とある日本語教師の身辺雑記

中国の大学で日本語を教えながら、日常の雑感や出来事を気の向くままに綴ります(最近は麺と猫と自転車が主)。

日記(11.4~7)

 4日(月)

学期11週目。

今週は奇数週だから授業が4コマ増える。

特に木曜日が1限から昼休みを挟み6限までぶっ続け。

きつい。

週の始めからそんなことを考えつつ5時40分に起床。

シャワーを浴びて学校へ。

りんごとヨーグルトとカップスープで朝ごはんとしつつニュースを見たり日記をつけたり雑務を片付けたりする。

 そういう一連の机仕事をしながら、一方で食パンにあんこを挟んでお手製の「小倉サンド」を作り、熱い緑茶と一緒に頂く。

最近原稿書きに追われているせいか(はたまた自転車によく乗るせいか)身体が甘いものを欲するようになってきている。

よくある話ではあるが、私は大学入学後酒を覚えてからというもの、甘いものをてんで受け付けなくなった(ウイスキーをすする時のチョコは別)。

しかし、やっぱり頭を使うと脳が糖分を欲するようで、最近は甘いものをすすんで摂取するように心がけている(いきなり血糖値を上げないためにもりんご齧ったりスープ飲んだりしてからね)。

「小倉サンド」を頬張っているうちに8時になったので、いざ教場へ。

3年生の「ビジネス日本語」と4年生の「視聴説」。

「視聴説」の方では、「説明と紹介の違い」についてご説明する。 

 教科書中の設問で「~について説明してください」とか「~を紹介してください」などという文言が頻出するのであるが、学生さんたちの回答に問題が散見されるのである。

たとえば、「日本の世界文化遺産について説明してください」という設問。

ほとんどの学生さんはインターネットから引っ張ってきた「日本には19の世界文化遺産があります。たとえば、……」などという文言を読み上げる。

うん、ちょっとまって。

あのさ、それって「説明」じゃなくて「紹介」だよね。

「せんせー、説明と紹介って違うんですか?」

全然違うよ。

「なにが違うんですか?」

ほっほー、そこからお話しなければならんか。

よろしい。

重い腰を上げて、まずは「説明と紹介の違い」についてご紹介しよう。

 

私の手元にある広辞苑によれば、説明とは「事柄の内容や意味を、よく分かるようにときあかすこと。」とあり、紹介とは「情報を伝えること。未知の事物を広く知らせること」とある。

ね、違うでしょ?

これが「説明と紹介の違い」の紹介。

以上、終わり。

 

「えー、なにそれ。辞書にあることを持ってきただけじゃないですか」

そのとおり。

だって、広辞苑が「説明」しているように、紹介とは「情報を伝えること」なのであり、私はさきほど皆さんに「説明と紹介の違い」について「紹介する」と言ったのだから、これで十分でしょ。求められているのは「説明と紹介の違い」という「情報」をクラスに広く知らせることなのだから。 

「うーん。でも、なんか足りない気がします。それって誰にでも出来ますよね」

そう。

しかし、たとえば、「説明と紹介の違い」についてわからない君たちを前にしているこの場面において「説明と紹介の違い」を紹介するという私の行為そのものが、「説明と紹介」に関する説明として雄弁に機能していると諸君は思わないだろうか? 

「……なんか先生のめんどくさい性格がありありと現れた表現ですね。言いたいことがよくわかりません」

……そうだね(ひどい!)。

うん、さっきのは気にしなくていいよ。

簡単に言うとだね、私が思うに説明とは、自分なりの視点や観点からものごとを理解し、それを自分で再現してみせることなんですよ。

だから、この「説明の説明」だって、私なりの視点や観点に立ってなされているわけだから、異論や反論があって当然なのです。

「完璧な説明などありえない」、説明の本質的説明はこれに尽きると私は思う。

だってもし「完璧な説明などありえない」という私の考えに君たちが賛成してくれるならば、それはすなわち「完璧な説明などありえない」という私の「説明の本質的説明」に同意するわけであり、反対にもし君たちのなかに「いや、完璧な説明はありうる」という反論が存在するならば、その存在そのものが「完璧な説明などありえない」という私の命題の正しさを保証してくれるわけだから。

まあ、言葉遊びはこれくらいにして。

「説明と紹介の違い」へと戻ろう。

私はさきほど「説明とは、自分なりの視点や観点からものごとを理解したあとに、それを自分で再現してみせること」だと述べた。

対して紹介とは、求められるテーマに対して、自分の外界にすでに存在している説明や自分が既に分かっている情報をパスすることだ。 

たとえば「自己紹介」なんかそうでしょ?

自分の名前や出身地、趣味・特技など、私たちが初対面の人に提供する自身に関する情報は「既にわかっている(つもりの)自分」に関するものである。自己紹介とは、自分に分かっている自分の情報を他人にそのままパスする活動なわけだ。

これがもし「自己説明」となると大変だよ。 

だって、初対面の席で見知らぬ人に

「私の名前は田中太郎といいます。苗字の田中ですが、はて、なぜ私の苗字は田中なんだろう。ここはひとつご説明させていただけませんでしょうか」

とか

「私の趣味はベースです。……と言って今疑問に思ったのですが、私がベースを好きになった理由はなんなのでしょうか。あれ、わかんないな……あ、ひょっとしたら父がシド・ヴィシャスの真似をしてベースで幼い私をぶん殴っていたからかもしれません。きっとそうだろうな。」

などと滔々と語りだすことになるから。

もちろんそんなことする奴はいない。めんどくさい人間だと思われるだけだからね。 

おっと脱線した。

もちろん紹介だって「どの情報をパスするか」というあなたなりの思考が介在するし、その選択によってそのひとなりの個性だったり多様性は生じる。 

けれども、説明のように、言語活動を展開すべき対象を自身の理性に依って根本的に把握し、自分なりの言葉で再現するほどの高度な知性は求められない。 

 

というのが、私の「説明と紹介の違い」に関する説明である。 

もちろんさっき引用した辞書の「説明に関する説明」だって正しい。

しかし、それらはあくまで「他人の説明」であり、それらを私がいくら引用したところで、それは私の説明ではなく「他人の説明の紹介」にすぎない。

でしょ?

これでみなさんの「説明」が抱える問題がお分かりいただけたことだろう。

みなさんは教科書の「説明してください」という課題に対して、既に自分の外界に存在する「他人の説明」や、これまで習ってきたおかげで頭の中にある「既に知っている情報」を引っ張り出してくる。

しかし、それは「他人の説明の紹介」であり、「私が既に知っている情報」の紹介でしかない。

それらをいくら網羅的に口にしたところで、そこに「自分の視点」が存在しなければ、決して「私の説明」にはならない。 

そこに「私の視点」が欠けているからだ。

ここから分かるように説明は紹介以上に難しい。なぜなら地頭が問われるからだ。

そして地頭とは自分の頭を使わない限り、決して鍛えられないものである。

私はみなさんに「他人の説明を他人に紹介する人間」として卒業していただきたくない(今から脱線するよ)。

なぜなら、そこには(文字通り)「あなた」が介在していないからだ。 

極端なことを言えば、別にそれは「あなた」じゃなくても出来る作業である。

でも、「あなた」じゃなくても出来ることばっかりやっていると、結局「あなた」は換えが利く人間としてしか生きていけないのではないだろうか。

中国語ではよく“人才”という言葉を使いますよね。

4年生の諸君には言うまでもなく、この言葉は日本語で言うところの「人材」にあたります。

でね、日本語の「人材」には2通りの意味があると私は思うのです。

一つは、「才能のある人」。これは中国語の意味と同じなので、特に説明は必要ないか。

もう一つは、「材料としての人」です(おお、『ハガレン』みたいで怖いですね)。

たとえばみんな足元を見てください。

床にタイルが敷いてあるでしょう?

それってみんな同じ形、同じ大きさ、同じ重さ、同じ色だよね。

どうして?

答えは簡単。

「みんな同じ」だと換えがいくらでも利くし、便利だからです(だって一枚一枚のタイルの大きさや形がバラバラだったら困るし)。

「材料としての人」だってそう。

「みんなと同じ」であるほうが、「材料」を使ってなにかを組み立てる人にとっては便利なんです。 

君たちは「みんな同じ」は安心安全だと思っているかもしれない。

そして「みんなと違う」は怖いしリスキーだと思っているかもしれない。

もちろん、それは正しい。

しかし、物事には必ず裏と表、メリットとデメリット、リスクとベネフィットなどなど、両面あるというのも事実ですよね。

「みんなと同じ」もそう。「安心安全」の裏にはデメリットがある。

私が思うに、それは「みんなと同じ」だと「あなたの替りはいくらでもいる」という非情な通告に絶句してしまうことです。

「大学院に行くと良い仕事がある」とか「英語ができれば出世できる」という理由で日夜努力している学生さんが多くいますね。

もちろんそれはまったく間違ってはいない。

だけど、それだけだと「みんなと同じ」の罠に陥る危険性があると私は思うのです。

「大学院に行くこと」や「英語を学ぶこと」の重要性、それはそのような学びを経ることで、私たちは「みんなと違う私」に出会うことができるかもしれないという点にある。

私はそう考えます。

そして「みんなと違う」パフォーマンスを発揮できる素質を我々は才能と呼ぶのだし、そのような才能を身につけている人間を「人材」と呼ぶのです。

だから、「大学院を出た」とか「英語を身につけた」だけでは、決して「才能ある人間」としての「人材」にはなれません(むしろ材料としては画一的で扱いやすい)。

「みんなと違う」は怖い。

確かに。

だから、私たちはふつう「みんなと同じ」を目指して努力する。

しかしだからこそ、「怖い」けれども勇気を出して「みんなと違う」を目指して努力できる人間は数少なく、得がたい存在となる。

この「数少なく得がたい存在」こそが「財産」としての「人財」になる可能性を秘めているのではないでしょうか。 

話がだいぶ逸れたけれど、私が一教師として諸君に期待すること、それは「他人の説明を他人に紹介する人間」になることではなく、「自分の説明を他人に紹介できる人間」になることです。 

そしてそのためには、まずは「他人の説明」をそのまま他人にパスしたり、「他人の説明」に耳をふさぐまえに、「他人の説明」というパスを受け取り、そのパスが意味するものを深く考え、観察し、自分なりのパスとして次の人に渡すことが必要不可欠だと私は思います。

おわかりいただけたでしょうか。

 

などとガーガー喚いているうちに話が「説明と紹介」という日本語の話から人生論にまで飛躍してしまった。

 説教臭いな。

反省。

 

「ガーガー」したので、息も絶え絶えにオフィスへ戻る。

お腹が空いた。

ランチタイム。

外に行く暇がもったいないため、「レンジでパスタ」でパスタを茹で、そこにツナ缶とトマトソースをぶち込んだものを口にしながら、Oさんの研究計画書を読む。

見栄えはパッとしないが、おいしい(パスタがね)。

 

13時半にOさんが来て、研究計画書について討論。

 彼女は「完全なコミュニケーションなどありうるのか」という根源的な問題意識が基底となっているテーマを考えているので、当然ながら簡単に「ある」とか「ない」とか結論がつくはずがない「入口だけあって出口がない」研究になるわけであるが、そのような「ぐるぐる」「ぽん!」「また新たなぐるぐる」こそが研究の王道だと私は思う。

ぜひ頑張っていただきたい。

 

Oさんが帰ったあと、メトロから届いたコーヒー豆を受け取りに、キャンパスの反対側まで歩く。

ここ一週間天気が非常に穏やかで美しい秋の日々が続いている。

願わくば寒い寒い冬をすっ飛ばしてこのまま春になって欲しいのだが、まあそれだと「春」「秋」は存在すらしないわけなので、無理な相談である。

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オフィスに戻り、受け取ったばかりのコーヒー豆でさっそくコーヒーを淹れる。

仕事をしているときの私は立派なカフェイン中毒者であり、コーヒーがなければ頭が回らない。

にもかかわらず先週末うっかり豆を切らしてしまった(もうひとパックストックがあると思っていたのである)。

そのあと数日間はインスタントで耐えしのいでいたのであるが、やっぱり豆から淹れたほうが美味しいし、頭にガツンと「効く」。

コーヒーを頂きながらしばらくデスクワーク。
16時から2年生の「会話」。

もう疲れたぜ。

 疲れるとおしゃべりになるのが私の悪癖であるが、そこのきて今学期の「会話」は全て6コマ詰まっている日のどんケツに入っている。

したがって、「会話」の授業なのに私ばかり話してしまうという本末転倒な事態が生じるのである。

ごめんなさい。

とはいえ、「日本語の『そうですか』と『私の母は嬉しい』という誤用から見る日本人と中国人におけるコミュニケーション観の違い」とか「虹が7色だと誰が決めた?(実はニュートンです)」とか、日中比較文化論や言語学に近接するお話をしているので、ためにはなるのである(と思う、というより願う)。

へとへとに疲れて今日の仕事は終了。

 家に帰ってバタンきゅー。

 

5日(火)

早く寝たので4時起床。

30分ほど散歩をしてシャワーを浴びたあと早朝の大学へ。

10時の授業までバチバチとキーボードを叩き、書き物をする。

10時から3年生「視聴説」。

昨日4年生にしたように、「説明と紹介の違い」について説明する。

全く同じ説明をしてしまっては、「過去の自分の説明」の紹介になってしまうので、頑張って表現を変えながら説明する。

疲れる。

 

昨日と同じくオフィスでパスタ(今日はカレーソース)を食べる。

満腹。

お腹が満たされると瞼が重くなる。

いかん、結構本格的に眠い。

仕方なく一時帰宅し15時半まで昼寝。

そのあと大学に戻る。

16時からイラスト担当のSさんLさんと話し合いがあるからである。

眠い。

とはいえ、文章執筆における文脈指示詞の話をしているうちにエンジンがかかり(内田樹風に言えば「舌が回り始め」)、話題は「古代中国人には虹は何色に見えていたか」「16ビートを解さないおじさんおばさんが若い学生さんの歌に送る手拍子の気持ち悪さの原因について」「日中間における『椅子は何個ある?』という問いがはらむ誤解可能性について」などを2時間くっちゃべる。

楽しい。

楽しいけど、疲れる。

2日続けてバタンきゅー。

 

6日(水)

最近変な夢をよく見る。

とくに悪夢系や不条理系が多い。

これはおそらく日中机に向かいバリバリと条理が通った整合的な思考を展開しているので、野党席に追いやられた理不尽でわがままで手がつけられない本来の私が「せめて夢の中でも」と暴れまわっているのだろう。

暴れまわるのはいいのだが、睡眠の邪魔をしてもらっては困る。

さらにここ数日どうもネズミに寝室へと侵入されたようで、夜中にがたがたゴソゴソやっている。

ネズミさんにしてみればこんな寒い季節に暖をしのげて食べ物にもありつける人家は天国のような環境であり、そこに闖入することは理にかなっているのだが、睡眠の邪魔をしてもらっては困る。 

ネズミさんを迎え入れるようなセキュリティの甘さは全て私の責任に帰すところだが、それでもさすがにネズミさんと共存共栄するわけにはいかない。 

だって4時に叩き起されるんだもの。

今日は仕事の帰りにトラップを買って帰ろう。

 

ということで4時に覚醒してしまったので30分ほど散歩をしてシャワーを浴び、6時には家を出ようとするも、急に眠気に襲われる。

疲れているのね。

よろよろとベッドに戻り、9時半まで寝る(今度は夢を見ない静かな睡眠)。

今日は授業がないオフ日なのだが、授業がなくても仕事が手ぐすね引いてわたしを待っている。

のろのろと起き出して大学へ行く。 

いつものようにカップスープとりんごとヨーグルトを口にしながら、明日の作文の授業でお配りする「参考文」を探し、タイプしていく。

あっという間に13時を回る。

あああああああああああ。

貴重な時間が文字通り「あっ」というまに溶けていく!

出版者に提出する企画書も書かないといけないし、今月末のスピーチ大会に参加する学生さんの初稿もチェックしないといけないし、OさんとSさんの研究計画書も読まないといけないし、明日の授業までに30枚の作文を添削しないといけないのに、14時から検討会が入っている。

頭が痛い。

死にそう。

「でも、なんか先生嬉しそうですね」

……バレた?

そう。

仕事が忙しいということは、それだけ社会や他人から必要とされているということである。それだけ自分の存在にはちゃんとした意味があるのだ。

と思い込む根拠になる。

だから人間は喜々として「忙しい」自慢をするのだよ。わかったかい?

「わかりますけど……なんかそれって可哀想ですね」

うん、それは言わないで。

 

などと戯言にかまける暇と余力はあるのだから、私はまだまだ大丈夫です。

 

気分転換の散歩ついでにネットで注文した商品(迷彩柄のカーゴパンツとパスタソース)を受け取りに行く。

お腹がすいたのでオフィスに戻り「出前一丁」(しょうゆ)に乾燥わかめと乾燥ほうれん草たっぷり入れて食べる。

うまし。

 

14時半から17時過ぎまで作文ゼミ。

作文の種類分けについて話し合ったあと、私が書いた「ハとガ」「こそあ」の原稿を輪読し、忌憚なきご意見を伺う。

みなさんご意見ありがとう。

4人の学生さんが帰ったあとに少し原稿の直しをする。

窓の外を見るととっぷりと日が暮れている。

明日は朝から6コマなので早めに休まなければ。

慌てて家へ帰り食事をしてお酒を飲んでシャワーを浴びて就寝。 

 

7日(木)

6コマ詰まった奇数週の木曜日。

鉛色の空はまるで私の心を映す鏡のよう。

5時半にアラームにたたき起こされ、とりあえず熱いシャワーで気合を入れる。

ヒゲを剃り、アフターシェーブローションを塗り、髪を乾かしたあとはさっさと大学へ。 

作文の授業用に「文章を書く際の支持詞の基本的使い方」をまとめて資料にする。

そのあとパワポ(中国では“ppt”と呼ぶ)を作る。

そんなこんなしている間にあっという間に8時になり授業。

 「視聴説」「作文」と3年生の授業が続くので、「仕事の流儀」(井上雄彦)、やマーカス・ミラーの“power”、日本の雅楽などを引き合いに出し、豊かな語彙を持つことが思考しものを書く上でどれだけ重要かについて力説する。 

 

お腹がすいたのでオフィスに戻り昼食(イカ墨パスタとスープ)をとる。

美味しい。

腹を満たしたあとはフォークから赤ペンに持ち替え研究計画書のチェック。

Oさんの計画書を真っ赤っかにする。 

14時から2年生の「会話」。 

最近言語系による認識の限界の問題に夢中になっているので、「なぜ青信号は緑なのに青信号なのか」などについて雑談を交える。 

そのなかで明らかになったのが、日本語の「祖父」と中国語の“祖父”(zu3fu4)に関する認識のギャップである。 

中国語は親族呼称において日本語以上に「父方か母方か」を重視する言語である。 

中国人(漢民族)が「父方か母方か」を重視するゆえ中国語がそうなっているのか、はたまた中国語がそうなっているから中国人の価値観がそのように形成されたのか。中国語の生成の全過程を見ることができない以上「鶏が先か卵が先か」であるが、いずれにせよ日本語や日本人と比較して中国語や中国人が「父方か母方か」にうるさいのは事実である。 

もっともこれは日本語で世界を認識している日本人の立場からの表現であって、中国人から見れば日本語や日本人の方が「ゆるい」はずである。 

以前『ハリー・ポッター』の第1巻で同じような問題があったことを思い出す。 

主人公ハリーには、母リリーの“sister”であるペチュニアという「おばさん」がいるのだが、原作では“sister”としか表記されていない。それを日本語版翻訳者は「リリーの姉」と翻訳したのだが、のちのちになって「リリーが姉」と変更した(何巻だったかわすれたけど)。 

これも日本語という系で世界を分節する日本人が「長幼の序」という意識に強くとらわれているからである。 

これと同じことが、中国語の親族呼称と日本語の親族呼称との間に言えるのである。

で、話は戻るけれども、私は日本語的な考えで「祖父」という言葉を使ったのだが、それを学生さんたちは中国語的な認識で聞いたので、誤解が生じる一幕が先ほどあった。 

つまり、中国語では「祖父」とは「父の父」なのである(母の父は外祖父)。

もちろん「外祖父」という言葉は日本語にも存在する。 

しかし、日常的に使うものではないし、「祖父」といえば「2人」存在するという認識が自然だろう。 

面白い。 

 

16時から1時間ほどOさんと話し合い。 

少し不勉強なところが散見されたのでねちねち説教する(ごめんね)。 

でも、頑張れ。 

 

そのあとちょっと仕事をして、18時に2年生のOくんと北二門で待ち合わせ。

Oくんが通っているジムを見学させてもらう約束をしていたのである。 

なにしろ30を過ぎた私の身体は代謝や筋肉が落ちる一方なので、やっぱり基本的な筋力トレーニングはしておいたほうがいい。

1時間ほどインストラクターについて大胸筋や上腕三頭筋、大腿筋などをみっちりしごいてもらう。

スピンバイクがあったので、ついでにOくんもしごく。

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それはそれとして。

おお、これはきつい。きっと明日は筋肉痛だな。

だけど楽しいぞ。

会費は一年で780元。

うーん、どうしよう。

悩む。

家に帰って悩みながらお酒を飲む。

そのうちにまぶたが重くなってきたのでズルズルとベッドへ。

おやすみなさい。

 

日記(11.1~3)

1日(金)

新しい月を迎え、2019年も残すところあと2月となった。

古諺曰く「歳月人を待たず」(中国語では“岁月不待人”)。

「歳月流るる如し」(“岁月如流”)なんてのもある。

ほんとうに時の流れは早いものですね。

私は今年32歳になる。

まだまだ若輩者ではあるが、なんだか年をとればとるほど時間の経過が早くなってきている。

「ジャネーの法則」の教える通りである。

「ジャネーの法則」とは、フランスの哲学者ポール・ジャネーとその甥であり心理学者であるピエール・ジャネーによるもので、これによると人間の主観的記憶による体感時間の長さは加齢すればするほど短くなるという。

私は心理学が専門ではないので「ジャネーの法則」の科学的真偽や評価について判断を下せる立場にはない。しかし一生活者として、これには実感を持って首肯できる。 

とはいえ、この法則の根底にある「ではなぜ加齢すればするほど体感時間は短くなるのか」という問題に関してネット上に溢れている説明に私はちょっと納得がいかない(ジャネー自身の説明は読んだことがないからどんなものがわからないが)。

 「なぜ加齢すればするほど体感時間は短くなるのか」という問いへの説明として散見されるのが、

「子どもの頃は経験が少なく新しい発見が多い。したがって記憶としての時間は長く感じる」

「大人になると経験を重ねたことでマンネリ化し新しい体験が少なくなる。そのため、印象的な記憶が減り、結果として時間が早く感じられる」

というものである。 

私はこれらの説明の前段、つまり、

「子どもの頃は経験が少なく新しい発見が多い」

「大人になると経験を重ねたことでマンネリ化し新しい体験が少なくなる」

という説明には全く異論がない。

むしろこの部分に完全に同意するからこそ、そのあとに続く

「したがって記憶としての時間は長く感じる」

「そのため、印象的な記憶が減り、結果として時間が早く感じられる」

に対して、「え、逆じゃね?」と違和感を抱くのである。

ところが、この手の説明はネットだけでみられるわけではない。

たとえば19世紀イギリスの小説家、ジョージ・ギッシングなども以下のように述べている。 

 

時がたつのが早いと思うようになるのはわれわれが人生に慣れ親しんだ結果である。子供の場合のように、毎日が未知な世界への一歩であれば、日々は経験の集積で長いものとなる。 

               岩波文庫編集部編『世界名言集』p364

 

引用元の『ヘンリ・ライクロフトの私記』を読んだことがない私には前後関係がわからないので批評はできないけれど、うーん……。そうなのかなあ。なんか違う気がするんだけど。

私の場合、「未知」ゆえに時間は短く感じ、慣れ親しんだからこそ時間を長く感じる。

例を挙げよう。

たとえば、90分を文字通り「あっ」という間に感じさせる講義があるかと思えば、同じ90分間でも、まるで時計の分針をセメダインでくっつけたんじゃないかってぐらいに「時間が止まる」講義もある。 

これはみなさん共感いただけるであろう。

なぜこんな体感の差が出るかというと、ようは前者の先生は話が「面白い」からであり、後者は「面白くないから」である(言うまでもない)。

では、なぜ前者の先生の話は面白いのか。

それはその先生の話が私にとって未知そのものであり、話を聞くことが私に新しい発見や新鮮さをもたらしてくれるからだ。

私は「知らないし、よくわからないけれど、なんか凄そう」な話に弱い。

なぜならば、そのようなお話は、私の「『自分は知らない』ということを知りたい」というメタレベルでの知的欲求を刺激するからである。 

だから、それが大学の講義であろうと書籍であろうと映画やアニメであろうと、「よくわからんけど、なんかすごそう」なものに私はいとも簡単に引き込まれ、没入してしまう。

そうして引き込まれ没入することを通して無我夢中に未知を純粋に楽しむことで、私は新たな発見を達成し、新鮮さを得るのである。

しかし、実はこのとき私の意識にとって「私」も「ここ」も「今」も存在しない。

だって「無我夢中」なんだから。

アニメ版『ピンポン』第10話では、無名の主人公ペコと世界ユース五輪金メダリストであるドラゴンが対戦する。

第2セットまでは下馬評通りドラゴンが圧倒する。

しかし第3セットになると、ペコはようやく、

「そっか、技術や戦型うんぬんなんてどうでもいいや。相手は最強なんだから、楽しく遊べばいいだけじゃん」

と悟る。

そうして「卓球が誰よりも大好き!」という自らの初心を取り戻し、ドラゴンに対して一気に優勢となる。 

対するドラゴンも純粋に卓球を楽しむペコに感化され始める。

そして、すっかり忘れてしまっていた父に卓球を教えてもらったころの楽しさを思い出し、「いま、ここ、私」からの飛翔を開始する。

ドラゴンはその境地をこう表現している。

 

全身の細胞が狂喜している。

加速せよ、と命じている。

加速せよっ…加速せよっ…!!

目には映らない物、耳では聞こえない音、集中力が外界を遮断する。

膨張する速度は静止に近い。

奴は当然のように急速な成長を遂げる。

反射する頭脳、瞬発する肉体……

しだいに引き離されてゆく……

徐々に置いてゆかれる感覚。

優劣は明確。

しかし、焦りはない。

全力で打球している。

全力で反応している。

怯える暇などない。

怯える必要などっ……

  松本大洋『ピンポン』第5巻より

私の考えではこの感覚こそが没入であり、「無我の境地」への第一歩なのである。

ドラゴンは、これまで「親のため、家族のため、学校のため、会社のため、絶対に勝たねばならない」という狭い空間(劇中ではこれをトイレをメタファーとしていた)で卓球をやってきた。

当然ながら、そのような狭い空間では、いくら勝利を重ねようとも、楽しさや新鮮感など得られるはずがない。

なぜならば、そこは「いま、ここ、私」という既知の価値観がのっぺりと水平方向にひろがるだけの空間だからである。このような空間ではすべてが既知(親のため、家族のため、学校のため、会社のため、絶対に勝たねばならない)に還元されてしまう。だから、息苦しい。

しかしそんなドラゴンも、純粋に卓球を楽しむペコの導きによって、楽しさという「翼」を取り戻す。そして、その「翼」によって羽ばたき、これまでの狭い空間(トイレ)から「飛翔」し、抜け出すことに成功するのである。

こうして最終的にドラゴンは「音も色もない真っ白な空間」(アニメ版)に至るわけであるが、この一連の過程において、恐らくドラゴンの精神には時間概念など存在していない。

なぜならば時間を感じる「我」が「無い」状態こそが没入なのだから。

最後にドラゴンが「此処はいい…此処は素晴らしい」と呟くように、そこはまさに自由な「夢」のなかである。

いやあ、まったく『ピンポン』は素晴らしい。素晴らしすぎて私は職場の座右に全巻並べているほどである。

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話がだいぶ脱線した。

ようは「楽しい」ときは主観的な時間の流れなど存在しない。

「楽しい」とは無我夢中な体験をしているときであり、無我夢中な体験とは「経験したことがない」からこそ「発見が多い」体験そのものである。

そう私は言いたいのである。

だからこそ、「子どもの頃は経験が少なく新しい発見が多いから、記憶としての時間は長く感じる」という説明に対して「逆じゃね?」と思うのである。

では、なぜ私は子どもの頃に時間を長く感じたのか。

それはおそらく大部分の時間を学校に拘束されていたからである。 

学校では「みんな同じ時に、みんなと同じことを、みんなと同じように」やることを求められる。

したがって「つまんない」時間が構造的に生じるのである。 

なぜ「つまんない」かというと、先生からやらされることだからであり、先生がやらせる時点で「意味があるのだ」と子ども心にでもわかってしまうからである。

しかし、本然的に未知とは「これが意味があるかどうかわかんね」という態度によってのみ純粋に認識可能なものであり、だからこそ私たちの知的欲求を激しく掻き立てるのである。

「これからやることには意味がある」と思った時点で、物事の未知性と我々の知的欲求は決定的に損なわれる。

だから無我夢中に取り組むことができなくなる。

「意味があるとわかるからやる気が出るのだ」などというのはお金や地位や名声という俗な動機によって動きだすことしかできなくなった大人の偏見である。実は、人間の根源的なやる気を刺激するのは「意味わかんないけど、なんか凄い」という未知の存在なのである。

それは子どもの頃を思い出せば誰だって思い当たる事である。

子どものやる気を損なっているのは「これには意味があるんだぞ」と物事の未知性を損なっている大人以外の何者でもない。

現に、私は図画工作などの「自由にしていいよ」という授業には喜々として没入し、時間が溶けるように飛び去っていったことを記憶している。 

だとすれば私が現在「時間が過ぎるのって早いな」と感じている原因も理解できる。

それは毎日好き勝手に仕事させてもらっているからである。

私はここでは「アウトサイダー」であり「お客さん」である。

私のこの仕事には「昇進」など存在しないが、その代わり会議もなければノルマもない。

直接の上司であるO主任は「それぞれの教師がそれぞれ教えたいことを教えるべきだ」という素敵な信念をお持ちなので、「あれをしろ、これをするな」とガミガミいう存在もいない。 

だから、本当にありがたいことに、私は心置きなく自由にお仕事をすることができる。

そういう環境のもとで、新しい授業方法を考えたり、原稿を書いたり、こういう身辺雑記を書いたりしていれば、かならず「新しい経験」があるし「発見」がある。

現に、こんな金にもならない駄文を綴るのに私は40分ほどキーボードを叩いているが、私はその間の時間経過をまったく実感できない。

だから時間が溶けてなくなる毎日を過ごすことができているのである。

それは私が子どもの頃に野山を自由に駆け回って遊んでいた時に、あっという間に日が暮れてしまったことと原理的には全く変わらない。

もし私が世間一般的なサラリーマンで、日々上司に言われた仕事をこなすだけの生活を送っていたら、きっと時間の経過を遅く感じだろう(ああ、想像しただけでも耐えられない)。

あ、なるほど。

そんな状態は苦痛すぎるから、大人は自己防衛本能として「麻痺」することで時間を感じなくなっているのである。

だから「時間が過ぎるのが早い」わけだ。

だって「麻痺」しているときに時間なんて感じようがないしね。

お、ちゃんと「オチ」がついたぞ。

 

なんて長い前置きはさておき、この日は9時すぎに起床。

シャワーを浴びてすぐさま大学へ行き仕事に取り掛かる。 

まずはデスクの上に置いてあったO主任依頼の校正を片付ける。

次に「研究計画書の書き方」と題して、長い作文をする。

これはお隣のA大学から熊本大学に留学している学生さんに宛てたもの。

この学生さんとは一度だけお会いしたことがあり、ちょくちょくネットで交流はあったのだが、昨夜突然「私が書いた研究計画書を見てください」と連絡があった。 

基本的に私は頼まれたことは「はいはい」と受け入れるので、自分の原稿書きや仕事に追われているにも関わらず、このときもホイホイと気軽に引き受けてしまった。

で、一読したかぎり、研究計画書に直接朱を入れるよりも文章形式でお話したほうが良いし早いような気がしたので、それをこれから作文するのである。

3時間度ほど机にかじりつき、「研究とは何か」をマクラに、研究計画書のフォーマットや求められる内容などについて最低限説明しつつ、「『なんかよくわからないけど、すごい。だからわかりたい』こそが創造性の源泉であり、それこそが人類を動物と決定的に分けたのではないか」という私の主観的で実証しようがない思弁で結ぶ。

数えてみると約8000字。

ふう。

肩が凝った。

「なんだってまた他校の学生のためにわざわざ」と思わなくもないが、でも「お願いします!」と頼られると断りきれないのが私の悪癖である(だから契約上断らなければならない他所での非常勤のお願いは非常に苦痛である。良心が痛むからもう誰も非常勤のお仕事の話は持ちこまないでね)。

 

考えてみると研究計画書の書き方についてこうやってじっくり書き出してみたのは初めてである(いつも学生さんに向かってぺらぺら喋ってはいるが、それだと形に残らない)。

というわけで、結果的にはいい機会だった。

 

筆を置き(おお、時代錯誤な修辞であることよ)時計を見ると15時を回った頃。

秋の午後が美しいので散歩にでる。

うちの大学キャンパスは合肥の旧市街地にあり、その歴史を感じさせる佇まいを保持している。

合肥も開発が進み、多くの大学が新しいキャンパスを作って他所に移っていった。

確かに歴史がある分不便さもあるが、古い建物と静かな環境が保たれているので、私はこっちのほうが好き。

新しい大学キャンパスというものは、如何に建物が壮大で煌びやかでも、そこに「どや、壮大で煌びやかやろ」という現代人の自意識が垣間見えて、私なんかには野暮に感じられる。

その点、古いキャンパスには風雪を耐え残ってきただけの威厳がある。

しかもその威厳は設計やらデザインやらをした当時の「現代人」の自意識に基づくものではなく、キャンパスに堆積してきた時間経過が醸し出すものなのである。

ありがちな結論だけれども、そういう自然な雰囲気が私は好きだ。

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小一時間ほどで散歩を切り上げ仕事に戻り、18時ぐらいまで机にかじりつく。

18時に頭が疲れて「ガコン」と音を立て停まったので、今日はここまで。

スーパに寄りワインと鶏の足のハムとレタスを買い、家で『のだめ』のラストシーズンを見ながらいただく。

『のだめカンタービレ』の終盤(アニメ版3期10話)、のだめにコンセルバトワールでピアノを教えてきたオクレール先生と、のだめを気にかけてきた世界的指揮者シュトレーゼマンの会話を印象深く聞く。

宮崎駿がスタジオジブリで「宮崎駿の後継者」を育てられなかった理由がなんとなくわかる気がする。 

 オクレール先生がシュトレーゼマンに向けて言う「やっぱりあなたは悪魔だ。一人だけツヤツヤしちゃって」は、まさに宮崎駿にもあてはまるからだ。 

どこかのドキュメンタリーのなかで、後継者がジブリのなかから育たなかったことについて、宮崎は「スタジオは人を喰うんですよ」と言っていた。

でも、こういっちゃなんだが、若いスタッフの力を喰ったのは明らかに彼自身だと私は思う。

まあでも、そもそもジブリそのものが「高畑勲と宮崎駿の映画を作るために作った」スタジオだから、しかたがないのかもしれない。

ジブリに迷い込んだ若者は、まるで『千と千尋の神隠し』で湯屋に迷い込んで湯婆婆に名前を奪われ、カオナシに喰われた存在のように、場の主である宮崎や高畑に喰われるしかなかったのだ。

そういえば、以前どこかのドキュメンタリーでジブリのプロデューサー鈴木敏夫が「『千と千尋』を作っている時に、宮さんがカオナシを中心にしようと言い出したが、僕はカオナシっていうのは宮さん本人なんじゃないかと思った」と言っていたな。

おお、そうか。

なるほど。

ひょっとして宮崎駿は、「人を喰う」自分をカオナシとして、そしてそんな自分が人を喰うジブリを湯屋とすることで、意識的にも無意識的にも反省しつつ『千と千尋』を描いたのかもしれない。

だとすれば、宮崎駿があの映画を創る際に使って「喰われた」才能は、未来に死すであろう自分を弔うために映画を作っていたということである。

つまり、宮崎駿の映画を形作りながら、同時に自らの墓穴を掘っていたのである。

怖い。

カオナシのことを千尋が「あの人、湯屋にいるからいけないの」と言っていたが、千尋風に言えば、宮崎駿だってジブリにいるからいけないのだ。

だとすればジブリの湯婆婆って、誰なんだろう。

そんなことを考える。


2日(土)

 清々しい秋晴れに恵まれた土曜日。

7時半に起床。

良い天気なので、運動と頭のリフレッシュとを兼ねて、「秋を探しにサイクリングに行こう」ライドを決行する。

「行こう」という他者への呼びかけを伴う行為遂行的発語ではあるが、もちろん私一人で行くのである。

出発前にいつも立ち寄る近所の売店で店主のおっちゃんに「ひとりで行くの? 学生さん連れて行きなよ」と言われるが、い・や・だ。

他人と走ると気を遣う。

相手が学生さんならなおさらである。

もちろん、他人と走るのが楽しい時もあるし、学生さんと走るのが嫌いなわけではない。

ただ、そういうのはたまにだから面白いわけである。

ということで、今週も一人でロングライド。

ロングライドとは言っても今日は100km程度に収めよう。

メインは秋を味わうことなのだから。

ってなわけで、出発。

先週のロングライ(https://changpong1987.hatenadiary.com/entry/2019/10/30/113329)同様、まずは河川敷を通って長臨古鎮を目指す。

河川敷に沿って植わっている木々が美しく紅葉している。

河川敷の芝生化された部分では家族連れがBBQをしていて、肉が炭火で焼かれる香ばしい匂いが漂ってくる。

いいね。

私も家に1人用の小さな炭火コンロと網があるので、ロードバイクのサドルバックにそれらを詰めてBBQライドというのも一興である。

ただ、BBQとなると、やっぱビールなんだけれど、「乗るなら飲むな」だからなあ。

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途中で上下ともばっちりとサイクルウェアに身を包み、ビンディングシューズ(足とペダルを固定する機能が付いた自転車専用シューズ)を履いたローディーとすれ違う。

この河川敷をロードで走るようになって3年ほどになるけれども、同じくロードに乗っている自転車乗りを初めて見にした。

自転車に興味がない方にご説明すると、ローディーとはロードバイクをけっこう本格的に趣味にしている人々を指す言葉である。

だから、私のようなちんちくりんにとっては恐れ多くて自称できない言葉なのです。

それに(これを言うと怒る方々もいらっしゃるだろうが)、私はあまり「ローディー」という言葉の響きが好きになれない。

私は学生時代にバンド活動をしていた。

バンド用語で「ローディー」とは、平たく言えば「雑用係」である(あ、この表現も怒られるな)。

だから私にとって「ローディー」とは、バンドで使う楽器とか機材の搬入やらなんやらしていて、ライブの時には舞台袖に控えているお付の人なのである。

というのもあるが、個人的には「ディー」という語尾の響きがちょっと好きになれない。

同じ理由で「スムージー」も苦手。

「ベーシスト」や「ギタリスト」はOK。

まあ、ようは「蓼食う虫も好きずき」、“There is no accounting for tastes.”であって、貧脚自転車乗りの戯言以上の意味はないとご理解頂ければ幸いである。

 

40kmほど走り古鎮に着く。

美しい水辺に心地よい木陰を発見し、しばし休憩&補給。

今日はそんなに走るつもりはないので、補給食としておにぎりを3つだけ持ってきた。

唐突に普段は全く口にしないコーラが飲みたくなったので、「ザリガニおにぎり」と一緒に頂く。

なんちゅう食い合わせだと一瞬思うが、まあザリガニだってアメリカから来ているわけだし、「同郷同士じゃん、へーきへーき」で済ます。

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補給を済ませたあとは20分ほどのんびりと秋の風景を眺める。

小さな池のそばにおじさんたちが椅子を持ち出して魚釣りをしている。

幼い女の子がお母さんと手をつなぎ、池に架かっている石橋を何度も何度も往復している。

今年生まれたばかりの水鳥の雛たちは十分に成長し今では上手に飛べるようになったようである。これで冬が来る前に暖かいところへと移動できるね。

そろそろ私も移動しなくては。

 

古鎮を出発し、今来た道を引き返す。

毎度おなじみ「南肥河大橋」を渡ったところで、いつも目にするが入ったことがない脇道に入ってみようという気になる。

この脇道をずっと辿れば南肥河が巣湖へと注ぐポイントに至る。

川に沿って走ると最後の方はダートになっていた。

ロードバイクだとパンクが心配なのでコロコロと押しながら河口まで歩く。

大きな灯台がある。

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堤防に「私有地なので釣り禁止!見つけたら罰金!」と書いてあるが、10人ほどの仲間連れが平気な顔をして釣りをしている(中国ではよくある光景)。

それともあの10人ほどがこの土地の所有者なのだろうか。

 

 

陽光が湖面に眩く揺れる。

私はそれをのんびり眺める。

5分ほどボーッとしたあと、先に進むことに。

この一帯は、すぐとなりに湿地公園という名の自然公園があることから分かるように、湿地帯である。

以前ネットで調べたところ、もともと湿地帯だったこの一帯を農民たちが耕作し畑にしたらしいのだが、自然保護のためにそれを再び湿地化させたらしい。

だからだろうか、湿地のなかに家や電柱が残っている。

なんだか『千と千尋の神隠し』の最後の方に出てくるシーンを彷彿とさせる。

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湿地を過ぎて再びもと来た河川敷に戻ってくる。

このまま引き返すと100kmに10kmほど足りないので、ここで距離を稼ぐ。

その後、湿地公園の売店でオレンジジュースを購入し、反時計回りで巣湖に沿って南下。

地下鉄一号線の“九联圩”駅を目指す。

到着。

夏休み最後の土曜日にここから家まで歩いて帰ったことがあるので、家まで残り23kmだと身体を持って把握できる。

ここからは街の中を走るので安全第一。

で、帰宅。

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100kmライドは長すぎず短すぎず、ちょうどいい。

100km走るとなると以前の私にとっては大変な困難だった。

30を過ぎても身体的に成長する余地があるのか。

嬉しい。

シャワーを浴びたあとスーパーに行く。

「鶏モツの煮込み」「サラダ」「レモンチューハイ」を購入。

読書しながらご飯を済ませる。

食後ベッドに移って読書を続けているうちにズルズルと寝付く。

おやすみなさい。

 

3日(日)

8時起床。

シャワーを浴びて大学へ。

仕事を進めなければならない。

久々にジャイアントの折りたたみ自転車をひっぱりだし大学へ。

昨日のロングライドで食べきれずに持ち帰ってきたローソンのおにぎり(シーチキン)とカップスープで朝食を済ませながら、まずは日記を書く。

そのあとに今編集している作文教科書について短い文章を書く。

主審を務めてくださる日本人の先生に私の意図を理解していただくための文章である。

いいたいことがたくさんあるのでなかなかまとまらない。

そうこうしているうちに11時半。

12時半から明珠広場にある西京屋にA外国語学院のK先生とお食事の予約を入れているので、折りたたみ自転車で向かう。

このお店は合肥の日本人駐在員がよく来る日本料理屋である。

お値段は高めだが料理は美味しい。

店内に流れる山本リンダ「狙い撃ち」、五輪真弓「恋人よ」などのBGMから、この店のお得意様が「日本のおじさん」であることが容易に読み取れるのである。

案内された一室がまるで政治家の密談に使われているような部屋(そうか?)。

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K先生はご自身がホストを務める食事会には必ず30分前にはいらっしゃる律儀な方であるが、今日は私が店を予約したので5分前にいらっしゃる。

さすが。

もし私より早く着いて待っていたら私が気まずい思いをするからね。

貴重な日曜日の午後にK先生にわざわざお越しいただいたのは、私が主編を務める教科書の主審のひとりをK先生にお願いしたいからである。 

寿司やら天ぷらやらを頂きつつ、さっそく本題に入る。

二つ返事で快く引き受けていただく。

感謝。 

そのあと2時間ほどこの教科書についての説明やら教育の話やらでもりあがる。

2時半におひらき。 

買い物をして変えるというK先生と別れ、私はカウンターで預かっていてもらったジャイアントを引き取り、組み立て、大学に戻る。 

途中で渋滞に巻き込まれる。

本来自転車やバイクなどの二輪は渋滞など無縁の存在なのであるが、なぜだか知らないが二輪専用車道が渋滞している。

歩道を走ればよかったのだが、うっかり巻き込まれてしまい、後退もできずに数分立ち往生する。

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と、なんだかんだあったものの40分ほどで無事に大学まで戻る。

その後18時前ぐらいまで原稿書き。 

いつもどおりスーパーへ行き、夕食の食材とナイトキャップを仕入れ、帰宅。

明日は朝から6コマなので、早めに就寝。

おやすみなさい。 

 

日記(10.29~31)

29日(火)

7時起床。

授業は10時からなのでゆっくりシャワーを浴びて8時過ぎに出勤。

蔵書リストの提出期限が迫っているのだが、まだまだうちにはたくさんの本が堆積している。

そこからテキトーにむんずと掴みだしたものをリュックにパンパンに詰め、オフィスまで持っていき、自分のデスクのわきに小山を作る。和辻のうえに『あたしンち』が鎮座していたり、カミュのとなりに頭の悪そうな自己啓発書が並んでいたり、なかなかカオスである。

今日明日で済ませなければならない仕事は、木曜日の作文の授業で返却する作文の添削(25枚)と、それぞれの作文を膨らませる参考になる良文を探すこと、過去2年分・総勢70名の学生さんたちの作文から教科書編集用に収集した「良くある間違い」(A4で80枚にもなる)の整理、そして作文ゼミの学生さんたちとの検討会。 

もちろん、その合間に教科書の原稿を書き進めなければならない。

幸い授業は今日の2コマしかないが、それでもこの小山をリスト化する暇と気力がない。

学生さんにお願いしようかしら、お昼ご飯を奢ってあげる「ついで」に。

コーヒー豆を切らしたので、今学期は北京の博士課程に行っているO先生が「どうぞ飲んでください」と置いて行かれたインスタントコーヒーを飲みつつ、作文の添削をする。 

驚いたことに、みなさんこれまでの作文とは、書く態度が一変している。

「自分の言葉で書こう」「面白いものを読んでもらおう」という書き手の気持ちが伝わってくる。 

おお、嬉しい。

いろいろなビデオを見せたり、自分でガーガー喚きたてたりして、「文章を書くとは」について3週間お話したかいがあった。 

でも、やっぱり一番大きいのは、学生さんに自分が書いた作文を自分で中国語訳して提出してもらい、それをクラス全員分まとめてクラスに公開したことだと思う。 

こうすれば嫌でも自分の作文の「俗さ」に気づくからね。 

私がここでいう「俗さ」を「平凡さ」と同一視していただきたくない。 

私は学生さんに「平凡な文章を書くな」なんて言えるような立場にもないし、「非凡な」文章を書けるわけでもない。 

むしろ私は「平凡な」文章を書こうとしている。 

しかし、決して「俗な」文章を書きたいと思ってはいない(思っているだけで実際には書いてしまっている可能性もあるが)。 

「俗」と「平凡」は違う。

以前にもこのブログで書いたかもしれないが、「俗」であるとは、自分はみんなとおんなじなのに「自分はみんなとおんなじじゃない」と思い込んでいて、それゆえ「自分」の価値付やアピールの為に「みんなの考え」から離れられない人間のあり方である。

「平凡」な人間とは、たとえ「みんなの考え」に照らし合わせてパッとしなくても、「あ、そうですか? まあ、別にいいっすよ。」と平気で楽しく生きていける人間のことである。 

如何に「みんな」よりお金を持っていたり、「みんな」とは違う髪型をしていたり、「みんな」と違う奇々怪々な主張をしようとも、それが「俺はお前らとは違う」という「みんな持っている」「ありがちな」自己承認欲求からなされているのならば、私は彼/彼女を「俗物」であると判断するし、「みんな」にすがっていながら、「みんな」に「あなたは違うね」と言って欲しいがために「俺はお前らは違う」とがなり立てている自分に気づけないあたり、バカに過ぎないと私は思う。

こういう文章を書いている私自身は「みんな」と比べてパッとしない人間である。

お金なんてもってないし、イケメンでもないし、服の趣味だってあってないようなものである。

べつにそれを悪いとは思わない。

しょうがないじゃないか、それが私だもの。

だから、こんな「平凡」なことしか考えられない。

でも、それでいい。

私は私の「平凡さ」をしっている。

そして私の「平凡」論の裏に潜む私の「俗物」さを知っている。

だから、私の思う「俗物」は「平凡」な私の「俗な」考えに過ぎないし、「俗物」を「ぷぷぷ」と笑う私はバカなのである。

これじゃあ無限後退だが、主観的に「平凡」なことを書きながら他人を「俗物」だと見下すことで、結果的に自分の刀によって「俗物」として斬られたくはないもの。 

 

などということを書いているうちに授業の時間。

3年生の視聴説を「ガーガー」こなす。

 

オフィスに戻って袋ラーメンをズルズル啜りつつ、デスクワーク。

 私はオフィスのロッカーにキャンプ用品のシリコン製折りたたみラーメン丼を忍ばせていて、金欠のときやなんとなく外へ出てご飯を食べたくない時などは、これでラーメンを作って食すのである(袋ラーメンは熱湯を注いで5分程度待てば美味しく食べられる)。

うちの日本語学部は教員ひとりひとりに小さなロッカーを割り与えてくれているのだが、私のロッカーの内容物は、

 ・袋ラーメン

 ・乾燥パスタ

 ・「ふえるわかめ」(ラーメンに入れる)

 ・フリーズドライの野菜(同じく)

 ・カップスープ(朝食)

 ・ヨーグルト(同上)

 ・りんご(同上、なんかOLの朝ごはんみたいだな)

などなど……みごとに食べ物ばかりである。

調味料も「鳥ガラスープの素」から「食べるラー油」まで取り揃えているのである。 

満腹。

 

仕事を続ける。

14時に「いつもの」 SさんとOさんが来る。

結局、蔵書リスト作成の「ボランティア」をこのおふたりにお願いしたからである。

16時までサクサクと作業していただいたおかげで、座左(なんて言葉はないが)の小山は消失した。 

ありがとうございました。

でも、まだ家にたんまりあるのよね。 

 

この日は17時まで作業をして、帰宅。 

疲れた。 

 

30日(水)

授業がない水曜日。

昨日疲れて早めに寝たので、4時半に起床。

真っ暗なグラウンドへ行って40分ほどウォーキング&ジョグ。

そのあとシャワーを浴びて大学へ。

りんごとヨーグルトとスープを口にしながら、明日の授業で返却する作文を添削する。

10時ぐらいに頭へまわすべき糖分が「ガス欠」に。

身体が「あんこ」を欲していたので校内の売店へ行き、「あんぱん」(四個入りで3元)を購入。ついでに昼食用の袋ラーメンを物色。

これ(写真参照)が美味しそうだったので購入。これまた3元也。

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オフィスに戻り、「あんぱん」をぺろりと完食したあと、午前いっぱい添削作業。

昼休みにさっそくさっき買ってきたラーメンを食べる。

……まずい。

「バカ舌」である私がそう感じるということは、そうとうマズイということである。

3元ドブに捨ててしまった。

反省。

 

反省しつつも14時から18時まで3年生の「作文ゼミ」。4人の学生さんにそれぞれぶっ通しで個別指導。

疲れたしお腹すいた。

そこに今度は4年生の「研究計画書ゼミ」。

さすがにきついぜ。

「ねえ、もうご飯食べた? まだならご飯食べながらやろうよ」

ということで、久しぶりに大学近くにある屋台街へ。

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 ぶらぶら見ているうちに、ひさしぶりに“串串香”が食べたくなった。

この料理は名前のとおり、串に刺したいろいろな具材を鍋の中に放り込んで楽しむ鍋料理である。

値段はたいていひと串5角(3円)程度から。

重慶にいたときはビール片手によく食べた。

結構綺麗で美味しそうな店を見つけたので入る。

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席に案内されたあと、鍋のスープの種類を聞かれる。

「辛いスープ」と「キノコのスープ」を選択。

スープの選択が終わったあとは、各自思い思い食べたい食材を取りに行く。

まあ、まずはこんな感じだろう。

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お店の人がオススメだという牛肉2種(赤身と、脂身多めの部位)も注文。しゃぶしゃぶして食べよう。

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そうこうしているうちに鍋が来る。

「キノコのスープ」、美味しそう。

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开了!(煮立った)。

いただきます!

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それぞれ好きな串をつっこみながら食べる。

おいしい。

寒い季節はやっぱり鍋である。

食べながら2人の研究についておしゃべりする。

色々と興味深い話が沸いてきてわいわい盛り上がったのであるが、長くなるので割愛。

3時間ほどでお開き。

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寮に帰るふたりと別れ、私はオフィスに戻る。
今日中に作文の添削だけでも終えておきたいからね。

みんなが帰って静まり返った外国語学院のビルで1時間ほどお仕事。

帰宅したのは22時半。

このままベッドに飛び込みたいところだが、さっき火鍋をたらふく飽食したので、このまま寝たら「牛」になってしまう(「豚ちゃうんかい」と思った人、絶対に許さない)。

なので昨日に引き続き『ステキな金縛り』を見ながら20分だけローラに乗ってペダルを踏む。

シャワーを浴びてすっきりしたたあとも、ベッドに入り、ナイトキャップをちびちび啜りながら見続ける。

深津絵里が可愛すぎて死にそう。
もしも私がもっと若いときにこんな女の子に出会っていたら、きっと骨の髄までしゃぶられてポイ捨てされるような振り回され方をしたことだろう(しかも自ら喜んで)。
幸いなことに(あるいは不幸というべきか)私はもうそこまで若くはないのである。

結局最後まで見終わってしまう。

時計を見るともう0時をまわっている。

いかん。

速攻で寝付く。

おやすみ。



31日(木)

6時起床。

眠い。

しかし10時の授業までに学生さんたちのために参考文を集め、打ち込み、印刷しなければならない。

マッハで大学へ行きパソコンに向かう。

城壁のようにデスクを取り囲んだ書籍をパラパラめくりながら、学生さんがより深く広く考える参考になる文章を、学生さんの作文一枚一枚に対して探し、打ち込む。

眠すぎて「シェイクスピアは看破した」を「シェイクスピアはカンパした」とか、「簡易ベッド」を「難易ベッド」とかミスタイプしつつも(わりには意味的には繋がっている)、なんとか10時の授業開始までに間に合う。

ふー。

疲れた。

そのまま12時まで授業。

眠い。

今日はもうこれで「あがり」にしよう。

13時まで雑事をこなし、スーパーに寄ってワインを買う。

窓から入ってくる陽光を浴びつつ、『のだめ』を見ながらワインを啜っているうちにまぶたが重くなってくる。

ということで夕方には就寝。

翌日9時まで爆睡。

こうして10月最後の午後をのんびりと過ごしたのだった。

 

 

 

 

 

 

チャーハンを食すために寒空の下、自転車で150km走る(10.26、巣湖北岸)

10月26日(金)

天気は曇り。

薄いながらもびっしりと広がる灰色の雲がピクリとも動かず空にへばりついている。

風は微弱。だが、ひんやりと肌寒い。 

前夜だいぶ早めに寝たので3時に起床。

昨日は1日中ゴロゴロして心身を回復させた。

今日は久しぶりに路上を走り、頭を空っぽにして、気分転換を図るのである。

そして土日に一気に仕事を進めるのだ。

朝食として昨日買っておいたローソンのおにぎり二個を食べる。

具は日本では定番の「シーチキン」と、なんと「ザリガニ」!

中国のローソン(中国語では“罗森,luosen”)ではザリガニのおにぎりを普通に売っている。

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近所のローソンのおにぎりコーナー。中央にあるのが「ピリ辛ザリガニおにぎり」である。

 これ、結構美味しい。

「え~、ザリガニはちょっと……」

そう思われる日本の方もいらっしゃるかもしれないが、美味しいよ(ほんとだよ)。

ザリガニをマヨネーズ仕立てにして「エビマヨ」として日本のローソンに並べても、たぶんほとんどの人は気づかないのではないかと思う。

 

閑話休題(まあ全てが「閑話」なのだが)。

栄養補給を済ませたので、6時すぎに出発。

この日の日の出は6時半過ぎなので、あたりはもう明るくなってきている。

なのでライト類は持たない。

気温も低いからボトルも一本だけ。

ロングライド用のパッド入りタイツを履き、その上から短パンを履く。

上は長袖のインナーを着用しサイクルジャージを重ね着した上に、防水加工が施された薄めのウィンドブレーカー(自転車用)を羽織る。

今日はいつもどおり巣湖周辺を走るが、出発時点ではコースや目標距離は考えていない。

なんとなく北岸を走りたい。

突然「そうだ、俺はチャーハンが食べたいんだ」と気づく。

前回の「国慶節200kmライド」(1日で巣湖1周200kmロングライド! - とある日本語教師の身辺雑記)のときに、私は突然無性にチャーハンが食べたくなったのだが、結局は食べ損ねた。

今回こそ食べよう。

というわけで、旅の目的を「チャーハン」に設定、南肥河の河川敷を通りお店がありそうな巣湖北岸を巡るコースを選択する。

 

さあ、出発。

もくもくと約20km走る。

河川敷についたあたりで十分明るくなった。

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久しぶりにメリダに乗って外を走ったので河川敷で一枚。後ろは湿地公園の敷地。最近毎日ローラーには乗っていたのだが、やっぱり外を走るのが一番楽しい。

左手にモヤが立ち込める川面を眺めながら走る。

早朝の河川敷には車も歩行者も少ない。

人間は鎌を手にかごを背負い農作業をするおじいちゃんおばあちゃんたちぐらいしか動いていない。 

放し飼いにされたアヒルやニワトリたちが、河川敷を走る私とメリダを物珍しそうにじっと見つめる。

爽やかな田舎の朝を楽しみながらしばらく走ると、左手遠方に赤い橋が見えてくる。

「南肥河大橋」である。 

多分今日走るなかで唯一の大きな橋(長さ800mほど)である。

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32kmほど走って巣湖沿岸に到着。

巣湖に沿って数キロ走ると、以前もちょっとだけ紹介した「長臨古鎮」がある。

「古鎮」といっても、三河古鎮(自転車で2泊3日巣湖1周旅行(2日目 巣湖市内~三河古鎮) - とある日本語教師の身辺雑記参照)のように観光地化していない、小さな田舎町である。

40kmほど走ってちょっと小腹がすいた。

お手洗いもすませたい。

ここで一休みしよう。

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f:id:changpong1987:20191026115114j:plainちいさな町ではあるが、幼稚園や学校もあるので活気があり、犬や子どもが走り回っている。

いいね。

朝食を売っているお店や出店を見て回る。

寒いので温まりたい。

ホカホカの肉まん(3個で2.5元)を購入。

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肉汁がジューシーで美味しい。

ペロリと平らげる。

ついでにジャージのポケットに入れてきた「そいじょいのようなもの」も食べる。

 

補給が完了したので出発。

この時期の休憩は身体が冷えてかえって辛い。

さっさと走ろう。

まずは巣湖北部の半島を突っ切り30kmほど走ることにする。

折り返しコースだと帰りは疲れにプラスして飽きが来てしまう。

なので折り返したあとは半島を巣湖に沿ってぐるっと回りつつお腹を空かせ、残り50km地点(四頂山付近)で飯屋を探し、チャーハンをパクつこうという考えである。

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今回の予定走路。だいたい150km前後を想定。赤が前半部分、水色が後半部分。

古鎮を抜け、一路東へと突っ切る。

山を切り拓いて通された、斜度3~4%程度の緩やかなアップダウンが続く道を10数キロ走る。

このコースは以前に何度も通ったことがあるので、力をどこで入れてどこで抜くべきかわかっている。

あまりきつくはない。

とはいえ、25km/hという最低限度の巡航速度を落としたくはないので、上りでも重めのギアをえいしょえいしょと踏む。

ということで半島を突っ切ると風景が一変する。

いままでは左右を山に囲まれていた。それがとたんに視界が開け、右手に巣湖が、左手に湿地や耕作地が広がる長閑な農村風景が姿を現す。

季節は秋。

まさに収穫の時期である。

地元のお百姓さんたちが金に色づいた田んぼで稲刈りをしたり、なんだかわからない草をあぜ道に干したりしている。

自転車を停めて写真を撮りたい。

だが、せっかく良いペースで走っているので、自転車から降りたくない自分もいる。

結局、後者の自分が勝つ。

こうして長臨古鎮を出たあとは一度も地面に足を着くことなく30km走りきる。

陳徐村という小さな集落にさしかかったあたりで走行距離が70kmに達したので、一休み。

寒いので両足の筋肉が強ばっている。

自転車を交通標識のポールに立てかけて、入念にストレッチ。

帰りのコースはこれまで来たコースよりちょっとだけ長いので、残りはだいたい80km程度だろうか。

それにしても寒い。

太陽は高く登っているはずだが曇りなので姿が見えない。

時間を追うごとにむしろ寒さはますばかりである。

運動として自転車に乗ることの利点の一つは、汗をダラダラ流さずに済む(結構な速度で走るので汗がすぐに乾くから)ということだが、この時期に自転車に乗るのはちときつい。なぜならかいた汗が通気性皆無のウィンドブレーカーのなかで蒸れ、休憩に入ったとたん冷やされ液化し、体を冷ましてしまうのである。 

というわけで、さっさと出発。

それにしてもお腹がすいた。

前々回のロングライドでは、姥山島景区という観光地近くのメシ屋で麺を食べた。

今回もそこで栄養補給をしよう。

そしてチャーハンを食すのである。

繰り返しになるが、前回のロングライドではチャーハンを食べそこねた。

メシ屋に入った時間が早かったせいである(中国では朝は米を提供しないメシ屋が多いのだ)。

ところでチャーハンなる食べ物は炭水化物である白米を油で炒め、そこに卵やらハムやらと多種多様なタンパク源を投入している食物であるが、それゆえ25歳を過ぎてだんだんと落ちてゆく己の筋肉量や代謝能力と戦いながら日々減量に勤しむ私にとっては言語道断的存在なのである。

しかしロングライドのときとなると話は別である。

なにしろ「ガソリン」がなければ走れないのだから。

というわけで、「チャーハン、チャーハン、チャーハン」とマントラを唱えるように口にしながら、およそ30km離れたメシ屋を目指す。

 

そうそう。

ときどき学生さんや同僚の先生方から「100km以上も走る時って、何考えているんですか。飽きません?」と聞かれることがある。

私の場合、正直何も考えていない。

理由のひとつは、物思いにふけりながらロードバイクに乗るのは危ないからである(私自身にとっても、そして他人にとっても)。

もうひとつの理由は、そもそも自転車で100km以上の長距離を走るという行為が、そもそも人間的思考から離脱する体験だからである。

私の場合、ロングライドは単独で行うことがほとんどなのであるが(人のペースに合わせるのも、人にペースを合わせてもらうのも、気を使うから)、その道中私がやっていることといえば、音楽を聴いたり、その音楽に合わせて歌ったり、マナーの悪い車の悪口を言ったり(「クラクションうるせえぞ!」とか)、「お腹すいた」とか「暑い」とか「寒い」とかブツブツ言ったりする程度のことである。 

つまり、知性的な思考・言語活動とは無縁の活動に脳を使用しているのである。

脳内に浮かぶ言葉はだいたい日本語能力試験4級程度(日本語学習歴3ヶ月~半年の外国人が受験するレベル)の語彙・文法でカバーできるものである。 

しかも、そんなシンプルな言語でなすことのほとんどが、空腹とか気温とか、そういう生理的・感覚的事実の認知である。

自転車に乗る時には、理性よりも感性を研ぎ澄まさなければならないからである。

つまり、そこそこスピードを出して走るわけだから、前後左右に身体感覚を研ぎ澄ませているわけだし、突発的な危険をあらかじめ回避するために頭の中に無数の「~かもしれない」を沸き上がらせているわけである。

「何かを考える」余裕などないのである。 

しかしこのおかげで、一度ロングライドにでると頭の中が不思議と「すっきり」とする。

その晩は夢すら見ないし、翌日職場のデスクに着くと、あら不思議。以前にはわからなかったことや表現できなかったことが、すらすらと解決するのである。 

自転車、楽しい。

 

なんてことを考えながら(うそ、後知恵である)、あいかわらず空にへばりついたままピクリとも動かない低い雲へと突き抜けてゆく長い長い道をひたすら進む。

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 11時30分に目的地であるメシ屋に到着。

さっそく牛肉チャーハン(突発的に玉子チャーハンではなく牛肉チャーハンが食べたくなったのだ)と「トマト卵炒め」をオーダー。しめて30元(500円ぐらい)也。

 

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チャーハンだけでは物足りないだろうし、身体がタンパク質やビタミン、ミネラルを欲していたので、「トマト卵炒め」を追加したのである(うそ、ただ単に食べたかっただけ)。 

チャーハンに第一匙を記したところで、大量の「オジサン」たちが来店する。

私は「オジサン」が嫌いである。

ここでいう「オジサン」とはある一定の年齢を超えた男性のことを指すわけではなく、ある精神のあり様について行っているわけであるから、これを読んだおじさま方は誤解なさらぬよう願います。

私が思う「オジサン」には目立った特徴がある。

 

①周りの目を気にしない

②オジサン同士で群れる

③自分たちは「若い」と思っている。

④そんな自分たちの「若い」をもってすれば若者と交流できると思っている

⑤つまり自分の「当たり前」の外側に対する感覚が鈍い(もしくは無い)

➅オジサン的振る舞いを注意されると、一瞬子どものようなキョトンとした顔つきをする

⑦しかしすぐに「俺を誰だと思っているんだ」(内田樹が言うところのO・D・O)と怒り出す。

 

これらに共通するのは、ある種の社会性のなさであり人間的未熟さであって、私はこのメシ屋でオジサン集団にうんざりした。

男女を問わず若い子たちからオジサンの評価は芳しくないのは日本でも中国でも同じだが、それにはちゃんと理由があるのだと思う。 

そんなこともあり、チャーハンをかっ込みながらいろいろ考えたのであるが、今回は自転車がメインである。 

「オジサン」については別稿を持って論じたいと思う(別にこれは原稿じゃないけど)。

 

オジサンに辟易したので、残っているチャーハンと「トマト卵炒め」を速攻でかっ込み店を出る。 

ごちそうさまでした。

チャーハンも「トマト卵炒め」も美味しかったです。

とくにチャーハン。

コメはちゃんとパラパラ(≠パサパサ)で、卵は美しく均等にばらけており、メインとなる牛肉は角切りにされ、奥歯で噛みしめると肉汁が溢れ出す、そんなチャーハンでした。

満足。

 

先に書いたとおり、自転車に乗る時に考え事は禁物なので、「オジサン」問題は家に着くまでスッキリ忘れることにする。

というか、サドルに跨り、「カチチチチチ……」というラチェット音(ペダルを回していない時に後輪が空回りする際に発生する音)を耳にすると、不思議と邪念は消えてなくなるのだ。

これがロードバイクの醍醐味である。

残りの行程は約50km。

曇り空が気持ち厚みを増した気がするので、先を急ぐ。

10kmほど走り長臨古鎮に戻ってきたあたりで、雨粒がパラパラとアイウェアを叩き始める。

あら。

雨が降るなんて天気予報では言ってなかったけど。

レインコートを持ってきていなかったが、まあ今日来ているウィンドブレーカーは防水だから大丈夫。

などと思いつつ湿地公園を過ぎたあたりで、結構本格的にザーザーと降り出した。

想定していたコースをこのまま辿るならば、残り25kmほどである。

雨の事を考えるとちょっと長い。

しかたがない。

ショートカットしよう。

あまりナビに従いながら走るのは好きではないが、雨の中走るのは危険も伴うし、この前治ったばかりの風邪をぶり返すおそれもある。

百度地図のナビに従いながら残り20kmほど走る。

安全第一。

 

結局15時過ぎに帰宅。

サイコンの表示だと走行距離は150km。

最初の数キロほどはサイコンを起動し忘れていたので、実際にはもう少し走ったはずである。

 

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楽しかった。

チャーハンも堪能できたし。

そういえば古鎮で食べた肉まんもよかったな。

あ、書いててお腹減ってきた。

「走るために食べる」のか、それとも「食べるために走る」のか。

なんだか最近よくわからなくなりつつある自分がいる。

まあしかし、である。 

そもそも「移動の手段」である自転車を「移動こそが目的である」として趣味化している時点で十分倒錯しているのである。

なので、気にしないことにして、たぶん今後もお腹を満たすために走りにでて、走り続けるためにお腹を満たすという旅を続けるのである。

日記(10.26~28)

10月26日(土)

9時起床。

シャワーを浴びて身支度をする。

途中でりんご(富士)を4つ買って大学へ。

一昨日は家でゴロゴロ、昨日は自転車で外をグルグルしたので、今日と明日は大学でバリバリお仕事をするのである。

というわけで10時に大学へ行き、のんびりとコーヒーをすすりながら日記の更新をしたあと、お仕事(O主任が編集している教科書の校正)を進める。

バリバリバリバリ……。

途中で副院長の張先生がオフィスを覗いて、「土日なのに仕事ですか、偉いですね」と褒めてくれる。

もちろんご案内のとおり私は木・金と遊んでいたのだが、「いやあ、そんなことありませんよ」と頭を掻く。

我ながら小狡いやつである。

そんなこんなで昼過ぎまで集中して机仕事。

 

14時に挿絵を書いてくれるSさんとLさんが来る。

絵の構図や見せ方について、3人で話し合い共通認識を得るために、額を合わせてお話するのである。

「ハとガ」の違いや指示詞(こ、そ、あ)についてご説明する。

説明する中で面白いことに気づく。

それは、日本語の指示詞である「こ、そ、あ」は、一期一会的な「場」によって儚くも成り立ち消えるものではないか、ということである。

なんのこっちゃわかりにくいので、ちょっと長くなるが、以下に詳しく述べる。

 

ある状況におかれている話し手・書き手が、その立場から見えたり聞こえたりした物や事、場所などを指し示す言葉を指示詞という。英語で言えばThisとかThatとかですね。

一般的に指示詞という概念は、指示代名詞、指示形容詞、そして指示副詞からなる。

指示代名詞とは、日本語の「これ・それ・あれ」や英語の“this”“that”のように、指し示すものごとの代わりを務める語のことである。

指示形容詞とは、日本語の「この・その・あの・どの」のように、指し示すものごとを形容する働きを持つ語のことである。英語なら“this book”“that girl”のように“this”“that”がそのまま使えるし、“such stupid behavior”の“such”などもそうですね。

指示副詞とは、指し示すものごとのうしろに「する」や「なる」などの体言を伴う語であり、日本語で言うと「こう・そう・ああ・どう」などである。英語だとやっぱり“I hate you this much”(あんたのことがこれだけ嫌い)のように“this”“that”がそのまま使える。

細かいことは置いておくとして、日本人の皆さんならば当然ご存知のとおり、日本語の指示詞には「これ」とか「あっち」とか「そんな」とかいろいろあるわけだが、基本になるのは「こ・そ・あ」の3つの系である。

日本語の指示詞を説明する初級教科書では、

 

「『こ』は話し手の近く、『あ』は話し手と聞き手にとって遠く、『そ』は聞き手の近く」

 

という説明がよく見られる(今私の手元に有る中国語版初級『みんなの日本語』でもそう説明している)。 

ほかに、 

 

「『こ』は近距離、『そ』は中距離、『あ』は遠距離」

「こそあどは、それぞれ近称・中称・遠称・不定称」

 

という説明がされることもある。ネイティブである私たちの感覚からすれば、これは理解しやすいし、実際に手元にある公文式の中学生向け『国語文法』ではこちらの説明が紹介されている。 

しかし、私が思うに、この説明では外国語学習者に対して「こ・そ・あ」の使い分けをする時に問題がある。

とくに「そ・あ」に関してである。

たとえば、AさんとBさんが電話で話しているときに、

 

 A「昨日新しいデジカメ買ったんだよね」

 

という新たな話題の出現に対して、Bさんがネイティブならば普通、

 

 B「へえ、それはどこで買ったの?」

 

と「そ」を使う。

しかし、「『あ』は遠距離」という説明で日本語の指示詞を覚えてしまった学習者は、

 

「電話でおしゃべりしているAさんにとってBさんが買ったデジカメは遠いところにあるから、ここは『あ』だな」

 

 と理解してしまい、

 

B「へえ、あれはどこで買ったの?」

 

と誤用してしまうのである(私は実際にそういう事例を目にしたことが何度もある)。

近称・中称・遠称という視点は「そ・あ」に関して問題がある。

そもそも「そ・あ」の使い分けは中国語を母語とする学習者にとって問題は難しい。中国語の指示詞には、“这・那”という2つの系しか存在しないからである。

一般的に言えば、「“这”は『こ』、“那”は『そ・あ』」である(あとで述べるように、もちろん例外もある)。

つまり中国人学習者にとっては、“那”という母語で指し示しているものが、日本語では『そ・あ』という別の系で示されるわけである。

混乱するよね。

結果的に私の学生さんたちは『そ・あ』の使い分けに苦戦するのである。

「らりるれろ」で世界を音声的に分節している日本人が英語を習う際、LとRを使い分けるのに苦労するのと同じようなものかな。

 

それはさておき。

ところで、さっきのAさんとBさんとの会話を振り返ると、一言で指示詞といっても、実際には「現場指示」の指示詞と「文脈指示」の指示詞という二種存在していることがわかる。そして「近称・中称・遠称」という説明は前者には有効であるが後者の場面では外国人学習者にとってわかりにくくなってしまうのである。

「現場指示」とは、まさに今その現場にあるものを「ん、これ!」と指差すものである。よくある“This is a pen”なんて例文はまさに現場指示ですね。

対する「文脈指示」がなにかといえば、たとえば、私たちは記憶をたどりながら言葉を繰り出すときに、そこに登場する話題や情報などを指して「こ・そ・あ」を使うことがありますよね。前文の「そこに登場する」というセンテンスで使った「そこ」がそうだし。そして、この「そうだし」の「そう」もそうであるし、「この『そうだし』」の「この」もそうだし……無限ループだ、やめよう。

たとえば、

 

「昨日彼とレストランに行ったんだけどさ、このレストランがひどいのなんのって!」 

 

の「この」は「文脈指示」である。 

こうしてみると、先ほどのAさんBさんは違う「現場」にいながらも電話で話すことで文脈を共有しておしゃべりしているわけだから、ここでは「文脈指示」型の指示詞の使い方がなされているわけである。

こうして考えてみると、さきほど見た2種の「こ・そ・あ」の説明のうちでは、やはり「『こ』は話し手の近く、『あ』は話し手と聞き手にとって遠く、『そ』は聞き手の近く」という説明の方が適切であり広く応用が効く説明だと私は思う。

これなら「なんでBさんは遠く離れたAさんのデジカメに『そ』を使ったの?」という日本語学習者の素朴な疑問に対して答えられる。

なぜBさんが「それ(デジカメ)はどこでかったの?」と話し手である自分にとって遥か遠く離れた物体(デジカメ)に対して「そ」を使うかというと、デジカメは聞き手であるAさんの身辺にあるものだからである。

「『そ』は聞き手の近く」という説明の原則通りだね。

 

なお、これは私の勝手な素人考えであるので鵜呑みにしないでいただきたいが、ここで「そ」が使える背景にはもうひとつあるのではないだろうか。

つまり、本当にBさんはデジカメという物体にたいして「そ」を使ったのだろうか。

それよりも、Aさんが提示した「デジカメを買った」という不明瞭な話題に対して、つまり聞き手である自分にはまだ十分に伝達されておらず、したがってイメージ的にはAさんの手元に残っている話題に対して「そ」を使ったのではないか。

というのが私の考え方である。 

わかりにくいな。

ようは、私の勝手な理解では、「そ」とは会話の流れの中で出てきた「既に存在を聞き手に対して提示済みではあるが、内容が十分に明らかになっていない(=聞き手の手元にまで至っていない)話題や情報」に対して、その存在を確認したり、問いかけたり、補足したりするときに使う場合もあるのである。

たとえば、

 

 彼女「ねえ、赤ちゃんできちゃった」

 彼氏「……そ、そうか」

 

における「そ」は、彼女から提示された新しい話題に対して、未だ十分には把握してはいないが、それでもその存在をとりあえずは認識し受け止めたことを示すための「そ」である(しかしなんちゅう例文だ)。

もし彼氏がこのあと彼女から情報を提供してもらい、この話題についてその場で十分に理解して自分に関する話題や情報だとみなした(=自分の手元に引き寄せた)ならば、

 

 彼女「で、どうしよっか」

 彼氏「これは重要なことだから、ひと晩考えさせてくれないかな」

 

と「こ」を使うのである。

で、「できちゃった」という話題がお互いに十分に理解され共有され、場面が変わったあとに(たとえば翌日とかに)なると、

 

 彼女「あの話だけど、どうしようか」

  彼氏「ああ、あれね」

 

と「あ」を使うのである。

さっきのデジカメの例文で言えば、もし1時間後にまた

 

Aさん「そうそう、デジカメ買ったんだよ」

 

となれば、

 

Bさん「それ、さっき言わなかったっけ」(知らないよ、私のカメラじゃねーし)

 

だろうし、一週間後にAさんが

 

Aさん「デジカメ買ったって話したっけ」

 

となれば、

 

Bさん「ああ、一週間前のあの話?」(シラネーヨ)

 

のようになるはずである。

さっきの「できちゃった」はふたりの「赤ちゃん」が話題なので、当然彼氏は「この」を使う(でないとクズ男である)。しかし、Aさんの「カメラ買った」は所詮Aさんの所有物に関する話題だから、Bさんが「この」を使うことはありえないのである(あるとすればBさんがAさんのカメラを盗んだり、Aさんと同じカメラを買ったりした場合だろう)。

ここまでは対して新鮮味もない説明である。

しかし、私がこうやってうだうだ考えつつ気づいたのは、日本語の「こ・そ・あ」の変遷は、非常に移り変わりやすい「場」の変化をもろにうけるのではないか、そしてここでいう「場」の変化とは、単に空間や時間が変化するというだけではなく、「場」を構成する人物の登場や退場により、瞬時に生じるのではないかということである(書き出して思ったが、当たり前なのことに気づいただけだね)。

 

たとえば、週末に買った新しいジージャン(byユニクロ)にご満悦の私が、月曜日の授業に喜び勇んでそれを着て参上し、開口一番、

 

「みてみて、この服、かっこいいでしょ!」

 

とはしゃいでいるとする(あくまで例えばですよ)。

学生さんたちはもちろん、

 

「わあ、その服かっこいいですね!先生にお似合いですよ」

 

とおべっかを言ってくれるだろう。しかし、私が休み時間に教室を離れたあと口々に

 

「ぷぷぷ、なにあの服。だっさー」

 

と悪口を楽しまれるはずである(たとえばですよ、うちの学生さんはいい子達ばっかりだし、そもそも私の服なんかに興味ない)。

私がふと抱いた疑問は、時間的にもそう経過しておらず(私の退出から悪口パーティまでせいぜい数秒~数分だろう)、空間的には全く変化していない(以上の会話がなされているのは同じ教室なのだから)にも関わらず、なぜ日本語では私の退出によってたちまち「その服」が「あの服」へと変化するのか、ということである。

中国語の場合、私が教室から退出しようがしまいが、ずっと“件衣服”である。 

(※10月31日追記  というのは私の間違いで、実際には中国語では「わあ、その服かっこいいですね!」の場合‘你这’となり、「ぷぷぷ、あの服」の場合“他那”となる。私の半端な中国語を付して詫びたい。すみませんでした。 

しかしここから分かるのは、中国語話者は「わあ、あなたのその服」を「わあ、あなたのこの服」とイメージしている、つまり「あなた」の立場に限りなく近づいて話しているということである。これは後に述べている「是这样子」「私からプレゼントを貰って母は嬉しい」問題と同根であるかもしれないので、今後考えていきます。)

根本的に変化したものはひとつしかない。

それは「場」の構成員である「私」の退場である。

つまり、私が消え去ったことが、「その」が「あの」へと変化する決定的な要因なのである。

これはつまり、日本語では、「場」を構成するメンバーがずっと同じならば、すでに共有された話題や情報に対していくらでも「そ」を使いつづけ、あるメンバーの辞去で「場」が変質した途端、これまで「そ」で指示されていた共有知識は旧情報となり「あ」で指示されるようになるということではないか。

とすると、日本語の指示詞において重要視されるのは時空以上に、そこにいる人間なのである。 

英語だとどうだろう。

なんとなくだけれども、英語だとさっきの事例場合、指示代名詞ではなくて所有格(YourとかHisとか)を使って表現しそうなきがする。

まあ、それはわからないから置いておくとして。

 

文脈支持の「あ」の説明としては、管見の及ぶ限り「記憶のなかにあるものを指すのが『あ』」という説明が一般的である。

それは確かに正しい。

私のジージャンを「ねー見た? あれだっさ! プークスクス」している学生さんたちは、一瞬前の記憶をもとに会話しているわけである。

しかし、「記憶」と表現してしまうと、たった今生じて消えた話題(休み時間になってそそくさと教室から出て行った先生)も「記憶」なのだと認識しづらいのではないだろうか。

だって「ついさっき」なのだから。

もちろん「ついさっき」のできごとだって過去なのだから、「あれ」だって「記憶」の産物なのであるが、学生さんに説明するときに「ついさっき」と「記憶」というそれぞれの語感がなじまないかもしれない。

 

もうひとつ。

私は前の方で「“这”は『こ』、“那”は『そ・あ』」であると述べた。

私が知る限り、この原則にはひとつだけ例外がある(2つ以上あるかもしれないけど)。

それはたとえば、

 

A「彼、最近元気ないけど、どうしたの?」

B「なんか彼女と別れたみたいだよ」

A「あ~、そうなんだ」

 

の「そうなんだ」である。

上の会話を中国語にするとこうなる。

 

A〝他最近没有精神,发生什么事了?〟

B〝听说他跟女友分手了。〟

A〝哦,是样子阿。〟

 

ごらんのとおり、ここでは「“这”は『こ』、“那”は『そ・あ』」という基本から外れ、日本語では「」なのに対して中国語では〝〟が使われている。 

これを「こうなんだ」と誤用する学生さんにはあったことがないので、教育・指導面では前衛化していない問題ではある。 

しかし、「なぜ『そうなんだ』が〝是样子阿〟となるのか」という問題は、日本語や中国語の性質を理解するためにも、ひいては日本人(大和民族)と中国人(漢民族)の「言語以前」の世界認知に迫るためにも、非常に大事な問題だと私は思う。

この問題への私なりの勝手な考えは以下のようなものだ(素人考えです)。 

中国語和者は相手の話を聞いて納得したあと、その話題や情報が「自分の手元」にあるとイメージしている(だから〝那〟ではなく〝〟が出てくる)。

それに対し、日本語話者は(納得していようがいまいが)相手がもたらした話題や情報の存在を「自分と相手との間」に宙吊りにしている(だから、「あ」でも「こ」でもなく「そ」が出てくる)

つまり、自分に手渡された話題や情報を受け手が配置している空間イメージが異なることに由来するのではないだろうか。

日本語の「そうなんだ」にも「そうなんだ」(しらんけど)や「そうなんだ!」(うんうん、私もそう思ってた)などといろいろあるが、中国語の相槌にもいろいろある。

私の経験から言うと、「そうなんだ」(しらんけど)に近いのは、〝是吗?〟である。これは直訳すれば「そうなの?」であり、相手から与えられた話題や情報に同意はしないがその存在は認める意味合いがある。形式的には疑問符を伴っているが、語尾を上げて発音したりしない限り、必ずしも「本当に?」と問いかけているわけではない。

「そうなんだ!」(うんうん、私もそう思ってた)の場合、中国語では直接〝就是〟(まさに)とか〝对〟(正しい!)とか〝 我也一样〟(私も同じだ)などを使う。とくに〝对〟は便利で、私などはお酒の席で相手の言葉に「我が意を得たり」と感じたときは、〝对对对!〟などと連発してしまう。言っている方もリズミカルで気持ちいいし(麻雀で「ポン!ポン!」と鳴いてトイトイをつくるみたい)、言われた方も同意を得られて嬉しい表現である。 

こうしてみると、〝是样子阿〟という表現は、話し手が聞き手に対して「あなたの話したことはここまで届いたよ」と伝えているわけであり、そういう意味では語の意味としても実際の用法としても、基本的には聞き手が心から納得したり共感した時に使われるのである。

対して、日本語では「こうなんだ」とは絶対に言わない。たとえ心から納得し共感したとしても、そうして納得・共感された話題や情報は「ここ」でもない「あちら」でもない「そこ」にあると、日本語を母語とする我々はイメージしているのである。

だから、「そうなんだ」には、けっこう他人ごとだったり冷たい感じが感じられる。

そのかわり、相手の話を聞いて「こうですか?」「こういうこと?」は結構使う。この「こう」は、相手の話を聞いたあと自分なりに再現した理解を指しているのであって、決して相手の話をそのまま手元に引き寄せたという意味ではない。

もちろん相手の話を聞いて「いや、こうだろ」という人間もいるが、これだって自分の手元にある自前の考えを(押し付けがましく)差し出しているだけである。

もしかしたら、日本人は他者や他者が口にする言葉を「ここではないところに完璧な形で存在していて、手元には不完全な形でしか引き寄せられない」とイメージしているのかもしれない。

それで思いついたが、中国人学生はよく作文で、日本語では「~そうだった」「~そうにみえる」と書くべき他人の感情表現を間違う。つまり、

 

「私からプレゼントを貰って、母は嬉しい」

 

と書くのである(お母さんが本当に嬉しいかどうかなんて誰にもわからないのに)。

日本語ならば「母は嬉しそうだった」とか「母は嬉しそうと言っていた」とすべきである。もちろん小説なんかでは「このとき、太郎は心底悲しかった」などという表現が許されるが、それは小説においては書き手が「神」だから許される表現なわけである。

おお、中国語と日本語の間に存在する他者理解可能性という問題へのアプローチの相違!

これで論文が書けるかも。

なんてのは私の勝手な思弁だが、おもしろい。

 

そんなこんなをLさんとSさん相手にお話しながら、それを説明するために頭に浮かんだイメージを片っ端からホワイトボードにぐちゃぐちゃ殴り書きしつつ、べらべら説明する。

2人はそれの「ぐちゃぐちゃ」「べらべら」を自分なりに理解し、その結果をすぐさまラフに描き起こして「先生、こんな感じですか?」(おお、私の言葉が届いたから「こんな」なのね)と見せてくれる。

すごい。

絵を描ける人ってかっこいい。

絵が描けるだけではなく、私のお伝えしたかったことをちゃんと掴んでいる。

「そうそう、そんな感じです」(ああ、また指示詞が!)

こんなことを(うう、ここにも)2時間ほどやっていたので、3人ともぐったり疲れる。

16時を過ぎたあたりでSさんのお腹の虫が「おい、話長いぞ!」と喚きたて始めたので、今日はここまで。

お疲れさまでした。

 

ふたりが帰ったあとも少し指示代名詞について考える。

当然ながら、私たちの会話はなにも目の前の物体や場所だけを指して展開されるものではない。 

むしろ思い出話や討論こそ人間的言語活動だとも言えるので、「文脈指示」は非常に大切である。

そして考えてみれば、これも当然のことではあるが、「文脈指示」にも2種あるのである。

つまり、時空を共有し対面して展開されるコミュニケーションに出現する指示詞と、時空を異にし一方的に語りかけられるかたちで成立するコミュニケーションに現れる指示詞である。

前者は主にオーラル・コミュニケーションに見られるものであり、後者は読書体験や執筆体験で出くわすものである。

大学というところは研究機関であり教育機関であるわけで、我々人文社会科学に携わるものがなす研究の基本は読書と執筆であるわけだから、大学における日本語教育では本来ならば「文脈指示」の代名詞こそ仔細に教えるべきである。

ところが、驚いたことに日本語教育の初級の教書では「現場指示」の指示詞しか説明していないのである。

というよりも、そもそも私が知る限り、日本語教育(中国の大学における日本語教育)の基礎段階では、口語文法のみを扱っていて文語文法を扱っていないのである。

初級段階の一年生は、日本語学習の大半を「山田さんは公務員です」とか「天気がいいから散歩をしましょう」のような(面白くもくそもない、おっと失礼)オーラル中心で教えている。

そりゃ閲読や作文が苦手な学生が多いわけだわ。

だって、閲読だと「これは」とか「そのように」とかバンバン出てくるし、みんなが重視する日本語能力試験だって「下線部の『これ』とはなにか」が問われるんだから。

卒論執筆だってそうでしょ。

「この考えは本当だろうか」と書くのと、「その考えは本当だろうか」と書くのでは全く意味が違う。

海外旅行のためにオーラルだけを学びたいという学生向けの塾ならまだしも、大学の語学教育として、これってまずいんじゃないと思う。

なぜここで私は「これ」を使い「それ」を使わなかったのか、学生諸君に理解していただけるだろうか。

さっきの「この」は、問題を自分の手元まで引き寄せるという私なりの責任感の現れである。 

 

考え出すとキリがないのでここらへんで打ち止め。

少しだけ作文の授業課題を添削し16時には退勤。

いつものスーパーへ行き、今日は出来合いのものを夕食として買う。 

 家に帰って買ってきたもの(あひるの照り焼きとサニーレタス)を食べながら、「のだめ」の続きを見る。 

「なんだよ、アニメなんて見る暇があるなら原稿進めればいいじゃん」

いやいや、アニメを見るのだって重要な仕事なのである。

ほんとうですよ。

アニメの中には「使える」シーンがたくさんあるのだ。

たとえば、このまえから言っている「ハとガ」のうち、「対比・比較のハ」がアニメ版「のだめカンタービレ」16話に出てくる(原作漫画では7巻)。

「夫」千秋が作った学生オケの練習休憩中に、自称「良妻」としておにぎりとお味噌汁を差し入れしに来た“のだめ”。千秋に「何しに来た、さっさと帰れ!」と煙たがられつつも、初対面であり千秋のオケ仲間であるオーボエの黒木くんへの差し入れに成功する(ついでに「良妻スマイル」と「良妻ウォーク」で黒木くんの心を奪ってしまう)。

以下は、そんな黒木くんが後日のだめにおにぎりを包んでいた風呂敷とお味噌汁が入っていたスープジャーを返す場面である(ちなみにのだめは極度の料理ベタです)。

 

黒木「ああ、そうだ。この間は差し入れをありがとう。僕は森光音大の黒木泰則。お、おにぎりすごくおいしかったよ」

のだめ「お味噌汁?」

黒木「あっ、おいしかったよ、ボクーーところてん好きだし!」

のだめ「マロニーです」

 

以前もここに書いたかもしれないが、ハには対比・比較の意味合いがあるため、不用意に使ってしまうと、聞き手に対して背後に潜む比較対象だったり含みだったりを暗示してしまうのであるが、この黒木くんの「ハ」、まさにそれである(味噌汁にマロニーって……)。

学生さんにこのことを理解してもらう時に、私だけの説明だけではなく、このシーンがあればより勉強はスムーズに進む。

私はいろんな授業でいろんな映像資料を使用するが、それはこうして私が夜な夜なご飯を食べたりお酒を飲んだりするというプライベートな時間を利用して、学生さんの教育のために目を皿のようにして探しているからなのである。 

無駄などないのよ(まあ、ただの趣味なんだけどね)。

などといろんなことを考えつつアニメを見ていると酒量が増してしまっていかん。

学生さんも大切だが、私の肝臓さんもいたわってあげなければ。

明日もやるべきことはあるので、早めに切り上げ、日付が変わるには就寝。

おやすみなさい。

 

27日(日)

7時半に起床。

ささっと身支度をして大学へ。

さすがに日曜日の朝の外国語学院棟には人気がない。

私は土日に学校に来て仕事をすることが大好きなのであるが、それは単純に人がいなくて静かでいいからである。

若い学生さんたちが賑やかにキャンパスライフを楽しんでいるのは見ていて非常に微笑ましいのであるが、それでも声量が一定限度を超えるとか、はたまたその日の「虫の居所」が悪いとかすると、「煩い」と感じることが避けられないのもまた人間である。

うちの大学は外国人教師と中国人教師がオフィスをシェアしている(前前任校は外国人専用にオフィスを用意していた)。だから自然と日本語学部の中国人教師の方々とおしゃべりに興じる機会が増すわけで、これも結構楽しいのだが自分が原稿を書いたり沈思黙考しているときには、やっぱり一人になりたいのも自然なことである。 

というわけで、私は土日に学校に「出勤」するわけである。

私以外の先生方には家庭があるので、土日に出てくる先生はほとんどいらっしゃらない。

なので、私は休日となると喜々として誰もいないオフィスを独占し、お仕事を楽しむのである。

ときどき学生さんが「先生はまだ若いんだから、女の子を誘ってどっか外に遊びに行くとかしたほうがいいですよ。仕事だけが人生じゃないんだから」と諭してくれる。 

私自身も「これでいいのだろうか」と思うことがないわけでもない(1ヶ月に3秒くらいだけど)。

でも、仕方がない。

人間がアディクトする「なにか」は人それぞれだが、アディクトする理由はただ一つである。

そう、「楽しい」からである。

最近の私は「酒」と「ネット」と「自転車」と「仕事」にアディクトしているが、一見無関係に見えるこれらは、私のなかで「楽しい」という共通軸を中心としてクルクル回っている。そして「仕事」こそが「楽しく『くるくる』回った」結果を「みんな」にお披露目し、評価していただく舞台なのである。

当然ながら評価して頂ければ「嬉しい」。「嬉しい」からもっと工夫する。その工夫は工夫そのものが「楽しい」のだから、この「くるくる」に出口などない。

仕方がないのよ、惚れちゃったんだもの。 

というような駄文を綴っている時点で「仕事」などしていないのであるが、休日なんだし、まあいいじゃないか。

 

11時になったので、朝食兼昼食として「お茶漬け」を頂く。

昨日夜ご飯として買ったおかずを買ったときにご飯がついてきたのだが、私は夜はご飯ものを食べない(酒を飲むから)。

なので、昨日の冷ご飯をそのまま家から持ってきて、お湯を沸かし、永谷園の「お茶漬けの素」でサラサラといただく。

久しぶりだが、うまい。

満腹したので1時間ほど散歩に出る。

もうすぐ11月なのに朝顔が咲いている(と書いたあとに調べて初めて知ったが、朝顔のシーズンって11月までなのね。知らなかった)。

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雑踏を抜け、川沿いのいつもの散歩コースへと足を運ぶ。

並木もどんどん葉を落とし始め、冬がそこまで来ていることを教えてくれている。

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ところで、散歩中に「田舎料理」のお店の宣伝文句が気にかかった。

ごらんのとおり、“让你吃的嘴流油!!”(あまりの美味しさであなたのお口を油まみれにしまっせ、みたいな意味かな、あんまり綺麗な印象を受けない表現だけど)と書かれている。

が、先日の日記で書いたように、これは「食べた結果、こうなるよ」という関係性を示しているので、ここの構造助詞は「的」ではなく「得」を使うべきだろう。

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私の中国語はしょっちゅうネイティブから「発音が変」だと言われているので、ネイティブの間違いを発見するととても嬉しい(性格悪い)。

昨日Lさんとお話したことだけども、この「的」と「得」は現在ネイティブですらめちゃくちゃに使われている。

口に出すだけならば、どちらも発音は“de”(ダ)なので表面化しないが、作文させると一目瞭然である。

以前は魚料理屋さんで、こんな間違いを目にした。

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写真を見ていただけばわかるように、このお店は魚の浮き袋やら脳やら唇やら、ようは喰える部位は全て提供するというお店なので、左上に“咬的动的都能吃”(噛み切れるんは全部食える)と書かれているのだが、ここは正しくは「咬得动的」(噛んで動くもの)としなければならない。 

ようはネイティブという存在は、自分の使っている言葉の意味や働きについて、いちいち理解した上で使ってなどいないのである。

それは私も当然そうであって、だから授業中に学生さんから、

 「せんせー、『さりげなく』と『それとなく』の違いってなんですか?」

とか
 「『終始』と『始終』の使い分けを教えてください」

とか言われて初めて「ああ、そういえばなんか違うね」と気づくのである。

こういうよくある「日本語学習者からの質問」に対しては、ちゃんと傾向と対策的な書籍も販売されていて、私も座右に置いてはいるのだが、ほとんど読まない。

だってそんなもん原理的に覚えて済む問題ではないからである(キリがないよ)。

まあ、でも6年もこの仕事をすれば、この手の予想外の質問への対応方法もだいぶ身に付いたので、別に困っていない(どんな対応方法かはこんなところには書かない)。

 

途中でスーパにより夕飯の買い出し(半額の刺身とマナガツオ)をしてからオフィスに帰還。

4年生の学生さんの研究計画書を読んでチェックするお仕事(というかボランティア)と3年生の作文の添削(これは契約範囲内のお仕事)を夕方までする。

今日はOさんの研究計画書を途中まで読む。

なかなか面白い。

コミュニケーション論なのだが、「コミュニケーションへのコミュニケーション」、つまりメタ的視点からコミュニケーションに迫ろうとしているのだ。

面白いけれど、ちょっと難しい。

赤ペンで朱を入れながら読み進める。

頭を使うとお腹がすく。

お腹がすくと疲れる。

時計を見ると15時すぎ。

ちょっと早めだが今日はここまで。

帰宅。

 

久しぶりにジョギングしたくなったので、着替えてグラウンドへ。

するとグラウンドがなにやらイベントで貸し切られているらしく、なかに入ることができない。

どうしよう。

いつもの公園まで行ってそこで走るのも手だが、できればアスファルトの上は走りたくない。

というわけで、歩いて10分ほどの漢方・中国医学系の医大のグラウンドへ行く。

最近の中国では入構者に対してIDを確認する大学が増えてきているが、ここはうちと同じく、基本的にそんな無粋なことはしない。なのでキャンパス内では近所のお年寄りやら子どもやらが自由に時間を過ごしている。

そういうのって大学の雰囲気をよくするためにも大切なことだと思う(安全確保が重要なことはもちろんだが)。

音楽を聴きながらアンツーカーの上を30分だけ走る。

それにしても夕方が近づくにつれ天気が急に回復し、素晴らしい秋の日曜日の夕暮れである。

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走り終わったので、うちの大学のキャンパス内を通って帰宅。

途中で校内に棲みついている茶トラに出会う。

猫は本当に百面相。とても愛らしい顔を見せたかと思うと、次の瞬間には邪悪な目つきを晒したりする。

それが猫の魅力である。

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28日(月)

6時起床。

寒い。

私は大学までの僅かな距離を安物のピストバイク(トラックレーサー、いわゆる競輪車だな)で通っているのだが、風に手が悴む。

そろそろ手袋が必要だな。 

大学の広場の地面すれすれに霧が発生している。

綺麗。

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重慶にいた時は、それはそれは霧とのお付き合いだった。

こういう地面近くに漂う霧が出た場合、経験から言うとその日は晴天になる。

というより、その日(夜)が晴天で雲がなく空気中の熱が発散され地熱が相対的に高まるからこそ、こういう霧が出るのである。

 

8時から12時までまずは2つ授業をこなす。

最近やたらと「言いたいこと」が沸いてきて、授業中もわーわーわめき散らす。

学生さんたちには騒がしくて申し訳がない。 

今日お話したのは、「左上右下の礼儀感について」「『粋』を定義することの無粋さについて」「なぜ日本語の『勝つ』は自動詞であり英語の『win』は自動詞としても他動詞としても使えるのか」などなど。

これを話し出すと長くなるので(さっき実際に話したので実証済みである)稿を改めて書こうと思う(別にこれは原稿ではないが)。 

 

たくさん喋ったので、健康的な空腹感を覚える。

オフィスに戻って昼ご飯。

ネットで「レンジでパスタを調理できる」神器を購入したので、学院の電子レンジでパスタを茹で、カレーソースに敢えて食べる。

美味しい。 


13時にOさんが研究計画書を持って来る。

だいぶ練れてきた。

けっこう読んでてワクワクする。

これまで言語化できていなかった自分の問題意識を、自分の生活感覚・身体感覚から説明するよう意識するようになっているからである。

その調子。

 

7・8限の授業まで机仕事。

16時から2年生の会話をこなしたあと、こんどはSさんが計画書を持ってくる。

空腹を抱えつつ検討。

ぱぱっと終了。

 

スーパで買い物した鮭ときのこで「ホイル焼き」を作り、パクパク食べる。

食後に散歩し、シャワーを浴び、ベッドで読書しているうちに眠りのなかへ。

泥の様に眠る。

 

 

 

 



 

 

日記(10.21~24)

21日(月)

清々しい秋晴れ。

学期9週目である。

6時起床で大学へ。

授業の合間を縫って原稿書き。

今日は中国語の構造助詞「的」と日本語の格助詞「の」を比較しながら説明する。

中国語の構造助詞とは、ある文における単語や句の構造を示す助詞のことであり、つまり2つ以上の言葉の関係性を示すための働きを持つ助詞のことである。

と書いてもなんのことやらわからないかもしれない(私はわからない)。

たとえば、

 

我的朋友。

无聊的生活。

 

という文には、それぞれ“我”(私)と“朋友”(友達)、“无聊”(退屈)と“生活”(暮らし)という2つの単語が存在するわけだが、それだけだと意味が分からず文が成り立たない(ですよね?)。 

そこに“的”という構造助詞が入ると、それぞれ「私の友達」「退屈な暮らし」というふうに2つの単語の関係性を明らかにすることで意味が生じ、文が成り立つわけである(だよね?)。

 

中国語の構造助詞には「的」「地」「得」の3つがあり、発音はすべて“de”であるが、それぞれ役割が違う。

基本的に「的」は連体修飾、つまり名詞の前に来て後ろの名詞を説明する働きを持つのに対し、「地」は連用修飾、つまり動詞の前に来て後ろの動作を説明する働きを持つ。

たとえば、

 

我喜欢的人。(私の好きな人)

拼命地努力。(懸命に努力する)

 

といった具合に。

 

「得」の役割は、基本的には動詞と形容動詞の後ろに来て、両者の関係性を明示することにある。ここでいう「関係性」とは、たとえば「できるかできないか」とか「うまいかどうか」などの動作に関わる説明である。 

たとえば、

 

我写字写得很难看。(私が書く字は汚い⇒私は字を書くのが下手だ)

我什么时候买得起自己的房子?(いつになったら自分の家を買えるのだろうか)

 

などである。

日本語作文を書く中国人学習者にとって問題となるのは、一番最初の連体修飾の「的」である。

なぜなら、 以下の例のように、この「的」は多くの場合、日本語でいう「の」と置き換え可能だからである。

 

例 

  我的老师。(私の先生。)

  日本的食物。(日本の食べ物) ※この「的」は省略可能

 

中国語と日本語は漢字を共有しているので、日本語を勉強したことがない中国人でも上のような簡単な日本語なら読めてしまう(読めた気になってしまう)ことが多い。

そのため、「ああ、中国語の“的”は日本語では“の”と書くのね」と覚えてしまった中国人も多いのだろう。中国の町中を歩くと、日本製品や日本ブランド(のようなもの)であることをアピールするために、結構「の」が使われているので、簡単に「の」を目にすることができる。

さっき中国のヤフーの知恵袋のようなところで「の」を検索したところ、「『の』って漢字なの?」という質問もあった。それだけ「の」は一般的な中国人のあいだでも馴染んでいるということだろう。

学生さんの作文でも中国語の“的”をそのまま「の」に置き換えているケースを時々見かける。

とはいえ、先に“无聊的生活。”で見たように、“的”が常に「の」になるかというと、そんなことはない。

たとえば 、

 

  很好的人。

        漂亮的花。

 

のような形容詞・形容動詞の後の「的」は、日本語では「良い人」「綺麗な花」となる。

基本的に、形容詞(日本語のね)+的+名詞の場合、「~い〇〇」になって、形容動詞(同じく)+的+名詞の場合、「~(い)な〇〇」になる(と思う、前者は“可爱的姑娘”「可愛い女の子」とか“最美味的菜”「一番美味しいご飯」とか、後者は“干净的房间”「きれいな部屋」とか“安静的环境”「静かな環境」とか)。

ところが、学生さんにとっては形容詞と形容動詞を整理して覚え、それを適切に活用させるのって難しいのである。 

だから、作文を書かせると

 「美味しいなご飯」(「美味しいな、ご飯!」の意味ではない)

とか

 「良いな人間」(これも「人間って、いいね!」という人間賛歌ではない)

 という「余計な『な』」が増殖することになる。

難しい。

「的」の訳し方はほかにもある。

たとえば、

 

      我买的车子。

  他写的书。

 

のように、後ろの「車」「本」という体言(名詞)を「買う」「書く」などの用言(動詞)で修飾した場合、日本語は「私が買った車」「彼が書いた本」となる。

難しい。

「あー、もうめんどくせー」タイプの学生さんは、もうめんどくさくなっちゃって「的」が出てくると全部「の」にしてしまい、「わたしが買うの車」「彼が書くの本」としてしまう。 

さらにズボラな学生さんは、「我買の車子」や「美味の菜」などと日本語の品詞活用すらやめてしまい、なかには最終的に「安静的環境」などと中国語の単語をそのまま書いちゃったりするとんでもない逸材すら出てくるのである。

真面目にコリコリ勉強している学生さんだって、形容詞・形容動詞の後の「的」を、「良いなひと」とか「綺麗の花」とか間違うことがよくある。

「的」は“很难的问题”(難しいな!問題)なのである。


ということで、これは是が非でも説明しなければならない。

しかし、この問題は日本語と中国語に跨って生じている問題である。

つまり、この問題を説明するために、結局私は中国語の勉強もしなければならないことになる。

大変だ。


午前中の授業をこなしたあとも、カップスープと食パンとりんごを口にしながら、キーボードを叩き続ける。

 

ところで、さきほど授業中に学生さんから聞いた話だが、今週は大学の運動会があるので、木・金は授業がないらしい。

……マジ?

常々ご案内のとおり、今学期の私はもともと水・金は授業が入っていない。

おお!

これって、もしかして今週は水曜から5連休ってこと?

おお、神様! ありがとうございます。

いやいや、待った!

そんな世の中そんな甘くはないぞ。

期待させて後でがっかりさせるつもりだろ。

お前らの考えていることはまるっとお見通しだ(by 山田奈緒子)。

ということを(授業中に)口走る。

学生さん、苦笑。

 

とはいえちょっとだけ「5連休」の夢を見たおかげですっかり上機嫌になり、午後も校正2課分と授業をバリバリとひとつ片付ける。

で、18時には退勤。

昨日同様鍋を食べ(今日はラムしゃぶ)、ちょっと散歩して、就寝。

 

22日(火)

風邪をひいた。

私はもともとめったに風邪をひくタイプではなかった。

日本にいた頃は全然ひかなかったはずである(なんとかは風邪をひかないというし)。

それが中国に来てからの7年というもの、毎年2回(春と秋)必ず風邪をひく。

おお、バカがなおったのかな。

んなわけなく、たんに中国(というより内陸都市の重慶・合肥)は寒暖の差が激しいからである。

「7年も住んでんだからいい加減どうにか対応しろよ」と思われるかもしれないが、無茶なことを言ってもらっちゃ困る。

私がここでいう「寒暖の差が激しい」ってのは、季節単位で見た話ではなく、1日スケールでの話である。

重慶なんて「一日の中に四季がある」と言われるぐらいあって、朝10度だったのに太陽が昇ると30度を越すことだってざらなのである。

いくら服を調整しても、身体がついていかないのよ。

そんなわけで今年もちゃんと秋かぜをひいた。

ある意味ではノルマをこなしたので、一安心である。

朝から薬局へ行き、薬を買って飲んだあと、大学へ。

 

机の上を見るとりんごがふたつ置いてある。

これはたぶんO先生(うちの日本語学部にはO先生が3人いる)がくださったものだろう。

なぜだか知らないが、うちの中国人の先生方はときどき私にチョコレートやら果物やらビスケットやらをくれる。

ひょっとして餌付けすべき珍獣かなにかだと思われているのだろうか。

なんてこと言っているが、こういう「小さな親切」は嬉しい。

後で食べよう。

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今日は授業はひとつだけ。

3年生の視聴説である。

先週は教科書を使って授業したので、今日は教科書を使わないことにする。

なにごとも緩急が大事だからね。

ということで、NHKのドキュメント「極夜 記憶の彼方へ~角幡唯介の旅~」を見る。

これは探検家の角幡唯介が極夜の北極を一匹の犬とともにひとりきりで探検する様子を写したものである。

ほんとうに素晴らしいドキュメントである。

私はもう10回は見た。

それをご覧いただくのである。

結構長い映像であるが、始めから終わりまで学生さんたちは画面に釘付けとなり、60分間席を立つものが一人も現れなかった。

すごいね。

角幡の言葉には説得力があるし、人を納得させる不思議な力がある。

私が今回印象に残ったのは「冒険とは現在の認識の外側に飛び出ることだ」という、当たり前と言えば当たり前だが、当たり前すぎて意識していない本質を角幡が実践していたことだ。

これはこの前書いた「書きながら考える」に通じるところもある。

私がこのビデオを学生さんにお見せしたのは、「さあ、みなさんも大学なんかやめて探検の旅に出ましょう!」などとアジるためではない(当たり前だ)。

そうではなくて、「私たちだって日常で『冒険』できるんじゃない?」と問いかけるためである。

学生さんたちに文章を書かせると、よく「私の生活は毎日同じだからつまらない」という文を綴る人がいる。

悪いけど、それは違うよ。

生活が毎日同じなんじゃなくて、あなたの認識が毎日代わり映えしないだけでしょ。

だってさ、天気だって周りの人間だって、そしてあなたの心身だって、ひとつとして「毎日同じ」なわけないじゃないか。

そんなの「当たり前」かもしれないけれど、私たちはその事実を当たり前すぎて意識していない(二回目)のである。

「つまらない」のは生活のせいではない。自分の現在の認識という「壁」を自分自身が設け、強化し続けているからである。

だとすれば、「楽しい」生活のために本当に必要なのは、お金や恋人ではない。

そういうものも大切だし、得た瞬間には新鮮さを感じるだろうと思う。でも、自分の認識が変わらない限り、結局は「飽きる」し「替える」だけじゃないだろうか。そして、それって結局お金や恋人を「大切」に出来ていないと思う。

私にとっての「楽しさ」とは、まさに角幡が言うところの「認識の外側に飛び出る」ことそのものに存在する。

角幡は探検家だから、それを地理的・物理的な旅を通して追求するわけだけれども、同じことを私たちの日常生活で実践することだって可能だと私は思う。 

私にとってそれは、新しい授業のやり方を模索するとか、こういう「ありふれた」身辺雑記を付けるとか、そういう取るに足らないことである。しかし、それらは私にとっては間違いなく「探検」的な試みなのである。 

こういう「ありふれた」「取るに足らない」試みで得られる「楽しさ」は、もちろんささやかなものである。しかしこれは私の努力次第で確実に得ることが出来る「小さいながらも確実な幸せ」(By 村上春樹)なのである。

 

ということを学生さんにお話する。

それ以外にも学生さんたちがこのドキュメンタリーから学ぶことは多い。

たとえば文章を書く時の態度である。

角幡は今回の探検にGPSを使用しなかった(一日中真っ暗な北極でだぜ、頭おかしい)。

理由は「GPSを使うとかえって周りの状況がわからなくなる」からであり、何より「GPSを使うと面白くない」からである。

このような理由で彼は六分儀を携帯し天測をしながら探検を進める算段だったのだが、出発3日目にして波に六分儀をさらわれてしまい、結局北極星を頼りに70日間極夜を旅することになったのである。

学生さんが文章を書くときに当てはめて言えば、「GPS」とは「みんなの意見」である。

確かに「みんなの意見」は正しく便利かもしれないし、安心・安全かも知れない。

でも、それだとかえって「本当に自分が言いたいこと」がわからなくなる。

そもそも「本当に自分が言いたいこと」なんて、「探検」が終わるまではわからないのだ(角幡が70日間さまよった挙句にたどり着いた太陽こそが今回の「出生の記憶」という結論を与えてくれたように)。
 だからさ、まずはさまよいながら歩けばいいと思う。

それはつまり「書きながら考える」ということである。

ということもお話する。

 

お話したあとに時間を上げて感想や考えたことを書いてもらい授業後に提出してもらった。

さすがに「犬がかわいそうです」とか「冒険は怖いです」みたいな文章はなかった。

みんな基本的にはよく考えて書いてくれている。

非常に身体感覚を研ぎ澄まし角幡に同調しなければ得られない着目点を書いてくれている学生さんもいる(最後のりんごがおいしそうとか、角幡さんの目が綺麗だとか)。

その調子。

頑張れ!

 

教室に戻りカップスープとサンドウィッチとO先生からもらったりんごでランチを済ませ、13時から研究計画書作成のゼミ。

あいかわらずOさんが苦しんでいるので、いろいろお話したあといくつかアドバイスを送る(長くなるので詳細は省略)。

 

14時すぎからオフィスで中国人の先生方が会議を始められた。

私のこの仕事の良いところは、会議が全くないところである。

それは言い換えれば権限も責任も与えられてはいないということだが、まあ「外の人」として仕事をするのが私に求められている仕事なので、いいのである。

それに私は会議は嫌いだ。

いや、表現が違うな。

私は「その場にいて話を聞かされるだけの会議」は、嫌いだ。

そして私のようなちんちくりんが会議に参加したところで、結局は「その場にいて話を聞くだけ」なのだから、結局は同じなのである。

というわけで、会議を尻目に仕事を片付け、16時前にはお先に失礼して退勤。


スーパーへ行き、トマトやらセロリやら白ワインやらと一緒に牛モツを買い込む。

これはさっき校正していた教科書の中に「トリッパのトマト煮」が出てきたからである。

なんじゃそれ。

すぐにネットで調べると、どうやらイタリア料理であり、平たく言えば「イタリア風牛モツトマト煮込み」らしい。

なにそれ、美味しそう。

私は自分の「なにそれ、〇〇そう」に素直な人間なので、さっそく自分で作ってみることにしたのである。

ネットで調べたレシピだと牛もつは「ハチノス」(牛の第二胃)を使っていたが、残念ながら売り切れ。なので、センマイ(同じく第三胃)とミノ(第一胃)を購入。

センマイはさっと火を通しただけでも食べられるが、ミノは十分に煮込まないと硬い。

なので、鍋をIHに乗せてミノをセロリなどの香味野菜と一緒にトマトベースのスープでコトコト煮込む。30分ほど煮込む間に自転車でローラーに乗る(ついでに白ワインも冷やす)。

シャワーを浴びてすっきりしたあと、いただきます。

キリッと冷えた白ワインで乾杯(ひとりで)したあと、まずはセンマイをしゃぶしゃぶして頂く。

うまい!

トマトベースのスープとセンマイってあうんだね。

お次はミノ。

これもうまい!

コリコリしていてセンマイとの食感的コントラストが楽しい。

ほかにもセロリやら大きめに角切りしたトマトやらを煮込みつつ白ワインを頂く。

あっという間に750mlを飲み干してしまった。

お腹もだいぶ落ち着いたので、スマホで映画かアニメを見ようとビリビリ動画(中国版ニコニコ動画)を開くと、なんとアニメ版「ピンポン」が全話アップロードされている。

これはビリビリ動画が公式に版権を買い取ってアップしているので、違法動画ではない。

最近の中国は著作権に対する意識が高まっており、以前のようになんでもネットに「落ちている」わけではないのだ。

それはそれとして、おそらく20回目となる「ピンポン」を1話から見る。

やはり素晴らしいアニメである(どこがどう素晴らしいかは語りだすと長くなるので省略)。

素晴らしすぎて最終話(11話)まで一気に見通す。

気づけば23時前。

まずい、明日は原稿書きするために早起きしなければならないのに。

慌てて歯を磨き就寝。

 

23日(水)

 早起きするはずだったのに、目が覚めてみると8時すぎ。

まあ、いい。別に授業があるわけではないし。

 あいかわらず「三本ローラー」に30分乗りながら、こんどは「のだめカンタービレ」を見る。

日本の漫画や漫画原作のアニメには、学びや成長について説得力を持って描いたものが多い。 

なかでも私が学生さんにおすすめするのが、「ピンポン」「ヒカルの碁」、そしてこの「のだめカンタービレ」である。

それぞれ素晴らしい作品であるが、「のだめ」の場合、主人公の千秋(主人公ってのだめじゃないの? という意見もあるだろうが、ストーリーテラーは千秋だし、なにより彼の成長物語だから、私は千秋を主人公として扱うのだ)とヒロインのだめの関係が複雑である。 

つまり、のだめにとって千秋は音楽的にも異性としても憧れの存在なのだが、肝心の千秋が、自分についてくるのだめに対して師匠として振る舞うべきか、それとも男として接するべきか、最後の最後まではっきりしないのである。

のだめ自身も最初は千秋に対して「かっこいい先輩」として憧れているだけだったが、ピアノの楽しさと奥深さを徐々に追い求め始めるに連れて、千秋を音楽的な師として意識し始める。 

まあでも、そもそも千秋に「胸がドキドキ」したきっかけが二人一緒にモーツァルトの「2台のピアノのためのソナタ」を弾いたことにあるのだから、実は千秋の音楽がのだめを「フォーリンラブ」に導いたのである。

そんな千秋は千秋で、のだめの音楽を諦めきれない。のだめの音楽に惹かれてのだめの「お世話」(ご飯作ってあげたり勉強教えてあげたり)しているうちに、のだめそのものへの思いも増していく。しかし同時に、のだめが自分を追いかけてくることの真意と、なにより自分ののだめへの感情を読みきれないからこそ、(ミルヒーに「みっともない」と形容された)煮え切らない態度をとり続ける。

だからこそ物語が立体的に膨らみ、前へ前へと進み続ける。

面白い。

このままずっと「のだめ」を見ていたいのだが、そうもいかない。

10時過ぎに大学へ。

朝食兼昼食(ヨーグルト、バナナ、りんご)をとりつつ、とりあえず校正にとりかかる。

残り4課なので、これは今日中に終わらせたい。

そして心置きなく自分が編集している教科書の原稿書きに勤しむのである。

ということで、昼過ぎまでには校正を終わらせるのである。

 

はい、時刻は14時前です。

予定通り校正を完了し、担当者の先生に送信。

ふう。

これで仕事がひとつ片付いた。

とはいえまだまだ仕事が残っている。

自分の教科書作業もあるが、30枚の作文を添削し、それぞれの作文テーマを書くときに参考となる文章を探してあげる作業をしなければならない。14時からはTさんとSさんが作文の検討に来るし、蔵書一覧を作成する仕事も残っている(デスクの脇にはまだリスト化していない書籍が小山になっている)。

忙しい。

「忙しいならそんな駄文書いてんじゃねえよ」

たしかに。

でもね、こういう文章を書くことで、カオスに渦巻くそれぞれの仕事や作業を整理し、その関係性を一望的に俯瞰できる主体としての「私」を確保できるのだ。

大事な作業なのである。

そうこうしているうちに2人が来たので16時前まで検討。

お腹がすいたし、疲れた。

家に帰ろうかと思ったところで、Tさん(さっきのTさんとは別人)が作文の検討を16時半からしたいと連絡してくる(明日明後日は大学の運動会なので、参加しない学生さんたちは明日から四連休なのだ)。

仕方がないので仕事をしながら待つことに。

お腹が減ってたまらないので、袋ラーメン(重慶小麺味)を半分に割って作って食べる。

重慶小麺といえば、その辛さで有名であるが、多種多様な香辛料と牛脂がふんだんに使われているため、香りが強い。

必然的に日本語学部のオフィスにラーメンの匂いが充満することになる。

ズルズルと完食したあとに、学院全体会議に出席していた中国人の先生方が戻ってきて、「インスタントラーメンの匂いがする」と口々に口にする。

なんかすみません。

 

TさんとCさんが来たので、18時前まで検討会。

疲れた。

残業しているO先生に挨拶して、さっさと退勤。

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前の方で書いたように、今週の木・金・土はうちの大学の運動会が開かれるらしい。

もし明日大雨が降れば 運動会は中止となり、いつもどおりの授業となるのだが、そうなると私は朝から夕方までぶっつづけで6コマこなさなければならない。

頭の隅っこで「雨が降らなきゃ4連休だぞ」と甘く囁く悪魔がいる。

いるが、もしこの悪魔の言うことを信じて「わーい、やったー!」と無邪気に喜んだあとに、「あ、やっぱ雨降ったから授業ね」となってしまっては、多分私は授業に行けないほど落ち込むだろう。

だから、「いや、そんなうまい話があるはずない」「絶対明日は大雨が降る」と逆フラグをいっぱい立てながら、就寝。

 

24日(木)

などといいつつ9時起床。

もし運動会が中止になっていればとっくに遅刻の時間である。

窓の外を見る。

私が授業でも事務室でも「いや、絶対に雨が降ると思いますよ。そんなに人生甘くない」と逆フラグを立てまくったおかげで、ほらご覧なさい。見事な秋晴れでしょ。

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気温も程よく、窓から寝室に吹き込む秋風が頬に気持ちいい。

あまりに気持ちがいいので、今日は仕事をいっさいせずに、一日ゴロゴロすることにする。

なにせこの2週間、土日も大学に行って仕事をしていたのだ。このままでは頭がパンクし身体が潰れる。

休憩することも仕事のうちである。

ということで、カウチポテトで「のだめ」を楽しむべく、近くのローソンに「キンキンに冷えたビール」やら「あったかいおでん」やらを仕入れに行く。

途中でキャンパス内を通ると、おおやってるやってる。

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各学院(ここでいう学院とは日本の大学でいう学部のこと)の上りやら風船やらでグラウンドが飾られて、秋風に揺られている。

スタンドには多くの学生さんがいる。 

彼らはどこからもちだしたのか、金ダライやらバケツやらをドンドコドンドコと叩きながら旗を振り、拡声器でアジるリーダー格の学生さんといっしょに自分の学院の選手を「加油!加油!」と応援している。

結構迫力がある。

この大学に勤務し始めて3年になるが、実は運動会を見るのは初めて。

うちは農業大学なのだが、運動系のサークルや部活が結構盛ん(かつ強い)らしく、学生さん情報によると地元の人達からは冗談交じりで「体育大学」と呼ばれているそうな。

たしかに。

参加している学生さんたちも「マジ走り」である。

運動会に3日もかけるってすごいね。

そんな若人たちを横目に家に帰宅し、ひだまりでまどろみながら思う存分ゴロゴロする。

ああ、極楽極楽。

昼酒で眠くなったので、夕方には就寝。

 

 

 

日記(10.18~20)

18日(金)

授業がない金曜日。

前日遅くに寝たので好きなだけ惰眠を貪る。

9時にのそのそと起き出す。

30分ほどローラーに乗って汗をかき、シャワーですっきりしたあとに大学へ。

さっそくパソコンに向かい日記をアップしたあと、昼まで原稿を書き進める。

昼休みには気分転換として、もう一冊の方の教科書(視聴説)を校正。

これは現在2校の段階であるが、半分片付けた。

そうこうしているうちに14時となり、作文教科書の方で作文を書いてくれているTさんとSさんが作文の検討に来る。

ふたりとも少しずつ文章を書くということの難しさと楽しさがわかってきたようで、私の指導への反応の速さや理解度が以前とは格段に違う。

楽しい。

1時間ほどで検討が終わり、ふたりが帰ったあとも17時まで執筆。

疲れた。

秋空の下、買い物のためスーパー経由で家に帰る。

どうでもいいことではあるが、以前は全く気にならなかった静電気に、合肥に来てからというものこの時期がくると毎年悩まされるようになった。

今回はスーパーの棚から缶チューハイを取ろうとした瞬間“バチバチ!”と来た。

思わず「ひえっ!!」と声を上げてしまい、隣にいたお姉さんに毛虫を見るような目つきでジロジロ見られる。

恥ずかしい。

静電気は乾燥すると生じやすいという。
いかに日本や重慶が多湿だったかがよくわかる。
それともあれか。

私の体の老化が進むことで、お肌から潤いが年々失われているというのだろうか。

わからない。

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そんなことを考えながらお会計を済ませ帰宅。

さらに30分ローラーに乗る。

シャワーを浴び、夕食をいただきながらお酒を飲んでほっこりする。

思えば2週間近く外で自転車に乗っていない。

今週末ロングライドに出るか、それとも仕事を進めるか、悩む。

まあ、明日のことは明日決めることにして就寝。

 

19日(土)

3時半に起床。

いちおうロングライドに出る用意を昨晩しておいたのだが、ちょっとダルい。

ということで、二度寝。

9時までぐっすり眠る。

起床。

ドキュメント『もののけ姫はこうして生まれた』を見ながらローラーに40分乗る。

宮崎駿の「意味なんて考えて作っていない。映画は自分で映画になろうとする」という考えはいつ聞いてもその通りだと思う。

私は映画を作ったことはないが、文章だってそうし。

自分の手持ちの言葉では片付けられない主題について、あーでもないこーでもないと筆を進めていくうちに、いつしか筆が勝手に進みだし、ふわふわと言葉が出てくる境地に達することがある。

私がそれを最初に体験したのは卒論執筆時だった。

このときはカントやらルソーやらを引用しながら筆を走らせているうちに、なんだか楽しくなってしまい、気づくと4万字近く書いてしまった。

修論執筆時には、気づいたら丸一日身じろぎせずに言葉を手繰り寄せていたこともある。

それはこれまで体験してきた学校作文のような用意した言葉を紙上に再現していく営みではなかった。

初めは確かに自分が言葉をタイプしているにもかかわらず、気づいたときには紙上に浮かんでくる見知らぬ言葉たちの後を自分が追いかけているような作業であった。

それはちょうど、自転車で走り始めるときには「私がペダルを踏む」状態だったのが、徐々にスピードに乗ることで「ペダルが勝手に回り出す」のと似ている。 

私は作文の授業で学生さんたちに「もっとよく考えて書いて欲しい」とお話するが、同時に「考える前にまずは書いて欲しい」ともお願いする。

矛盾した要求に聞こえるかもしれないが、文章を書くとはそういうことだから仕方がない。

私が言う「もっとよく考えて書いて欲しい」とは、「自分の足でペダルを回せ」(他人の言葉で問題を解決した気になるな)という要求であり、「考える前にまず書け」とは「ウダウダ言ってないでとりあえず自転車に乗れ」ということである。

多くの学生さんは、書く前から「字数制限が~」とか「間違ったことを書いたら心配だ~」とか、そういうことを考える。

言っちゃ悪いけれど、それって時間の無駄ですよ。

まずは書かなきゃ。

私が学生さんの持ってきた作文に「もっと詳しく」とか「具体的に」などと注文を付けると、多くの学生さんは「それだと文字数が制限を超えます」などと心配げな顔をする。

あのね、そんなことを今は気にしちゃダメなの。

まずはたくさん書きながら、文章を膨らますことが大切なんだから。

それはボディビルと同じだよ。

なに?意味がわからないって。

あのね、ボディビルって、まずはたくさん栄養を摂取しながらトレーニングを重ねることで、筋肉と脂肪を同時につけるの。

そしてそのあとで摂取カロリーを落としながら脂肪を削りつつ、筋肉を維持するためにトレーニングを続けるのだ。

こうして見事な身体を目指すわけである。

これは文章を書く際も同じである。

まずは文字数とか構造など気にせず、とにかく筆に任せて書いてみる。

そうして現れた文章の中からキラリと光る部分を見つけ出し、それを磨き上げながら不要な部分をばっさりとカットする。

いわゆる「推敲」と呼ばれる作業だ。

いきなり文字数とか正しさとか、そういう制限を設けて文章を書いてしまうと、そこにあらわれるのはたいてい慣用句や定型表現にまみれた貧相な文章である。 

執筆とは本来無条件であり自由なものでしょう。

そこをなくしてパラグラフ・シンキングなど教えても、学生さんたちは既存の視点や知識を切り貼りしたものを持ってくるだけである。

どんなに些細なものでもいいから、自分の文章を書くためには、自分なりのインスピレーションが必要であると私は思う。

「ごんぎつね」の作者として知られる新美南吉は、「童話における物語性の喪失」と題した文章のなかで、次のように指摘する。 

 

 放送局がラジオ小説を募集するとき次のような条件をつける。一、三十分で完結するもの。一、登場人物は×名位が好都合である。一、明朗健全にして、国民性をよく発揮しているものであること。そしてこれは辞ってはないが、芸術的にすぐれた作品でなければならぬことは勿論である。これらの諸条件を聞かされると、人は、それに一々適った作品を書くことはいかにむつかしいかを思うのである。昔からよい作品は霊感によって生まれるといわれている。霊感は、また「閃く」という述語をいつも従えている。して見るとそれは稲妻のようなもの、我々のままにならぬものなのである。かかる性格の霊感にこれらの条件を押しつけるのは、稲妻に向かって、「火の見櫓を伝って下りて来て、豆腐屋の角を右に折れて、学校道に出て、崖の下に牛がいたら、崖上の細道を通って、そして私の家まで来なさい」と注文するのと同じように大層無理な話である。だから霊感は逃亡してしまう。そしてその結果は悪い作品だ。これは当然のことだと人々は思う。

(中略)

 ジャアナリズムのかかるやり方が害毒を流してしまった。何故なら註文を受けた作家たちは、七枚、あるいは二十枚、あるいは百五十枚と、恰度洋服屋が客の註文に応ずるように、ジャアナリズムの註文通りの寸法に書かなければならない。しかもこの場合、作家は洋服屋より一層困難である。洋服屋には何呎でも服地はある。だから大きい寸法には大きい服地をもって臨むばかりだ。しかし作家にはいつでも、いかなる寸法の註文にでも応じられる大小様々の素材のストックがあるわけではあるまい。或る場合には、三枚の素材を七枚の作品に仕あげ、或る場合には五枚の素材を二十枚にひきのばす。零の素材から数枚の作品が生ずるという、物理的に不可能なこともここではしばしばあり得る。何にしても作家たちの関心事は洋服屋の関心事と同じである。先ず寸法にあったものを造ることなのだ。 

 ここから文学が貴重なものを失った事実は、容易に首肯される。文章をひきのばす努力のため、簡潔と明快と生気がまず失われ、文章は冗漫になり、あるいはくどくなり、あるいは難解にして無意味な言葉の羅列になった。同時に内容の方では興味が失われ、ダルになり煩瑣になってしまった。これらをひっくるめて物語性の喪失と私はいいたい。

  千葉俊二(編)『新美南吉童話集』(岩波文庫、pp311-3)

 

新美が正しく指摘するとおり、霊感(インスピレーション)は私たちの思い通りにならないからこそ霊感たるものである。 

私の理解する霊感とは、人間が既存の枠や目的に囚われていない自由な状態で、無我夢中になにかを追い求めている状況で、初めて出会うことができるものである。 

インスピレーションとは、人間の創作がどこかの時点で「私がなにかを作る」から「なにかが私に作らせる」へと質的転換を迎える(宮崎駿はこのことを「映画の奴隷になる」と表現している)まさにそのときに、しっぽを見せるのである。

それは学生さんが書く作文でも同じである。

最初から文字制限という枠組みや「正しい作文」という規範を設けてしまうと、いくら原稿用紙の枚数を積み重ねたところで、完成するのは「他人の意見」である。

以前も書いたことではあるが、「自分の意見」とは、自分が良いと思った他人の意見や慣用句を寄せ集めて書かれたものではない。

私が言う「自分の意見」とは、「自分でもこんなことを考えていたとは知らなかった」ような意見である。

したがって、「自分の意見」を書くとは、文章を書くたびに夢の中で新たな自分に出会うという新鮮な体験である。 

だから、「自分の意見」を書き上げた瞬間には、まるでふたたび生まれてきたかのような不思議な感覚を覚えるものである。

私はそのことを卒論執筆で知った。

だから私は卒論という課題が真剣に取り組まれれば、それは非常に教育的なものになると考えているのである。

おそらく人間が創造的な営みに熱中するのは、それをすれば金になるとか名声が得られるとか以上に、この「夢を見て生まれ変わる」体験が単純に楽しいからではないかと思う。 

気持ちいいし。

文章を書く前に「文字数が」とか「模範作文を」とか、そんなちゃちなことを考えてちゃ、「夢」を見れるはずがないし、「生まれ変わる」こともできない。 

日本だろうが中国だろうが、学校教育の作文指導が「文章を書くのが楽しい!」という学生たちを多く育てることに成功していると私は思わないが、その原因はここらへんにあるのではないかと私は思う。 

作文の授業を通して「書くのって楽しい!」と体験させることができていないのだ。

だって、そもそも指導する教師自身が作文書いてないことがほとんどだし、無理はないよね。

 

そもそも筆を置くまで「私が書きたいこと」が実際には何かなんて誰にもわかるはずない。

なのに「あなたが書きたいことを書きましょう」なんていうから、学生たちは今の自分に見える「それっぽいこと」を寄せあつめて作文を書いてしまう。 

昨日ローラーに乗りながら見た「スタジオジブリ物語」では、高畑勲が宮崎駿の「もののけ姫」を批判する場面が紹介されていた。

そのなかで堀田善衛の「我々は背中から未来へ入っていく」という言葉が紹介されていた。 

「我々は背中から未来へ入っていく」

確かにそのとおりである。

未来というものは、その語義からして「未だ来ていない時」なのであるが、ここでいう「未だ来ていない」とは(たとえば私が駅のホームに立っていて、向こうから近づいてくる電車を眺めながら)「おお、まだ来ていないな」というふうに空間的に把握できるものではない。 

「そもそも来るかどうかすら、オイラにはわからんよ」という存在、それが未来である。

「そもそも来るかどうかすらわからんよ」というのも、私が駅のホームに立って「来るかな? 来ないかな?」などと待つのとは違う。

未来とは、そうやって「来るの? 来ないの?」と私が待っている駅のホームを突然消し去ってしまったりするものなのである。 

私たちは決して未来を把握できない。

なぜなら「私たちに決して把握できない」からこそ未来だからである。 

私たちは決して未来を把握できない(大事なことだから2回書く)。

しかし、「私たちに決して把握できないものが存在する」ということに謙虚であることはできる。 

話を文章を書くということに戻すが、「私が書きたいもの」とは「私たちに決して把握できないもの」そのものである。

だって、「じゃあ『あなたが書きたいもの』を見せて」と言われて「はい、これ」と提示することなど不可能だからだ。

仮に他人の文章を持ってきて「こういうのが書きたい」と言うならば、それは「私が書きたいもの」ではなくて「私が書きたいものに近いもの」と言うべきだろうし、仮に自分が書いた文章を持ってきたとしても、それは「私が書きたいもの」を書いた結果、つまり「私が書きたかったもの」に過ぎないからだ。

「私が書きたいこと」とは未だ存在しないし、そんなものが存在するのかすらわからない。

その点で「私が書きたいこと」とは未来的存在そのものであり、ただ「私が書きたいことがある」という予感だけがあるにすぎないのだ。

その点で未来と同じである(私たちは未来を予感はできるが把握はできない)。

だから人は言葉を綴るのであるが、その結果目の当たりにする結果は、実のところ「私が書きたかったこと」などではなく、「そんなものを書くとは思わなかったこと」である。

私たちは自分が書いた文章を「自分が書いた」としか捉えられないので、「私が書きたかったのはこれだ」と思い込んでいるだけである。しかし、なぜ書いている時の自分でない「他人」同然の読み手の自分が、「これこそ私が書きたかったものだ」などと判断できるのだろうか。

文章を書くという行為は、書く前も後も、自分を二つに割るという行為である。文章を書いている時に、文章を書いている自分と読んでいる自分を中枢的に支配している自己など想定できない。書いている自分と読んでいる自分との媒になっているのは、自分ではない「なにか」である。

このことに気づき、「なにか」に対して謙虚である人間は、決して「俺の頭の中にいま存在するものを紙の上に再現しよう」などとは思わない。 

内田樹は文章を書くということについて、こう述べている。

 

文章を書く。ある程度書いたあと、それを読み直す。
すると、ところどころ「これは違う」という箇所に出会う。
形容詞のなじみが悪い。主語の位置の落ち着きがわるい。読点がないほうがいい。「しかし」が二回続いている。最後に「ね」があるのがべたついて不快だ・・・というふうに、私たちは自分自身の文章を「添削」している。
だが、このとき添削している私と書いた私はどういう関係にあるのか。
そもそも何を規範として添削を行っているのか。
「美文」というような基準ではない(そんなものは存在しない)。
私が添削しているときに準拠している規範は「自分がいいたいこと」である。
けれどもそれは書かれた文章に先行して存在していたわけではない。
添削するという当の行為を通じて(大理石の中から彫像が現れてくるように)、しだいにその輪郭をあらわにしてくるのである。
「自分がいいたいこと」という理想は、書くことを通じて、現に書かれたことは「それではない」という否定形を媒介して、あらゆる否定の彼方の無限消失点のようなものとしてしか確定されないのである。
まず「言いたいこと」があり、それを運搬する「言葉」がある。「言葉」というヴィークルの性能を向上させれば、「言いたいこと」がすらすらと言えるようになる。というのが通常の「文章修業」の論理である。
しかし、「言いたいこと」というのは、言葉に先行して存在するわけではない。それは書かれた言葉が「おのれの意を尽くしていない」という隔靴掻痒感の事後的効果として立ち上がるのである。

Voiceについて - 内田樹の研究室

自分の「言いたいこと」とは未来的存在である。

未来的存在とは、「自分」に予感は出来ても把握はできないものである。

私が言う「なにか」とは、内田が言うところの隔靴掻痒感をもたらす存在である。

「なにか」が存在しなければ、そもそもは「自分が言いたいこと」も湧き上がってこないのである。

だから、自分の「言いたいこと」に真摯であればあるほど、「言いたいこと」をちゃんと事前に準備してから文章を書くという指導をできるはずないと私は思う。そんなことをしてしまえば「なにか」が生じにくくなるからである。

私が作文の授業で口角泡を飛ばして「考えてから書くのではなく、書きながら考えてください」というのもこのためである。

「書きながら考える」、そして「読む」、さらに「書きながら考える」。

自分の「言いたいこと」に出会うためには、このもどかしいプロセスを(内田が言う隔靴掻痒的に)すっきりさせることなく繰り返していくしかないと私は思う。

ところでショーペンハウアーは、「書きながら考える」タイプを「執筆にとりかかる前に思索を終えている」タイプより、低次な書き手として考えていたようである。

彼はこう書いている。

 

(略)およそ著者には三つのタイプがあるという主張も成り立つ。第一のタイプに入る者は考えずに書く。つまり記憶や思い出を種にして、あるいは直接他人の著作を利用してまで、ものを書く。この種の連中は、もっともその数が多い。第二のタイプの者は書きながら考える。彼らは書くために考える。その数は非常に多い。第三のタイプの者は執筆にとりかかる前に思索を終えている。彼らが書くのはただすでに考え抜いたからにすぎない。その数は非常に少ない。

 第二のタイプの者、書くまでは考えない著作家は運を天に任せて出かけて行く狩猟家に似ている。獲物も豊かに家路につくことはむずかしいはずである。これに反して第三のタイプの著作家の著作は追猟に似ている。この奇妙な方式の狩猟では、あらかじめ獣がすでに捕らえられて、檻の中に入れられている。次にその獣の群が別に用意された同じく囲いつきの区域に放される。つまり獣は狩猟家から逃げることができないという段取りになっている。したがってもはやねらいをつけて発射(表現)しさえすればよいわけで、これこそ間違いなく相当な獲物を獲得する狩猟である。

ショーペンハウアー『読書について』(斎藤忍随訳、岩波文庫、pp27-)

 

私はショーペンハウアーの毒舌と厭世観が嫌いではないが、この考えにはちょっと納得いかない。

 私が思うに哲学という営みの基本は懐疑である(当たり前か)。

その懐疑の対象は世間一般の「常識」や「当たり前」となるのだが、それ以前に自分自身の認識を懐疑することが哲学的な「マナー」である。

たとえ「俺は絶対的に正しいはずだ」と心の中で思っていたとしても、この「マナー」なしに世間一般や他人を懐疑したところで、それは中学生の小賢しさと大して変わるところはない。

有名なデカルトの「我思う、ゆえに我あり」(コギト・エルゴ・スム)だって、いろいろと世間一般を疑いながら、結局は「疑っている自分を疑う」ことで、「自分を疑っている自分の存在そのものは疑いのない事実である」というところに行き着いたからこそ、得られたものである。

デカルトは『方法序説』でこう述べている。 

 

生き方については、ひどく不確かだとわかっている意見でも、疑う余地のない場合とまったく同じように、時にはそれに従う必要があると、わたしはずっと以前から認めていた。これは先にも述べたとおりである。だが当時わたしは、ただ真理の探究にのみ携わりたいと望んでいたので、これと正反対のことをしなければならないと考えた。ほんの少しでも疑いをかけうるものは全部、絶対的に誤りとして廃棄すべきであり、その後で、わたしの信念のなかにまったく疑いえない何かが残るかどうかを見きわめねばならない、と考えた。こうして、感覚は時にわたしたちを欺くから、感覚が想像させるとおりのものは何も存在しないと想定しようとした。次に、幾何学の最も単純なことがらについてさえ、推論をまちがえて誤謬推理(誤った推論)をおかす人がいるのだから、わたしもまた他のだれとも同じく誤りうると判断して、以前には論証とみなしていた推理をすべて偽として捨て去った。最後に、わたしたちが目覚めているときに持つ思考がすべてそのまま眠っているときにも現れうる、しかもその場合真であるものは一つもないことを考えて、わたしは、それまで自分の精神のなかに入っていたすべては、夢の幻想と同じように真でないと仮定しよう、と決めた。しかしそのすぐ後で、次のことに気がついた。すわなち、このようにすべてを偽と考えようとする間も、そう考えているわたしは必然的に何ものかでなければならない、と。そして「わたしは考える、ゆえにわたしは存在する[ワレ惟ウ、故二ワレ在リ]というこの真理は、懐疑論者たちのどんな途方もない想定といえども揺るがしえないほど堅固で確実なのを認め、この真理を、求めていた哲学の第一原理として、ためらうことなく受け入れられる、と判断した。

     デカルト『方法序説』(谷川多佳子訳、岩波文庫、pp45-6)

デカルトの「感覚は時にわたしたちを欺くから、感覚が想像させるとおりのものは何も存在しないと想定しようとした」とか「幾何学の最も単純なことがらについてさえ、推論をまちがえて誤謬推理(誤った推論)をおかす人がいるのだから、わたしもまた他のだれとも同じく誤りうる」とか「自分の精神のなかに入っていたすべては、夢の幻想と同じように真でないと仮定しよう」とかいう懐疑を「んな極端な」とか「それを言っちゃおしまいよ」と思う方もいるかもしれないが、実際にそういうことが「ありうる」のは事実である。 

事実である以上、そのことを計算に入れることは、大切な知性の働きである。

とはいえ、これを突き詰めていくと、「なんもわからんもんね」という境地にたどり着いてしまい、「人間なんてそんなもんよ」という虚無主義に陥ってしまう。

デカルトがすごいのは、ここで「なんもわからんかもしれんけど、でもこうやってウダウダ言っている『なにか』は確かに存在するでしょ」という、当たり前の事実に気づいたことである(普通の人間は気づかない、そこまで疑わないから)。 

この事実を知ったうえでものを考える人間と、自分の誤謬性や世間一般の絶対的無謬性を疑わずにものを考える人間とでは、見えるものが違ってくると私は思う。 

そのうえで先のショーペンハウアーが書いている「第三のタイプの著作家の著作は追猟に似ている。この奇妙な方式の狩猟では、あらかじめ獣がすでに捕らえられて、檻の中に入れられている」という表現に、哲学的に不遜なものを私は感じるのである。

ようは彼が言っているのは「頭の中に準備済みのものを紙上に再現してく」ということである。

そこではどんな「獣」が捉えられるか、すでにわかりきっている。

しかしそれって、「私」という確固たる思考の枠組みの中で展開される予定調和な思考作業ではないだろうか。

そして、「私」という確固たる枠組みが無謬なものであり誤謬を含まないものであると、誰に断言できるのだろうか。 

哲学的思考とは、世間一般や他人への懐疑や批判を展開しながらも、そうした言語活動を展開している自己の知性への懐疑や批判をも同時進行的に行うべきものではないだろうか。

そういう点で、私はショーペンハウアーが言うところの「第二のタイプ」、つまり「書くまでは考えない著作家」(ドイツ語が読めないから翻訳の問題なのかどうかわからないが彼は直前では「書きながら考えるタイプ」と言っていたはずである)、「運を天に任せて出かけて行く狩猟家」の方が、より哲学の王道を行っていると考える。

なぜならば、このようなタイプは、自らの誤謬性を前提としながらも、とりあえず前に進もうとする書き手だからである。

「狩りに出る」度に想定した猟果を得る「書き手」は、ようは自分の世界のなかで予定調和な平和を味わっているだけである。このような狩人は、豊かな猟果を得ることはできるかもしれないが、自分の狩場の外側にほかの世界が存在することに、死ぬまで気づくことはない。

「書きながら考える」人間は、たとえ予定した猟果を得られずとも、というよりもむしろ予定外の猟果にその都度出くわすことで、「俺の狩場」というフレームワークをその都度更新していくことができる。

私はそう思う。

勝手な想像であるが、ショーペンハウアーだって原稿を書くときには草稿を書いたり推敲したりしたはずである(まさか一度も朱を入れることなく一筆書きで書いたわけではあるまい。それともそうなのかな?)。

私は「書きながら考える」のは大切なことだと思う。

もちろん、その結果を他人に伝えるときにはある程度整理することは大切だ。

しかし、それはお客さんに料理を出す時の話であって、「仕込み」が必要ではないということにはならない。 

「書きながら考える」というのは、「自分の考え」を仕込む作業であると同時に、「自分の考え」を絶えず打ち破りながら深化させていく大切な過程である。

そして、これは日本語で作文を書く学生さんにとっても大切である。

大学で日本語を教えるものとして、私の仕事は単に日本語で「正しい」文章を書く事のみを教えることにとどまらないと考えている。 

いわゆる独創性とか自律的な思考能力とかオリジナリティとか、そういうものを育成することだって、大切な教師としての仕事である。 

そしてこのような能力とは、「俺が思う俺」とか「俺が書きたいもの」なんてちっぽけな「狩場」を、自分で刷新しつづける態度なのである。

 

原稿と校正が一段落したので、16時前に帰宅。

スーパーで買ったいつもの食材でいつもの酒を飲み、いつもどおり就寝。 

 

20日(日)

なぜか午前1時に突然目が覚める。

目が冴えて眠れないので、仕方がなく缶ビールを飲みながら本を読む。

結局6時に寝付く。

起きたのは13時。

貴重な秋晴れの日曜日の半分を寝て過ごしてしまった。

まあいっか。

「ネジを巻かない日曜日」(By 村上春樹)である。

とはいえ、仕事がたくさんあるので、30分ローラーに乗って汗をかき、シャワーを浴びたあと、大学へ。 

視聴説の教科書とO主任が編集している語彙の教科書の校正を1課分済ませる。

 明日は6コマ入っているので18時前に帰宅。

いつものスーパーに寄ると、「鍋フェア」をやっている。

いいね。

確かにそういう季節である。

「鍋フェア」では、しゃぶしゃぶ用に薄切りにした羊肉と牛肉が500グラム35元で売られていたが、一人でそんなに食べると太る。

ということで、鶏の水炊きにすることに。

鶏好きだし。

安売りされていた冷凍手羽元としいたけ、えのき、白菜、青菜などを購入し帰宅。

30分ローラーに乗ったあとにさっそくいただく。

美味しい。

あっさり味だけどそれが身体に染みる。

スープなんか鶏皮の脂が染み出して絶品。

鍋底に残った最後の一滴まで飲み干す(結局太るじゃん)。

鍋で温まったあとはゆっくりとお風呂に浸かりポカポカに。

明日の仕事に備え早めに就寝。