言いたいこと」を勝手に代弁してしまうからである。

私たちは作品を鑑賞したり、評論したり、翻訳したりするときに、「作り手には『言いたいこと』はある」という前提で作品に臨む。

そして、「この作品を通して作り手は『こういうこと』を言いたいんじゃないか」と思考を展開する。

当然である。

しかし、その「こういうこと」はあくまでそれぞれの一受け手が思う「作り手の『言いたいこと』って『こういうこと』だと思う」であって、決して作り手の「言いたいこと」そのものではない。

それぞれの受け手には作品を自分なりに解釈する自由がある。しかし、作り手の「言いたいこと」を勝手に喧伝する権利は如何なる受け手にもない。

それどころか、じつは作り手すら作り手の「言いたいこと」を優先的・独占的に解釈する権限はないと、私は思うのである。

というのも、私は何を言いたくてこの文章を書き始めたのか、書き始めたときの私が持っていた「言いたいこと」とはいかなるものだったのか、今思い返してみても、正直言って書き終わった私にはよくわからないのである。

だって、覚えていないから。

「作者の死」(byバルト)といえば格好良いが、これではただの「作者の物忘れ」である。

まあいい。とにかく、この文章を書き始めた時に「私が言いたかったこと」が今の私にもはっきりしない以上、私のこの文章の解釈権は(一読み手としての私を含む)読み手のみなにオープンに開かれるべきである。

だから、話を戻すと、宮崎作品が「なにいいたいのかわからない」のは問題ない(宮崎本人だってそうなんだから)。

「なにいいたいのかわからない」なら、自分なりにそれを言葉にすればいいだけである。

なにも「わからない!」って怒る必要ないじゃんね、子どもじゃないんだし。

いや、子どもは怒らないか。

だって、私が言うまでもなく、子どもは宮崎の「言いたいこと」をしっかりと理解しているからである。

大人のように「頭」をつかってではない。

「身体」で、である。

宮崎作品の「言いたいこと」とは、ストーリーとか構成なんかではなくて、宮崎が自身の身体を通して描いた動きにこそあるのであり、だからこそ宮崎作品が私たちの身体に直接訴えかけてくるものは他の追随を許さないのである(もちろんストーリーや思想がないという意味ではない)。

子どもはそれをすぐ理解する。

宮崎の言い方を使えば、子どもは頭で生きているわけではないからである。

大人のように頭を使って理解するのではなく、全身で理解し、身体ごと物語に没入するのである。

現に『ラピュタ』や『ナウシカ』を見たあと、子どもであった私たちは、溶けゆく巨神兵やフラップター(あのハエみたいな乗り物)を全身で模倣していたではないか。

大人になった今でも、「肉団子スープ」やら「目玉焼きトースト」やらドーラに食いちぎられる骨付き肉やらを見ると、やたらとお腹が空いてたまらないではないか。

子どもの頃にリアルタイムで(しかも母語で)宮崎作品を観ることができたことはほんとうに幸せなことだったのだと今では思う。

結局、「ちょっとのつもり」がラストまで見る。

 

時計を見ると2時すぎ。

眠くなったので昼寝。

目が覚めると6時過ぎ。

いかん。

これではあまりに非生産的な一日の過ごし方である。

スマホを見ると、ちょうどO主任から初稿が「初稿を出版者に送ったので、先生にもお送りします」というメッセージとともに届いている。

目を通す。

読み出すと(自分で言うのもなんだが)なかなか面白い。

もし私が中国人の日本語学習者だったら「おお、こういう教科書を使いたいと思ってたんだよね」思うことだろう。

まあ、当たり前と言えば当たり前である。

もし私が中国人の日本語学習者だったらどういう教科書を使いたいと思うか、それだけを考えながら、書いてきたんだもの。

とはいえ、ときおり滑った例文や「お母さんの小言」みたいにしつこい記述があるし、ところどころミスやら説明の足りなさも散見される。

これは校正段階で修正しないといけないので、あとで修正するためにマークしておく。

そんなことをしていたので、結局3時過ぎまで眠れず。

 

29日(木)

8時過ぎに起床。

久々の青空。

しかし冷たい風が吹いている。

朝食をきちんと食べたがゆえに外に出たくなってしまったという昨日の反省を活かし、今日は何も口にせず大学へ向かう。

途中、北一門の近くの商店で印刷用紙を買う。

校正のために初稿を印刷するのである。

なぜだかよくわからないけれど、誤字脱字というものはパソコンのディスプレイではなかなか気づかない。

しかし紙に印刷するとすぐ気づくのである。

なので、私は基本的に校正作業を紙で行うことにしている。

これには過去の苦い記憶が関係している。

院生だったときのこと。

とっても忙しいタイミングで紀要論文のゲラがデータで届いた。

浅はかな私は「まあ、いっか。ゲラになる前にけっこう推敲したし、印刷するのめんどいし」という考えから、いつもならプリントアウトしてから朱を入れるところを、そのときはパソコンの画面上で校正したのである。

で、活字になったあとに誤字脱字に気づいたのだが、もう遅い。

ご存知のとおり、日本の出版物はすべて国立国会図書館に保管されることになっている。

こうして、私の怠惰さからなる恥は(紀要論文なんて読む人は希少だが)広く世界に発信され、まるで樹液に呑まれ琥珀となった哀れな昆虫のように、永遠にその姿を晒しつづけることになったのである。

爾来、私は反省し、「校正は絶対、紙でやろう」と固く心に決めたのである。

校正とは自らの恥と向き合う作業である。

主審の先生方や出版社の担当者から間違いを指摘されたり、厳しいツッコミを受けることもある。

ときに恥ずかしい思いをすることになる。

とはいえ、間違いを改めないのはさらに恥である。

ところが私は器量が狭い人間である。

他人から「あなた、ちょっとここ間違っていますよ」と自分のバカを指摘されるのが死ぬほど嫌いなのである。

嫌いなのであるが、自己のいたらなさに対する他人の指摘を「ふざけんな、てめー誰にもの言ってやがんだ」と返すのは、誰がどう見てもバカである。

だから、たとえ腹の中で恥辱が煮えくり返ろうとも、できるだけ笑顔で「あ、ほんとうですね。ありがとうございます」と返し、問題を改めるように心がけているのである。

しかし、できることなら自分のバカを他人から指摘されるなんて不愉快な思いをしたくはない(わざわざ私のバカさ加減を教えてくれた親切な方にも不愉快な思いをさせたくない)。

私が思うに、そのための方策は3つある。

ひとつは「何も表現しない」という超消極的対策であるが、これは人“に”話したり(人“と”ではない)人に自分が書いたものを読んでもらうのが好きだという私の性分を鑑みると採用できない。

なので、私に残されたのは以下の2つである。

つまり、自分の表現を発表する前によくよく自己チェックを重ねること、そして、すでに発表してしまった自分の表現の間違いやバカなところに他人より先に自分で気づき、改めることである。

前者は当たり前として、後者にはなかなか教育的な効果がある。

まず、自分の書いたものに穴がないか、それを受け取った他者の視点に立って読むことができる。もちろん発表する前にも同じように「受け手の立場に立って」チェックしているつもりなのである。しかし、想像力が貧困な私の場合、「これから発表するぞ」という想定で他者の目線を借りるよりも、「もう発表しちゃったぞ」という現実に則って実際に一受け手として自分の文章を眺めたほうが、より効果的なのである。

これは自分の書き物を眺める視点を増やす訓練になる。

つぎに、そうやって受け手の立場から「目を皿にして」自分の文章を読んでミスやバカを発見しておけば、他人からツッコミを受ける前に覚悟することができる。つまり、「あなたバカですね」と言われることに対して、心の用意ができるのである。

他人から否定的なことを言われる前に、自分で自分を「まったく、おまえさんはバカだね。今度から気をつけな」とか「これ、面白いと思って書いたんだろうけど、すべってるよ。まあ、次はうまくやろうね」と叱ったり注意したりしておくのである。

そうすれば、いくら「ここ間違ってますよ」とか「これ、面白くないですよ」とか言われても、「ああ、そうですね。これはほんとうに困りますね、すみませんでした。ご指摘ありがとうございます」と素直に頭を下げることができるのである。

頭を下げている割に文言がやたら他人事なのは、それが「過去の私」の犯したミスに対する謝罪だからである。

世の中にはなかなかすんなりと自分のミスを認めない人間がいるが、私が思うにその人間のなかには「いま、ここ、私」しかいないのである。

「過去の私」がいないから、過去のミスを認めない。

「未来の私」がいないから、過去のミスを認めないことが将来的に及ぼす影響について考えられない。

そしてこのような人間には、じつのところ「今の私」もいないのである。

というのも、「今の私」とは、「過去の私」や「未来の私」を想定できる主体、「過去の私」や「未来の私」の責任を代って引き受けられる主体のことを指すからである。

「過去の私」や「未来の私」を想定せず(できず)瞬間瞬間にものを考え行動する人間は、その瞬間瞬間=過去の自分がもたらした行為結果の責任などとる気はない。未来の責任なんてなおさらである。

ようは単細胞生物と同レベルの反射的思考で生きている。

このたぐいの人間は、一見すると「俺の好きなようにやるぜ」と(ある意味では)主体的に生きているように見える。

しかし、実は主体である「私」が決定的に欠けているのである。

彼ないし彼女にあるのは瞬間瞬間の「俺」だけである。

「俺」に責任なんて説いても無駄である(聞く耳持たないから)。

というようなことを書く気なんてなかったのだが、気づけばこうして書いてしまった。

うーむ。

これもうっかり脱線してしまった「過去の私」から受けとったバトンを発展させた結果なのだ。

なんて無駄話ばかりしている場合ではない。

期末テストの採点をしなければ。

ということで、ひとりきりの事務室で集中して仕事。

2時過ぎまで採点。

気分転換&食事&散歩のため、外へ。

朝から吹いていた強風はすっかり収まり、日差しが優しい。

いつもの麺屋へ行く。

私にはいちどハマると数週間同じものを食べつづける傾向がある。

この傾向は書き物作業に没頭しているときはとくに強まる。

脳が余計な思考を省き、その全ポテンシャルを書き物作業へと向けているのだろうか。

別にそんなに大したこと考えているわけではないのだが。

そんなことを考えながら“羊肚面”(羊の臓物麺)をずるずるとすすり、いつもの川沿いをぐるりと回って大学に戻る。

「あーめんどくせ」「うーやりたくね」「こんな良いお天気の日に俺は何やってんだ」などと呻きつつも、なんとか「日本語視聴説Ⅰ」の採点をほぼ完了したのは夜の7時すぎ。

論述問題が残ったが、これは頭をスッキリさせた状態で採点したほうがいいので明日にまわす。

戸締まりと火の元の点検をしっかりとして帰路に着く。

近所のコンビニで買って帰った缶ビールとホットスナックで夕食を済ます。

シャワーを浴びたあと2009年秋の『世にも奇妙な物語』、「夢の検閲官」を見てたら眠くなったので、日付が変わるころに寝る。

 

30日(金)

9時起床。

よく寝た。

昨日印刷して持って帰ってきた初稿(A4で250枚、けっこう重い)を持って大学へ。

途中、先週の日記にも登場した、キャンパス内に棲みついている白い野良猫に出会う。

一昨日までは確かに存在した彼の“家”が跡形もなくなっている。

大学が片付けてしまったのか。

それとも昨日の強風で吹き飛ばされてしまったのか。

いずれにしても彼は家を失ったわけである。

かわいそうに。

ご存知の方はご存知だろうが、中国の大学は全寮制であり、ほとんどの大学はキャンパス内に学生寮を備えている。

つまり、学生諸君は授業が終わってもキャンパス内で生活をしているわけである。

なかには食べ物を食堂から持ち出したり自分で買ってきて野良猫たちに恵んであげる学生(女子が多い)もいて、キャンパス内には野良猫が増えるわけであるが、逆に言えば、学期が終わると学生たちはふるさとに帰ってしまい、餌を恵む人間がいなくなるわけであり、野良猫たちにとっては食料の確保が文字通り死活問題となるのである。

まだまだ冬は寒い。

頑張って春を迎えてほしいものである。

猫の心配をしている場合じゃない。

成績処理を終わらせなければ。

コーヒーで気合をいれ、集中して仕事。

とりあえず3年生「視聴説Ⅰ」の論述問題が残っているので、それを今日中に終わらせよう。

「視聴説」という授業は日本ではあまり馴染みがないかもしれないが、映像を視聴し、その内容に基づいておしゃべりする授業のことである。

私の場合、最近は基本的に教科書を使いつつ(自分が主審を務めた教科書だから責任があるし)、ときどき長めのビデオをお見せして、それぞれの考えや意見を聞くことが多い。

で、この論述問題では、その能力を問うのである。

ちなみに今回出したのは、こんな問題。

 

①ビデオの内容を適切に要約し、②ビデオの内容と閲読文を関連づけるテーマを設け、③そのテーマについて考えを書きなさい(常体・横書き・字数不問)

 

閲読文

 僕の考えによれば、ということですが、特定の表現者を「オリジナル(原创)である」と呼ぶためには、基本的に次のような条件が満たされていなくてはなりません。

 

(1) ほかの表現者とは明らかに異なる、独自のスタイル(サウンドなり文体なりフォルムなり色彩なり)を有している。ちょっと見れば(聴けば)その人の表現だと(おおむね)瞬時に理解できなくてはならない。

(2) そのスタイルを、自らの力でヴァージョンアップ(更新换代)できなくてはならない。時間の経過とともにそのスタイルは成長していく。いつまでも同じ場所に留まっていることはできない。そういう自発的内在的な自己革新力を有している。 

(3) その独自のスタイルは時間の経過とともにスタンダード化(化为标准)し、人々のサイキ(精神)に吸収され、価値判断基準の一部として取り込まれていかなくてはならない。あるいは後世の表現者の豊かな引用源とならなくてはならない。

 

 もちろんすべての項目をしっかり満たさなくてはならない、ということではありません。(1)と(3)は十分クリアしているけれど(2)はちょっと弱い、というケースもあるでしょうし、(2)と(3)は十分クリアしているけれど(1)はちょっと弱い、というものもあるでしょう。しかし「多かれ少なかれ」という範囲でこの三項目を満たすことが、「オリジナルである」ことの基本的な条件になるかもしれません。 
 こうしてまとめてみるとわかるように、(1)はともかく、(2)と(3)に関してはある程度の「時間の経過」が重要な要素になります。要するに一人の表現者なり、その作品なりがオリジナルであるかどうかは、「時間の検証を受けなくては正確には判断できない」ということになりそうです。あるとき独自のスタイルを持った表現者がぽっと出てきて(突然登场)、世間の耳目を強く引いたとしても、もし彼なり彼女なりがあっという間にどこかに消えてしまったとしたら、あるいは飽きられてしまったとしたら、彼なり彼女なりが「オリジナルであった」と断定することはかなりむずかしくなります。多くの場合ただの「一発屋」で終わってしまいます。 (中略) 
 あらゆる表現者がおそらくそうであるように、僕も「オリジナルな表現者」でありたいと願っています。しかしそれは先にも述べたように、自分ひとりで決められることではありません。僕がどれだけ「僕の作品はオリジナルです!」と大声で叫んだところで、あるいはまた批評家やメディアが何かの作品を「これはオリジナルだ!」と言い立てたとことで、何がオリジナルで、何がオリジナルではないか、その判断は、作品を受け取る人々=読者と、「然るべく経過された時間」(必须经历的时间)との共同作業に一任するしかありません。作家にできるのは、自分の作品が少なくともクロノジカルな(按发生时间顺序排列的)「実例」として残れるように、全力を尽くすことしかありません。つまり納得のいく作品をひとつでも多く積み上げ、意味のあるかさ(分量,体积)をつくり、自分なりの「作品系」を立体的に築いていくことです。     
          村上春樹『職業としての小説家』第四回「オリジナリティーについて」より。

    なお、出題に当たり一部加工した。

 

問題はここまで。 

ご覧のように、私はビデオをお見せするだけではなく、そのビデオの内容とは一見関係がないように見えるけれどじつは関連している閲読文を与え、両者を関連付けながら自分の考えを述べていただくことが多い。

この「一見関係がないように見えるものを関連付けながら考える」能力って、とても大切だと思うからである。

今回お見せしたのはNHK「仕事の流儀」から「花屋 東信」。

有名な方である。

彼からはオリジナリティについて学ぶことが多いが、そこに村上春樹が考える「オリジナルである3条件」という補助線を引くことで、学生さんたちに「オリジナルとは何か」について考えていただこうとしたわけである。

で、いまその答案を読んでいる。

内容は別として、ひとつ「ん?」と思った答案があった。

日本語の問題である。

というのも、このような1文に出会ったからである。

 

 東さんはいろいろな大変な出来事に耐えてから、ようやく成功した。

 

うーん。

なんか変。

「~から…」と「~あと(で)…」の使い分けに問題がありそう。

日本人にはなかなか理解できないが、この「~から…」と「~あと(で)…」の使い分け、外国人学習者にとってけっこう難しいのである。

以下、確認してみよう。

まず、2つの共通点から。

「~から…」「~あと(で)」は、どちらも時間的前後関係を示す表現である。

つまり、前にくる内容は後の内容より時間的に早い内容である。 

例文で確認する。
 
(例1) 料理の本を読んでから買い物に行く。
(例2) 料理の本を読んだあと買い物に行く。 
 
ごらんのように、(例1)(例2)ともに、前件「料理の本を読む」が後件「買い物に行く」より時間的に先立つことを示している。
以上は共通点。 

以下は違うところ。 

「~から…」を使うときに前にくるのは、後の内容が成り立つために必要である(と発話者が見做している)条件である。この働きは「~あと(で)…」にはない。 

たとえば、

 
(例3) 日本語をマスターしたあと、日本へ留学に行く。
(例4) 日本語をマスターしてから、日本へ留学に行く。 
 
(例3)は単純な時間的前後関係を示している。

しかし(例4)では、後ろの「日本へ留学に行く」ために「日本語をマスターする」必要があるという発話者の認識が表現されている。 

これが「から」の個性である。
以上を踏まえて、最初の(例1)(例2)をもういちど確認する。 
 
(例1) 料理の本を読んでから買い物に行く。
(例2) 調理の本を読んだあと買い物に行く。
 
 
意味するものの違いがお分かりだろうか。
(例2)は単純に時間的前後関係を示している。
しかし、(例1)からは、発話者が「買い物に行く」ための条件として「料理の本を読む」が必要だと認識していることが読み取れるのである。
おそらく、これから料理を作るので、「料理の本」で必要な材料や道具を調べたあとに「買い物」に行きたいということだろう。

これが「~から…」と「~あと(で)…」の違いである。 
以上は基本である。 
以下は発展である。
私の最初の「ん?」に戻る。

再度確認するが、問題は次のような文であった。
 
(例5) 東さんはいろいろな大変な出来事に耐えてから、ようやく成功した。 
 

うーん、やっぱり違和感を覚える。

その正体はなんだろうか。
ここは「から」ではなく「あと」を使ったほうが自然だ。
たしかに、さっき確認したように、「から」は単純な時間的前後関係ではなく、後ろの内容が成り立つために発話者(書き手)が必要だと考える条件を前で提示する。
だから、「から」を使うことで後件「ようやく成功した」の必要条件「いろいろ大変な出来事に耐えた」を持ってたという理屈は理解できる。
たしかに。
実際問題、「成功する」ために「いろいろな大変な出来事」に耐えることが必要な時もある。
その認識も正しい。
だから、この文を書いた学生さんが、「成功するためには、いろいろ大変な出来事に耐える必要がある」と考えてこの文を作ったことには筋が通っている。
私はそう思う。
しかし、である。
問題は(例5)の主語は「東さん」なんだよね。
ようは他人である。

仮に主語が発話者自身で、「私はいろいろ大変な出来事に耐えてから、ようやく成功した」と書くのならば、なにも問題はない。
げんに(例1)(例4)はすべて主語=発話者自身だった。

けれど、(例5)は違う。

これが違和感のもとだと私は思う。

では、なぜ主語が他人の場合はおかしくなってしまうのか。

おそらく、他人の意図は発話者にはわからないからである。
つまり、「東さん」がわざわざ意図的に「よし、将来成功するために、これからいろいろな大変なことに耐えることにするぞ!」と考えて実行したのかどうかは、答案を書いた学生さんにはわからないのである。
だから、私は「ん?」と引っかかるのだと思う。
なので、ここでは「あと」を使ったほうがいい。
 
(例6) 東さんはいろいろ大変な出来事に耐えたあと、ようやく成功した。
 
もし学生さんが「東さんの成功は彼がいろいろ大変な出来事に耐えたことのおかげだ」と言いたいのならば、 
 
(例7) 東さんはいろいろ大変な出来事に耐えたからこそ、最終的には成功した。 
 
このように、客観的な因果関係を示す表現を使って書いたほうがいい。 
まとめると、「~から…」と「~あと…」を使い分けるときは、基本的な違いを理解したうえで、主語が発話者自信なのかどうかも注意したほうがいいということです。 
気をつけましょうね。

 

「ん?」が解決したので採点を続ける。

すると今度は「おおおお! こ、これは…」と思わずつぶやく答案に出会う。

答案は個人情報だから詳しいことは書けないが、この答案にはオリジナリティを語るうえで外せない、大切なキーワードが正しく指摘されている。

すごい。 

すごいので、学生さんに褒めメールを送る。

こんな感じ。

 

きみのこの答案、とてもいいと思います。

閲読文にも書かれていない(書かれていないだけで村上春樹はもちろん知っているとおもいますが)、オリジナリティに関する大事なキーワードを、きみは書いています。
そのキーワドがなにか、わかりますよね?

「誤解」です。

この「誤解」があるからこそ、作者が有するオリジナリティは豊かなものになるのです。
というのも、オリジナリティとは作者そのものに有するものではなく、作品を媒(なかだち)として作者と受け手の間に成り立つものだからです。

そして、その成り立ち方が受け手によって多種多様であればあるほど、その作者のオリジナリティーは豊かで深いものとなるのです。

だから、きみが言うように、表現を志す者・自分のオリジナリティを探求するものに最も必要なことは、「誤解される勇気」なのです。

 

 

ほんとうはもっといろいろ書いたのだけど、一部だけ。

論述問題を採点していると、こうやって「おおおお、この回答頭良いなあ、おい!」と思わずつぶやいてしまうことがたまにある(ほんとうに「たまに」だが)。

赤ペンでグイグイ下線を引いて心に刻んでしまう、そういう「かっこいい」答案が出てくることが稀にある(「稀に」だが)。

これは教師としてほんとうに心躍る出来事である。

この「たまに」「稀に」を少しでも増やすために、つまり一受け手としての私の感動の場をもっと増やすために、私は一教師として何ができるか。

考えなければいけない。

 

 

朝から何も口にせず2時すぎまで身じろぎせず採点していたので、さすがに空腹を覚える。

いつもの“羊肉湯”屋へ。

このお店、ほんとうに美味しいから最近ずっと通っているのだが、ひとつだけ不満がある。
というのも、なぜか老板(中国語で店の主人のこと)が私の“小碗”(xiao3wan3)という発音をいつも聴きとれないのである。
いくら私の中国語が下手くそとはいえ、さすがに“小碗”が通じないなんてことは今までなかった。
一般的に外国語の発音がとつぜん上手くなったり下手になったりすることは考えにくい。

なので、たぶん私の中国語の発音と彼の耳の相性が最悪なのだろう。
彼のスープと私の胃袋の相性は最高なのに。

なかなかうまくいかないものである。

大学に戻って7時まで採点を続ける。

なんとか今日のノルマを達成。

残りはあと1教科だが、これは土日で片付けよう。

とりあえず今週の労働はここまで。

先週も訪れた居酒屋へ行き、ジョッキで生ビールを飲む。

浦沢直樹『Monster』でグリマーさんが言っていたように、人間が人間らしい心を保ちながら生きるためには、人は仕事が終わったあとのビールをうまいと思わないといけないのである。

うん、うまい。

一週間の労働で疲れた心身に染みるし沁みる。

2021年最初の満月を眺めながら、酔いを覚ますために大学の周囲をぶらぶら散歩。

1時間ほどで切り上げ帰宅。

シャワーを浴びてベッドに転がった瞬間、一週間の疲れに襲われてブラックアウト。

おやすみなさい。