とある日本語教師の身辺雑記

中国の大学で日本語を教えながら、日常の雑感や出来事を気の向くままに綴ります(最近は麺と猫と自転車が主)。

チャーハンを食すために寒空の下、自転車で150km走る(10.26、巣湖北岸)

10月26日(金)

天気は曇り。

薄いながらもびっしりと広がる灰色の雲がピクリとも動かず空にへばりついている。

風は微弱。だが、ひんやりと肌寒い。 

前夜だいぶ早めに寝たので3時に起床。

昨日は1日中ゴロゴロして心身を回復させた。

今日は久しぶりに路上を走り、頭を空っぽにして、気分転換を図るのである。

そして土日に一気に仕事を進めるのだ。

朝食として昨日買っておいたローソンのおにぎり二個を食べる。

具は日本では定番の「シーチキン」と、なんと「ザリガニ」!

中国のローソン(中国語では“罗森,luosen”)ではザリガニのおにぎりを普通に売っている。

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近所のローソンのおにぎりコーナー。中央にあるのが「ピリ辛ザリガニおにぎり」である。

 これ、結構美味しい。

「え~、ザリガニはちょっと……」

そう思われる日本の方もいらっしゃるかもしれないが、美味しいよ(ほんとだよ)。

ザリガニをマヨネーズ仕立てにして「エビマヨ」として日本のローソンに並べても、たぶんほとんどの人は気づかないのではないかと思う。

 

閑話休題(まあ全てが「閑話」なのだが)。

栄養補給を済ませたので、6時すぎに出発。

この日の日の出は6時半過ぎなので、あたりはもう明るくなってきている。

なのでライト類は持たない。

気温も低いからボトルも一本だけ。

ロングライド用のパッド入りタイツを履き、その上から短パンを履く。

上は長袖のインナーを着用しサイクルジャージを重ね着した上に、防水加工が施された薄めのウィンドブレーカー(自転車用)を羽織る。

今日はいつもどおり巣湖周辺を走るが、出発時点ではコースや目標距離は考えていない。

なんとなく北岸を走りたい。

突然「そうだ、俺はチャーハンが食べたいんだ」と気づく。

前回の「国慶節200kmライド」(1日で巣湖1周200kmロングライド! - とある日本語教師の身辺雑記)のときに、私は突然無性にチャーハンが食べたくなったのだが、結局は食べ損ねた。

今回こそ食べよう。

というわけで、旅の目的を「チャーハン」に設定、南肥河の河川敷を通りお店がありそうな巣湖北岸を巡るコースを選択する。

 

さあ、出発。

もくもくと約20km走る。

河川敷についたあたりで十分明るくなった。

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久しぶりにメリダに乗って外を走ったので河川敷で一枚。後ろは湿地公園の敷地。最近毎日ローラーには乗っていたのだが、やっぱり外を走るのが一番楽しい。

左手にモヤが立ち込める川面を眺めながら走る。

早朝の河川敷には車も歩行者も少ない。

人間は鎌を手にかごを背負い農作業をするおじいちゃんおばあちゃんたちぐらいしか動いていない。 

放し飼いにされたアヒルやニワトリたちが、河川敷を走る私とメリダを物珍しそうにじっと見つめる。

爽やかな田舎の朝を楽しみながらしばらく走ると、左手遠方に赤い橋が見えてくる。

「南肥河大橋」である。 

多分今日走るなかで唯一の大きな橋(長さ800mほど)である。

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32kmほど走って巣湖沿岸に到着。

巣湖に沿って数キロ走ると、以前もちょっとだけ紹介した「長臨古鎮」がある。

「古鎮」といっても、三河古鎮(自転車で2泊3日巣湖1周旅行(2日目 巣湖市内~三河古鎮) - とある日本語教師の身辺雑記参照)のように観光地化していない、小さな田舎町である。

40kmほど走ってちょっと小腹がすいた。

お手洗いもすませたい。

ここで一休みしよう。

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f:id:changpong1987:20191026115114j:plainちいさな町ではあるが、幼稚園や学校もあるので活気があり、犬や子どもが走り回っている。

いいね。

朝食を売っているお店や出店を見て回る。

寒いので温まりたい。

ホカホカの肉まん(3個で2.5元)を購入。

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肉汁がジューシーで美味しい。

ペロリと平らげる。

ついでにジャージのポケットに入れてきた「そいじょいのようなもの」も食べる。

 

補給が完了したので出発。

この時期の休憩は身体が冷えてかえって辛い。

さっさと走ろう。

まずは巣湖北部の半島を突っ切り30kmほど走ることにする。

折り返しコースだと帰りは疲れにプラスして飽きが来てしまう。

なので折り返したあとは半島を巣湖に沿ってぐるっと回りつつお腹を空かせ、残り50km地点(四頂山付近)で飯屋を探し、チャーハンをパクつこうという考えである。

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今回の予定走路。だいたい150km前後を想定。赤が前半部分、水色が後半部分。

古鎮を抜け、一路東へと突っ切る。

山を切り拓いて通された、斜度3~4%程度の緩やかなアップダウンが続く道を10数キロ走る。

このコースは以前に何度も通ったことがあるので、力をどこで入れてどこで抜くべきかわかっている。

あまりきつくはない。

とはいえ、25km/hという最低限度の巡航速度を落としたくはないので、上りでも重めのギアをえいしょえいしょと踏む。

ということで半島を突っ切ると風景が一変する。

いままでは左右を山に囲まれていた。それがとたんに視界が開け、右手に巣湖が、左手に湿地や耕作地が広がる長閑な農村風景が姿を現す。

季節は秋。

まさに収穫の時期である。

地元のお百姓さんたちが金に色づいた田んぼで稲刈りをしたり、なんだかわからない草をあぜ道に干したりしている。

自転車を停めて写真を撮りたい。

だが、せっかく良いペースで走っているので、自転車から降りたくない自分もいる。

結局、後者の自分が勝つ。

こうして長臨古鎮を出たあとは一度も地面に足を着くことなく30km走りきる。

陳徐村という小さな集落にさしかかったあたりで走行距離が70kmに達したので、一休み。

寒いので両足の筋肉が強ばっている。

自転車を交通標識のポールに立てかけて、入念にストレッチ。

帰りのコースはこれまで来たコースよりちょっとだけ長いので、残りはだいたい80km程度だろうか。

それにしても寒い。

太陽は高く登っているはずだが曇りなので姿が見えない。

時間を追うごとにむしろ寒さはますばかりである。

運動として自転車に乗ることの利点の一つは、汗をダラダラ流さずに済む(結構な速度で走るので汗がすぐに乾くから)ということだが、この時期に自転車に乗るのはちときつい。なぜならかいた汗が通気性皆無のウィンドブレーカーのなかで蒸れ、休憩に入ったとたん冷やされ液化し、体を冷ましてしまうのである。 

というわけで、さっさと出発。

それにしてもお腹がすいた。

前々回のロングライドでは、姥山島景区という観光地近くのメシ屋で麺を食べた。

今回もそこで栄養補給をしよう。

そしてチャーハンを食すのである。

繰り返しになるが、前回のロングライドではチャーハンを食べそこねた。

メシ屋に入った時間が早かったせいである(中国では朝は米を提供しないメシ屋が多いのだ)。

ところでチャーハンなる食べ物は炭水化物である白米を油で炒め、そこに卵やらハムやらと多種多様なタンパク源を投入している食物であるが、それゆえ25歳を過ぎてだんだんと落ちてゆく己の筋肉量や代謝能力と戦いながら日々減量に勤しむ私にとっては言語道断的存在なのである。

しかしロングライドのときとなると話は別である。

なにしろ「ガソリン」がなければ走れないのだから。

というわけで、「チャーハン、チャーハン、チャーハン」とマントラを唱えるように口にしながら、およそ30km離れたメシ屋を目指す。

 

そうそう。

ときどき学生さんや同僚の先生方から「100km以上も走る時って、何考えているんですか。飽きません?」と聞かれることがある。

私の場合、正直何も考えていない。

理由のひとつは、物思いにふけりながらロードバイクに乗るのは危ないからである(私自身にとっても、そして他人にとっても)。

もうひとつの理由は、そもそも自転車で100km以上の長距離を走るという行為が、そもそも人間的思考から離脱する体験だからである。

私の場合、ロングライドは単独で行うことがほとんどなのであるが(人のペースに合わせるのも、人にペースを合わせてもらうのも、気を使うから)、その道中私がやっていることといえば、音楽を聴いたり、その音楽に合わせて歌ったり、マナーの悪い車の悪口を言ったり(「クラクションうるせえぞ!」とか)、「お腹すいた」とか「暑い」とか「寒い」とかブツブツ言ったりする程度のことである。 

つまり、知性的な思考・言語活動とは無縁の活動に脳を使用しているのである。

脳内に浮かぶ言葉はだいたい日本語能力試験4級程度(日本語学習歴3ヶ月~半年の外国人が受験するレベル)の語彙・文法でカバーできるものである。 

しかも、そんなシンプルな言語でなすことのほとんどが、空腹とか気温とか、そういう生理的・感覚的事実の認知である。

自転車に乗る時には、理性よりも感性を研ぎ澄まさなければならないからである。

つまり、そこそこスピードを出して走るわけだから、前後左右に身体感覚を研ぎ澄ませているわけだし、突発的な危険をあらかじめ回避するために頭の中に無数の「~かもしれない」を沸き上がらせているわけである。

「何かを考える」余裕などないのである。 

しかしこのおかげで、一度ロングライドにでると頭の中が不思議と「すっきり」とする。

その晩は夢すら見ないし、翌日職場のデスクに着くと、あら不思議。以前にはわからなかったことや表現できなかったことが、すらすらと解決するのである。 

自転車、楽しい。

 

なんてことを考えながら(うそ、後知恵である)、あいかわらず空にへばりついたままピクリとも動かない低い雲へと突き抜けてゆく長い長い道をひたすら進む。

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 11時30分に目的地であるメシ屋に到着。

さっそく牛肉チャーハン(突発的に玉子チャーハンではなく牛肉チャーハンが食べたくなったのだ)と「トマト卵炒め」をオーダー。しめて30元(500円ぐらい)也。

 

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チャーハンだけでは物足りないだろうし、身体がタンパク質やビタミン、ミネラルを欲していたので、「トマト卵炒め」を追加したのである(うそ、ただ単に食べたかっただけ)。 

チャーハンに第一匙を記したところで、大量の「オジサン」たちが来店する。

私は「オジサン」が嫌いである。

ここでいう「オジサン」とはある一定の年齢を超えた男性のことを指すわけではなく、ある精神のあり様について行っているわけであるから、これを読んだおじさま方は誤解なさらぬよう願います。

私が思う「オジサン」には目立った特徴がある。

 

①周りの目を気にしない

②オジサン同士で群れる

③自分たちは「若い」と思っている。

④そんな自分たちの「若い」をもってすれば若者と交流できると思っている

⑤つまり自分の「当たり前」の外側に対する感覚が鈍い(もしくは無い)

➅オジサン的振る舞いを注意されると、一瞬子どものようなキョトンとした顔つきをする

⑦しかしすぐに「俺を誰だと思っているんだ」(内田樹が言うところのO・D・O)と怒り出す。

 

これらに共通するのは、ある種の社会性のなさであり人間的未熟さであって、私はこのメシ屋でオジサン集団にうんざりした。

男女を問わず若い子たちからオジサンの評価は芳しくないのは日本でも中国でも同じだが、それにはちゃんと理由があるのだと思う。 

そんなこともあり、チャーハンをかっ込みながらいろいろ考えたのであるが、今回は自転車がメインである。 

「オジサン」については別稿を持って論じたいと思う(別にこれは原稿じゃないけど)。

 

オジサンに辟易したので、残っているチャーハンと「トマト卵炒め」を速攻でかっ込み店を出る。 

ごちそうさまでした。

チャーハンも「トマト卵炒め」も美味しかったです。

とくにチャーハン。

コメはちゃんとパラパラ(≠パサパサ)で、卵は美しく均等にばらけており、メインとなる牛肉は角切りにされ、奥歯で噛みしめると肉汁が溢れ出す、そんなチャーハンでした。

満足。

 

先に書いたとおり、自転車に乗る時に考え事は禁物なので、「オジサン」問題は家に着くまでスッキリ忘れることにする。

というか、サドルに跨り、「カチチチチチ……」というラチェット音(ペダルを回していない時に後輪が空回りする際に発生する音)を耳にすると、不思議と邪念は消えてなくなるのだ。

これがロードバイクの醍醐味である。

残りの行程は約50km。

曇り空が気持ち厚みを増した気がするので、先を急ぐ。

10kmほど走り長臨古鎮に戻ってきたあたりで、雨粒がパラパラとアイウェアを叩き始める。

あら。

雨が降るなんて天気予報では言ってなかったけど。

レインコートを持ってきていなかったが、まあ今日来ているウィンドブレーカーは防水だから大丈夫。

などと思いつつ湿地公園を過ぎたあたりで、結構本格的にザーザーと降り出した。

想定していたコースをこのまま辿るならば、残り25kmほどである。

雨の事を考えるとちょっと長い。

しかたがない。

ショートカットしよう。

あまりナビに従いながら走るのは好きではないが、雨の中走るのは危険も伴うし、この前治ったばかりの風邪をぶり返すおそれもある。

百度地図のナビに従いながら残り20kmほど走る。

安全第一。

 

結局15時過ぎに帰宅。

サイコンの表示だと走行距離は150km。

最初の数キロほどはサイコンを起動し忘れていたので、実際にはもう少し走ったはずである。

 

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楽しかった。

チャーハンも堪能できたし。

そういえば古鎮で食べた肉まんもよかったな。

あ、書いててお腹減ってきた。

「走るために食べる」のか、それとも「食べるために走る」のか。

なんだか最近よくわからなくなりつつある自分がいる。

まあしかし、である。 

そもそも「移動の手段」である自転車を「移動こそが目的である」として趣味化している時点で十分倒錯しているのである。

なので、気にしないことにして、たぶん今後もお腹を満たすために走りにでて、走り続けるためにお腹を満たすという旅を続けるのである。

日記(10.26~28)

10月26日(土)

9時起床。

シャワーを浴びて身支度をする。

途中でりんご(富士)を4つ買って大学へ。

一昨日は家でゴロゴロ、昨日は自転車で外をグルグルしたので、今日と明日は大学でバリバリお仕事をするのである。

というわけで10時に大学へ行き、のんびりとコーヒーをすすりながら日記の更新をしたあと、お仕事(O主任が編集している教科書の校正)を進める。

バリバリバリバリ……。

途中で副院長のZ先生がオフィスを覗いて、「土日なのに仕事ですか、偉いですね」と褒めてくれる。

もちろんご案内のとおり私は木・金と遊んでいたのだが、「いやあ、そんなことありませんよ」と頭を掻く。

我ながら小狡いやつである。

そんなこんなで昼過ぎまで集中して机仕事。

 

14時に挿絵を書いてくれるSさんとLさんが来る。

絵の構図や見せ方について、3人で話し合い共通認識を得るために、額を合わせてお話するのである。

「ハとガ」の違いや指示詞(こ、そ、あ)についてご説明する。

説明する中で面白いことに気づく。

それは、日本語の指示詞である「こ、そ、あ」は、一期一会的な「場」によって儚くも成り立ち消えるものではないか、ということである。

なんのこっちゃわかりにくいので、ちょっと長くなるが、以下に詳しく述べる。

 

ある状況におかれている話し手・書き手が、その立場から見えたり聞こえたりした物や事、場所などを指し示す言葉を指示詞という。英語で言えばThisとかThatとかですね。

一般的に指示詞という概念は、指示代名詞、指示形容詞、そして指示副詞からなる。

指示代名詞とは、日本語の「これ・それ・あれ」や英語の“this”“that”のように、指し示すものごとの代わりを務める語のことである。

指示形容詞とは、日本語の「この・その・あの・どの」のように、指し示すものごとを形容する働きを持つ語のことである。英語なら“this book”“that girl”のように“this”“that”がそのまま使えるし、“such stupid behavior”の“such”などもそうですね。

指示副詞とは、指し示すものごとのうしろに「する」や「なる」などの体言を伴う語であり、日本語で言うと「こう・そう・ああ・どう」などである。英語だとやっぱり“I hate you this much”(あんたのことがこれだけ嫌い)のように“this”“that”がそのまま使える。

細かいことは置いておくとして、日本人の皆さんならば当然ご存知のとおり、日本語の指示詞には「これ」とか「あっち」とか「そんな」とかいろいろあるわけだが、基本になるのは「こ・そ・あ」の3つの系である。

日本語の指示詞を説明する初級教科書では、

 

「『こ』は話し手の近く、『あ』は話し手と聞き手にとって遠く、『そ』は聞き手の近く」

 

という説明がよく見られる(今私の手元に有る中国語版初級『みんなの日本語』でもそう説明している)。 

ほかに、 

 

「『こ』は近距離、『そ』は中距離、『あ』は遠距離」

「こそあどは、それぞれ近称・中称・遠称・不定称」

 

という説明がされることもある。ネイティブである私たちの感覚からすれば、これは理解しやすいし、実際に手元にある公文式の中学生向け『国語文法』ではこちらの説明が紹介されている。 

しかし、私が思うに、この説明では外国語学習者に対して「こ・そ・あ」の使い分けをする時に問題がある。

とくに「そ・あ」に関してである。

たとえば、AさんとBさんが電話で話しているときに、

 

 A「昨日新しいデジカメ買ったんだよね」

 

という新たな話題の出現に対して、Bさんがネイティブならば普通、

 

 B「へえ、それはどこで買ったの?」

 

と「そ」を使う。

しかし、「『あ』は遠距離」という説明で日本語の指示詞を覚えてしまった学習者は、

 

「電話でおしゃべりしているAさんにとってBさんが買ったデジカメは遠いところにあるから、ここは『あ』だな」

 

 と理解してしまい、

 

B「へえ、あれはどこで買ったの?」

 

と誤用してしまうのである(私は実際にそういう事例を目にしたことが何度もある)。

近称・中称・遠称という視点は「そ・あ」に関して問題がある。

そもそも「そ・あ」の使い分けは中国語を母語とする学習者にとって難しい問題なのだ。なぜなら中国語の指示詞には、“这・那”という2つの系しか存在しないからである。

一般的に言えば、「“这”は『こ』、“那”は『そ・あ』」と理解しておけば問題はない(あとで述べるように、もちろん例外もある)。

つまり中国人学習者にとって“那”という単一の系で認識し指し示しているものが、外国語である日本語では『そ・あ』という別の系統で認識され、示されるわけである。

混乱するよね。

結果的に私の学生さんたちは『そ・あ』の使い分けに苦戦するのである。

「らりるれろ」で世界を音声的に分節している日本人が英語を習う際、LとRを使い分けるのに苦労するのと同じようなものかな。

 

それはさておき。

ところで、さっきのAさんとBさんとの会話を振り返ると、一言で指示詞といっても、実際には「現場指示」の指示詞と「文脈指示」の指示詞という二種存在していることがわかる。そして「近称・中称・遠称」という説明は前者には有効であるが後者の場面では外国人学習者にとってわかりにくくなってしまうのである。

「現場指示」とは、まさに今その現場にあるものを「ん、これ!」と指差すものである。よくある“This is a pen”なんて例文はまさに現場指示ですね。

対する「文脈指示」がなにかといえば、たとえば、私たちは記憶をたどりながら言葉を繰り出すときに、そこに登場する話題や情報などを指して「こ・そ・あ」を使うことがありますよね。前文の「そこに登場する」というセンテンスで使った「そこ」がそうだし。そして、この「そうだし」の「そう」もそうであるし、「この『そうだし』」の「この」もそうだし……無限ループだ、やめよう。

たとえば、

 

「昨日彼とレストランに行ったんだけどさ、このレストランがひどいのなんのって!」 

 

の「この」は「文脈指示」である。 

こうしてみると、先ほどのAさんBさんは違う「現場」にいながらも電話で話すことで文脈を共有しておしゃべりしているわけだから、ここでは「文脈指示」型の指示詞の使い方がなされているわけである。

こうして考えてみると、さきほど見た2種の「こ・そ・あ」の説明のうちでは、やはり「『こ』は話し手の近く、『あ』は話し手と聞き手にとって遠く、『そ』は聞き手の近く」という説明の方が適切であり広く応用が効く説明だと私は思う。

これなら「なんでBさんは遠く離れたAさんのデジカメに『そ』を使ったの?」という日本語学習者の素朴な疑問に対して答えられる。

なぜBさんが「それ(デジカメ)はどこでかったの?」と話し手である自分にとって遥か遠く離れた物体(デジカメ)に対して「そ」を使うかというと、デジカメは聞き手であるAさんの身辺にあるものだからである。

「『そ』は聞き手の近く」という説明の原則通りだね。

 

なお、これは私の勝手な素人考えであるので鵜呑みにしないでいただきたいが、ここで「そ」が使える背景にはもうひとつあるのではないだろうか。

つまり、本当にBさんはデジカメという物体にたいして「そ」を使ったのだろうか。

それよりも、Aさんが提示した「デジカメを買った」という不明瞭な話題に対して、つまり聞き手である自分にはまだ十分に伝達されておらず、したがってイメージ的にはAさんの手元に残っている話題に対して「そ」を使ったのではないか。

というのが私の考え方である。 

わかりにくいな。

ようは、私の勝手な理解では、「そ」とは会話の流れの中で出てきた「既に存在を聞き手に対して提示済みではあるが、内容が十分に明らかになっていない(=聞き手の手元にまで至っていない)話題や情報」に対して、その存在を確認したり、問いかけたり、補足したりするときに使う場合もあるのである。

たとえば、

 

 彼女「ねえ、赤ちゃんできちゃった」

 彼氏「……そ、そうか」

 

における「そ」は、彼女から提示された新しい話題に対して、未だ十分には把握してはいないが、それでもその存在をとりあえずは認識し受け止めたことを示すための「そ」である(しかしなんちゅう例文だ)。

もし彼氏がこのあと彼女から情報を提供してもらい、この話題についてその場で十分に理解して自分に関する話題や情報だとみなした(=自分の手元に引き寄せた)ならば、

 

 彼女「で、どうしよっか」

 彼氏「これは重要なことだから、ひと晩考えさせてくれないかな」

 

と「こ」を使うのである。

で、「できちゃった」という話題がお互いに十分に理解され共有され、場面が変わったあとに(たとえば翌日とかに)なると、

 

 彼女「あの話だけど、どうしようか」

  彼氏「ああ、あれね」

 

と「あ」を使うのである。

さっきのデジカメの例文で言えば、もし1時間後にまた

 

Aさん「そうそう、デジカメ買ったんだよ」

 

となれば、

 

Bさん「それ、さっき言わなかったっけ」(知らないよ、私のカメラじゃねーし)

 

だろうし、一週間後にAさんが

 

Aさん「デジカメ買ったって話したっけ」

 

となれば、

 

Bさん「ああ、一週間前のあの話?」(シラネーヨ)

 

のようになるはずである。

さっきの「できちゃった」はふたりの「赤ちゃん」が話題なので、当然彼氏は「この」を使う(でないとクズ男である)。しかし、Aさんの「カメラ買った」は所詮Aさんの所有物に関する話題だから、Bさんが「この」を使うことはありえないのである(あるとすればBさんがAさんのカメラを盗んだり、Aさんと同じカメラを買ったりした場合だろう)。

ここまでは対して新鮮味もない説明である。

しかし、私がこうやってうだうだ考えつつ気づいたのは、日本語の「こ・そ・あ」の変遷は、非常に移り変わりやすい「場」の変化をもろにうけるのではないか、そしてここでいう「場」の変化とは、単に空間や時間が変化するというだけではなく、「場」を構成する人物の登場や退場により、瞬時に生じるのではないかということである(書き出して思ったが、当たり前なのことに気づいただけだね)。

 

たとえば、週末に買った新しいジージャン(byユニクロ)にご満悦の私が、月曜日の授業に喜び勇んでそれを着て参上し、開口一番、

 

「みてみて、この服、かっこいいでしょ!」

 

とはしゃいでいるとする(あくまで例えばですよ)。

学生さんたちはもちろん、

 

「わあ、その服かっこいいですね!先生にお似合いですよ」

 

とおべっかを言ってくれるだろう。しかし、私が休み時間に教室を離れたあと口々に

 

「ぷぷぷ、なにあの服。だっさー」

 

と悪口を楽しまれるはずである(たとえばですよ、うちの学生さんはいい子達ばっかりだし、そもそも私の服なんかに興味ない)。

私がふと抱いた疑問は、時間的にもそう経過しておらず(私の退出から悪口パーティまでせいぜい数秒~数分だろう)、空間的には全く変化していない(以上の会話がなされているのは同じ教室なのだから)にも関わらず、なぜ日本語では私の退出によってたちまち「その服」が「あの服」へと変化するのか、ということである。

中国語の場合、私が教室から退出しようがしまいが、ずっと“件衣服”である。 

(※10月31日追記  というのは私の間違いで、実際には中国語では「わあ、その服かっこいいですね!」の場合‘你这’となり、「ぷぷぷ、あの服」の場合“他那”となる。私の半端な中国語を伏して詫びたい。すみませんでした。 

しかしここから分かるのは、中国語話者は「わあ、あなたのその服」を「わあ、あなたのこの服」とイメージしている、つまり「あなた」の立場に限りなく近づいて話しているということである。これは後に述べている「是这样子」「私からプレゼントを貰って母は嬉しい」問題と同根であるかもしれないので、今後考えていきます。)

根本的に変化したものはひとつしかない。

それは「場」の構成員である「私」の退場である。

つまり、私が消え去ったことが、「その」が「あの」へと変化する決定的な要因なのである。

これはつまり、日本語では、「場」を構成するメンバーがずっと同じならば、すでに共有された話題や情報に対していくらでも「そ」を使いつづけ、あるメンバーの辞去で「場」が変質した途端、これまで「そ」で指示されていた共有知識は旧情報となり「あ」で指示されるようになるということではないか。

とすると、日本語の指示詞において重要視されるのは時空以上に、そこにいる人間なのである。 

英語だとどうだろう。

なんとなくだけれども、英語だとさっきの事例場合、指示代名詞ではなくて所有格(YourとかHisとか)を使って表現しそうなきがする。

まあ、それはわからないから置いておくとして。

 

文脈支持の「あ」の説明としては、管見の及ぶ限り「記憶のなかにあるものを指すのが『あ』」という説明が一般的である。

それは確かに正しい。

私のジージャンを「ねー見た? あれだっさ! プークスクス」している学生さんたちは、一瞬前の記憶をもとに会話しているわけである。

しかし、「記憶」と表現してしまうと、たった今生じて消えた話題(休み時間になってそそくさと教室から出て行った先生)も「記憶」なのだと認識しづらいのではないだろうか。

だって「ついさっき」なのだから。

もちろん「ついさっき」のできごとだって過去なのだから、「あれ」だって「記憶」の産物なのであるが、学生さんに説明するときに「ついさっき」と「記憶」というそれぞれの語感がなじまないかもしれない。

 

もうひとつ。

私は前の方で「“这”は『こ』、“那”は『そ・あ』」であると述べた。

私が知る限り、この原則にはひとつだけ例外がある(2つ以上あるかもしれないけど)。

それはたとえば、

 

A「彼、最近元気ないけど、どうしたの?」

B「なんか彼女と別れたみたいだよ」

A「あ~、そうなんだ」

 

の「そうなんだ」である。

上の会話を中国語にするとこうなる。

 

A〝他最近没有精神,发生什么事了?〟

B〝听说他跟女友分手了。〟

A〝哦,是样子阿。〟

 

ごらんのとおり、ここでは「“这”は『こ』、“那”は『そ・あ』」という基本から外れ、日本語では「」なのに対して中国語では〝〟が使われている。 

これを「こうなんだ」と誤用する学生さんにはあったことがないので、教育・指導面では前衛化していない問題ではある。 

しかし、「なぜ『そうなんだ』が〝是样子阿〟となるのか」という問題は、日本語や中国語の性質を理解するためにも、ひいては日本人(大和民族)と中国人(漢民族)の「言語以前」の世界認知に迫るためにも、非常に大事な問題だと私は思う。

この問題への私なりの勝手な考えは以下のようなものだ(素人考えです)。 

中国語和者は相手の話を聞いて納得したあと、その話題や情報が「自分の手元」にあるとイメージしている(だから〝那〟ではなく〝〟が出てくる)。

それに対し、日本語話者は(納得していようがいまいが)相手がもたらした話題や情報の存在を「自分と相手との間」に宙吊りにしている(だから、「あ」でも「こ」でもなく「そ」が出てくる)

つまり、自分に手渡された話題や情報を受け手が配置している空間イメージが異なることに由来するのではないだろうか。

日本語の「そうなんだ」にも「そうなんだ」(しらんけど)や「そうなんだ!」(うんうん、私もそう思ってた)などといろいろあるが、中国語の相槌にもいろいろある。

私の経験から言うと、「そうなんだ」(しらんけど)に近いのは、〝是吗?〟である。これは直訳すれば「そうなの?」であり、相手から与えられた話題や情報に同意はしないがその存在は認める意味合いがある。形式的には疑問符を伴っているが、語尾を上げて発音したりしない限り、必ずしも「本当に?」と問いかけているわけではない。

「そうなんだ!」(うんうん、私もそう思ってた)の場合、中国語では直接〝就是〟(まさに)とか〝对〟(正しい!)とか〝 我也一样〟(私も同じだ)などを使う。とくに〝对〟は便利で、私などはお酒の席で相手の言葉に「我が意を得たり」と感じたときは、〝对对对!〟などと連発してしまう。言っている方もリズミカルで気持ちいいし(麻雀で「ポン!ポン!」と鳴いてトイトイをつくるみたい)、言われた方も同意を得られて嬉しい表現である。 

こうしてみると、〝是样子阿〟という表現は、話し手が聞き手に対して「あなたの話したことはここまで届いたよ」と伝えているわけであり、そういう意味では語の意味としても実際の用法としても、基本的には聞き手が心から納得したり共感した時に使われるのである。

対して、日本語では「こうなんだ」とは絶対に言わない。たとえ心から納得し共感したとしても、そうして納得・共感された話題や情報は「ここ」でもない「あちら」でもない「そこ」にあると、日本語を母語とする我々はイメージしているのである。

だから、「そうなんだ」には、けっこう他人ごとだったり冷たい感じが感じられる。

そのかわり、相手の話を聞いて「こうですか?」「こういうこと?」は結構使う。この「こう」は、相手の話を聞いたあと自分なりに再現した理解を指しているのであって、決して相手の話をそのまま手元に引き寄せたという意味ではない。

もちろん相手の話を聞いて「いや、こうだろ」という人間もいるが、これだって自分の手元にある自前の考えを(押し付けがましく)差し出しているだけである。

もしかしたら、日本人は他者や他者が口にする言葉を「ここではないところに完璧な形で存在していて、手元には不完全な形でしか引き寄せられない」とイメージしているのかもしれない。

それで思いついたが、中国人学生はよく作文で、日本語では「~そうだった」「~そうにみえる」と書くべき他人の感情表現を間違う。つまり、

 

「私からプレゼントを貰って、母は嬉しい」

 

と書くのである(お母さんが本当に嬉しいかどうかなんて誰にもわからないのに)。

日本語ならば「母は嬉しそうだった」とか「母は嬉しいと言っていた」とすべきである。 

もちろん小説なんかでは「このとき、太郎は心底悲しかった」などという表現が許されるが、それは小説においては書き手が「神」の立場に立てるからこそ許される表現なわけである。

おお、中国語と日本語の間に存在する他者理解可能性という問題へのアプローチの相違!

これで論文が書けるかも。

なんてのは私の勝手な思弁だが、おもしろい。

 

そんなこんなをLさんとSさん相手にお話しながら、それを説明するために頭に浮かんだイメージを片っ端からホワイトボードにぐちゃぐちゃ殴り書きしつつ、べらべら説明する。

2人はそれの「ぐちゃぐちゃ」「べらべら」を自分なりに理解し、その結果をすぐさまラフに描き起こして「先生、こんな感じですか?」(おお、私の言葉が届いたから「こんな」なのね)と見せてくれる。

すごい。

絵を描ける人ってかっこいい。

絵が描けるだけではなく、私のお伝えしたかったことをちゃんと掴んでいる。

「そうそう、そんな感じです」(ああ、また指示詞が!)

こんなことを(うう、ここにも)2時間ほどやっていたので、3人ともぐったり疲れる。

16時を過ぎたあたりでSさんのお腹の虫が「おい、話長いぞ!」と喚きたて始めたので、今日はここまで。

お疲れさまでした。

 

ふたりが帰ったあとも少し指示代名詞について考える。

当然ながら、私たちの会話はなにも目の前の物体や場所だけを指して展開されるものではない。 

むしろ思い出話や討論こそ人間的言語活動だとも言えるので、「文脈指示」は非常に大切である。

そして考えてみれば、これも当然のことではあるが、「文脈指示」にも2種あるのである。

つまり、時空を共有し対面して展開されるコミュニケーションに出現する指示詞と、時空を異にし一方的に語りかけられるかたちで成立するコミュニケーションに現れる指示詞である。

前者は主にオーラル・コミュニケーションに見られるものであり、後者は読書体験や執筆体験で出くわすものである。

大学というところは研究機関であり教育機関であるわけで、我々人文社会科学に携わるものがなす研究の基本は読書と執筆であるわけだから、大学における日本語教育では本来ならば「文脈指示」の代名詞こそ仔細に教えるべきである。

ところが、驚いたことに日本語教育の初級の教書では「現場指示」の指示詞しか説明していないのである。

というよりも、そもそも私が知る限り、日本語教育(中国の大学における日本語教育)の基礎段階では、口語文法のみを扱っていて文語文法を扱っていないのである。

初級段階の一年生は、日本語学習の大半を「山田さんは公務員です」とか「天気がいいから散歩をしましょう」のような(面白くもくそもない、おっと失礼)オーラル中心で教えている。

そりゃ閲読や作文が苦手な学生が多いわけだわ。

だって、閲読だと「これは」とか「そのように」とかバンバン出てくるし、みんなが重視する日本語能力試験だって「下線部の『これ』とはなにか」が問われるんだから。

卒論執筆だってそうでしょ。

「この考えは本当だろうか」と書くのと、「その考えは本当だろうか」と書くのでは全く意味が違う。

海外旅行のためにオーラルだけを学びたいという学生向けの塾ならまだしも、大学の語学教育として、これってまずいんじゃないと思う。

なぜここで私は「これ」を使い「それ」を使わなかったのか、学生諸君に理解していただけるだろうか。

さっきの「この」は、問題を自分の手元まで引き寄せるという私なりの責任感の現れである。 

 

考え出すとキリがないのでここらへんで打ち止め。

少しだけ作文の授業課題を添削し16時には退勤。

いつものスーパーへ行き、今日は出来合いのものを夕食として買う。 

 家に帰って買ってきたもの(あひるの照り焼きとサニーレタス)を食べながら、「のだめ」の続きを見る。 

「なんだよ、アニメなんて見る暇があるなら原稿進めればいいじゃん」

いやいや、アニメを見るのだって重要な仕事なのである。

ほんとうですよ。

アニメの中には「使える」シーンがたくさんあるのだ。

たとえば、このまえから言っている「ハとガ」のうち、「対比・比較のハ」がアニメ版「のだめカンタービレ」16話に出てくる(原作漫画では7巻)。

「夫」千秋が作った学生オケの練習休憩中に、自称「良妻」としておにぎりとお味噌汁を差し入れしに来た“のだめ”。千秋に「何しに来た、さっさと帰れ!」と煙たがられつつも、初対面であり千秋のオケ仲間であるオーボエの黒木くんへの差し入れに成功する(ついでに「良妻スマイル」と「良妻ウォーク」で黒木くんの心を奪ってしまう)。

以下は、そんな黒木くんが後日のだめにおにぎりを包んでいた風呂敷とお味噌汁が入っていたスープジャーを返す場面である(ちなみにのだめは極度の料理ベタです)。

 

黒木「ああ、そうだ。この間は差し入れをありがとう。僕は森光音大の黒木泰則。お、おにぎりすごくおいしかったよ」

のだめ「お味噌汁?」

黒木「あっ、おいしかったよ、ボクーーところてん好きだし!」

のだめ「マロニーです」

 

以前もここに書いたかもしれないが、ハには対比・比較の意味合いがあるため、不用意に使ってしまうと、聞き手に対して背後に潜む比較対象だったり含みだったりを暗示してしまうのであるが、この黒木くんの「ハ」、まさにそれである(味噌汁にマロニーって……)。

学生さんにこのことを理解してもらう時に、私だけの説明だけではなく、このシーンがあればより勉強はスムーズに進む。

私はいろんな授業でいろんな映像資料を使用するが、それはこうして私が夜な夜なご飯を食べたりお酒を飲んだりするというプライベートな時間を利用して、学生さんの教育のために目を皿のようにして探しているからなのである。 

無駄などないのよ(まあ、ただの趣味なんだけどね)。

などといろんなことを考えつつアニメを見ていると酒量が増してしまっていかん。

学生さんも大切だが、私の肝臓さんもいたわってあげなければ。

明日もやるべきことはあるので、早めに切り上げ、日付が変わるには就寝。

おやすみなさい。

 

27日(日)

7時半に起床。

ささっと身支度をして大学へ。

さすがに日曜日の朝の外国語学院棟には人気がない。

私は土日に学校に来て仕事をすることが大好きなのであるが、それは単純に人がいなくて静かでいいからである。

若い学生さんたちが賑やかにキャンパスライフを楽しんでいるのは見ていて非常に微笑ましいのであるが、それでも声量が一定限度を超えるとか、はたまたその日の「虫の居所」が悪いとかすると、「煩い」と感じることが避けられないのもまた人間である。

うちの大学は外国人教師と中国人教師がオフィスをシェアしている(前前任校は外国人専用にオフィスを用意していた)。だから自然と日本語学部の中国人教師の方々とおしゃべりに興じる機会が増すわけで、これも結構楽しいのだが自分が原稿を書いたり沈思黙考しているときには、やっぱり一人になりたいのも自然なことである。 

というわけで、私は土日に学校に「出勤」するわけである。

私以外の先生方には家庭があるので、土日に出てくる先生はほとんどいらっしゃらない。

なので、私は休日となると喜々として誰もいないオフィスを独占し、お仕事を楽しむのである。

ときどき学生さんが「先生はまだ若いんだから、女の子を誘ってどっか外に遊びに行くとかしたほうがいいですよ。仕事だけが人生じゃないんだから」と諭してくれる。 

私自身も「これでいいのだろうか」と思うことがないわけでもない(1ヶ月に3秒くらいだけど)。

でも、仕方がない。

人間がアディクトする「なにか」は人それぞれだが、アディクトする理由はただ一つである。

そう、「楽しい」からである。

最近の私は「酒」と「ネット」と「自転車」と「仕事」にアディクトしているが、一見無関係に見えるこれらは、私のなかで「楽しい」という共通軸を中心としてクルクル回っている。そして「仕事」こそが「楽しく『くるくる』回った」結果を「みんな」にお披露目し、評価していただく舞台なのである。

当然ながら評価して頂ければ「嬉しい」。「嬉しい」からもっと工夫する。その工夫は工夫そのものが「楽しい」のだから、この「くるくる」に出口などない。

仕方がないのよ、惚れちゃったんだもの。 

というような駄文を綴っている時点で「仕事」などしていないのであるが、休日なんだし、まあいいじゃないか。

 

11時になったので、朝食兼昼食として「お茶漬け」を頂く。

昨日夜ご飯として買ったおかずを買ったときにご飯がついてきたのだが、私は夜はご飯ものを食べない(酒を飲むから)。

なので、昨日の冷ご飯をそのまま家から持ってきて、お湯を沸かし、永谷園の「お茶漬けの素」でサラサラといただく。

久しぶりだが、うまい。

満腹したので1時間ほど散歩に出る。

もうすぐ11月なのに朝顔が咲いている(と書いたあとに調べて初めて知ったが、朝顔のシーズンって11月までなのね。知らなかった)。

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雑踏を抜け、川沿いのいつもの散歩コースへと足を運ぶ。

並木もどんどん葉を落とし始め、冬がそこまで来ていることを教えてくれている。

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ところで、散歩中に「田舎料理」のお店の宣伝文句が気にかかった。

ごらんのとおり、“让你吃的嘴流油!!”(あまりの美味しさであなたのお口を油まみれにしまっせ、みたいな意味かな、あんまり綺麗な印象を受けない表現だけど)と書かれている。

が、先日の日記で書いたように、これは「食べた結果、こうなるよ」という関係性を示しているので、ここの構造助詞は「的」ではなく「得」を使うべきだろう。

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私の中国語はしょっちゅうネイティブから「発音が変」だと言われているので、ネイティブの間違いを発見するととても嬉しい(性格悪い)。

昨日Lさんとお話したことだけども、この「的」と「得」は現在ネイティブですらめちゃくちゃに使われている。

口に出すだけならば、どちらも発音は“de”(ダ)なので表面化しないが、作文させると一目瞭然である。

以前は魚料理屋さんで、こんな間違いを目にした。

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写真を見ていただけばわかるように、このお店は魚の浮き袋やら脳やら唇やら、ようは喰える部位は全て提供するというお店なので、左上に“咬的动的都能吃”(噛み切れるんは全部食える)と書かれているのだが、ここは正しくは「咬得动的」(噛んで動くもの)としなければならない。 

ようはネイティブという存在は、自分の使っている言葉の意味や働きについて、いちいち理解した上で使ってなどいないのである。

それは私も当然そうであって、だから授業中に学生さんから、

 「せんせー、『さりげなく』と『それとなく』の違いってなんですか?」

とか
 「『終始』と『始終』の使い分けを教えてください」

とか言われて初めて「ああ、そういえばなんか違うね」と気づくのである。

こういうよくある「日本語学習者からの質問」に対しては、ちゃんと傾向と対策的な書籍も販売されていて、私も座右に置いてはいるのだが、ほとんど読まない。

だってそんなもん原理的に覚えて済む問題ではないからである(キリがないよ)。

まあ、でも6年もこの仕事をすれば、この手の予想外の質問への対応方法もだいぶ身に付いたので、別に困っていない(どんな対応方法かはこんなところには書かない)。

 

途中でスーパにより夕飯の買い出し(半額の刺身とマナガツオ)をしてからオフィスに帰還。

4年生の学生さんの研究計画書を読んでチェックするお仕事(というかボランティア)と3年生の作文の添削(これは契約範囲内のお仕事)を夕方までする。

今日はOさんの研究計画書を途中まで読む。

なかなか面白い。

コミュニケーション論なのだが、「コミュニケーションへのコミュニケーション」、つまりメタ的視点からコミュニケーションに迫ろうとしているのだ。

面白いけれど、ちょっと難しい。

赤ペンで朱を入れながら読み進める。

頭を使うとお腹がすく。

お腹がすくと疲れる。

時計を見ると15時すぎ。

ちょっと早めだが今日はここまで。

帰宅。

 

久しぶりにジョギングしたくなったので、着替えてグラウンドへ。

するとグラウンドがなにやらイベントで貸し切られているらしく、なかに入ることができない。

どうしよう。

いつもの公園まで行ってそこで走るのも手だが、できればアスファルトの上は走りたくない。

というわけで、歩いて10分ほどの漢方・中国医学系の医大のグラウンドへ行く。

最近の中国では入構者に対してIDを確認する大学が増えてきているが、ここはうちと同じく、基本的にそんな無粋なことはしない。なのでキャンパス内では近所のお年寄りやら子どもやらが自由に時間を過ごしている。

そういうのって大学の雰囲気をよくするためにも大切なことだと思う(安全確保が重要なことはもちろんだが)。

音楽を聴きながらアンツーカーの上を30分だけ走る。

それにしても夕方が近づくにつれ天気が急に回復し、素晴らしい秋の日曜日の夕暮れである。

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走り終わったので、うちの大学のキャンパス内を通って帰宅。

途中で校内に棲みついている茶トラに出会う。

猫は本当に百面相。とても愛らしい顔を見せたかと思うと、次の瞬間には邪悪な目つきを晒したりする。

それが猫の魅力である。

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28日(月)

6時起床。

寒い。

私は大学までの僅かな距離を安物のピストバイク(トラックレーサー、いわゆる競輪車だな)で通っているのだが、風に手が悴む。

そろそろ手袋が必要だな。 

大学の広場の地面すれすれに霧が発生している。

綺麗。

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重慶にいた時は、それはそれは霧とのお付き合いだった。

こういう地面近くに漂う霧が出た場合、経験から言うとその日は晴天になる。

というより、その日(夜)が晴天で雲がなく空気中の熱が発散され地熱が相対的に高まるからこそ、こういう霧が出るのである。

 

8時から12時までまずは2つ授業をこなす。

最近やたらと「言いたいこと」が沸いてきて、授業中もわーわーわめき散らす。

学生さんたちには騒がしくて申し訳がない。 

今日お話したのは、「左上右下の礼儀感について」「『粋』を定義することの無粋さについて」「なぜ日本語の『勝つ』は自動詞であり英語の『win』は自動詞としても他動詞としても使えるのか」などなど。

これを話し出すと長くなるので(さっき実際に話したので実証済みである)稿を改めて書こうと思う(別にこれは原稿ではないが)。 

 

たくさん喋ったので、健康的な空腹感を覚える。

オフィスに戻って昼ご飯。

ネットで「レンジでパスタを調理できる」神器を購入したので、学院の電子レンジでパスタを茹で、カレーソースに敢えて食べる。

美味しい。 


13時にOさんが研究計画書を持って来る。

だいぶ練れてきた。

けっこう読んでてワクワクする。

これまで言語化できていなかった自分の問題意識を、自分の生活感覚・身体感覚から説明するよう意識するようになっているからである。

その調子。

 

7・8限の授業まで机仕事。

16時から2年生の会話をこなしたあと、こんどはSさんが計画書を持ってくる。

空腹を抱えつつ検討。

ぱぱっと終了。

 

スーパで買い物した鮭ときのこで「ホイル焼き」を作り、パクパク食べる。

食後に散歩し、シャワーを浴び、ベッドで読書しているうちに眠りのなかへ。

泥の様に眠る。

 

 

 

 



 

 

日記(10.21~24)

21日(月)

清々しい秋晴れ。

学期9週目である。

6時起床で大学へ。

授業の合間を縫って原稿書き。

今日は中国語の構造助詞「的」と日本語の格助詞「の」を比較しながら説明する。

中国語の構造助詞とは、ある文における単語や句の構造を示す助詞のことであり、つまり2つ以上の言葉の関係性を示すための働きを持つ助詞のことである。

と書いてもなんのことやらわからないかもしれない(私はわからない)。

たとえば、

 

我的朋友。

无聊的生活。

 

という文には、それぞれ“我”(私)と“朋友”(友達)、“无聊”(退屈)と“生活”(暮らし)という2つの単語が存在するわけだが、それだけだと意味が分からず文が成り立たない(ですよね?)。 

そこに“的”という構造助詞が入ると、それぞれ「私の友達」「退屈な暮らし」というふうに2つの単語の関係性を明らかにすることで意味が生じ、文が成り立つわけである(だよね?)。

 

中国語の構造助詞には「的」「地」「得」の3つがあり、発音はすべて“de”であるが、それぞれ役割が違う。

基本的に「的」は連体修飾、つまり名詞の前に来て後ろの名詞を説明する働きを持つのに対し、「地」は連用修飾、つまり動詞の前に来て後ろの動作を説明する働きを持つ。

たとえば、

 

我喜欢的人。(私の好きな人)

拼命地努力。(懸命に努力する)

 

といった具合に。

 

「得」の役割は、基本的には動詞と形容動詞の後ろに来て、両者の関係性を明示することにある。ここでいう「関係性」とは、たとえば「できるかできないか」とか「うまいかどうか」などの動作に関わる説明である。 

たとえば、

 

我写字写得很难看。(私が書く字は汚い⇒私は字を書くのが下手だ)

我什么时候买得起自己的房子?(いつになったら自分の家を買えるのだろうか)

 

などである。

日本語作文を書く中国人学習者にとって問題となるのは、一番最初の連体修飾の「的」である。

なぜなら、 以下の例のように、この「的」は多くの場合、日本語でいう「の」と置き換え可能だからである。

 

例 

  我的老师。(私の先生。)

  日本的食物。(日本の食べ物) ※この「的」は省略可能

 

中国語と日本語は漢字を共有しているので、日本語を勉強したことがない中国人でも上のような簡単な日本語なら読めてしまう(読めた気になってしまう)ことが多い。

そのため、「ああ、中国語の“的”は日本語では“の”と書くのね」と覚えてしまった中国人も多いのだろう。中国の町中を歩くと、日本製品や日本ブランド(のようなもの)であることをアピールするために、結構「の」が使われているので、簡単に「の」を目にすることができる。

さっき中国のヤフーの知恵袋のようなところで「の」を検索したところ、「『の』って漢字なの?」という質問もあった。それだけ「の」は一般的な中国人のあいだでも馴染んでいるということだろう。

学生さんの作文でも中国語の“的”をそのまま「の」に置き換えているケースを時々見かける。

とはいえ、先に“无聊的生活。”で見たように、“的”が常に「の」になるかというと、そんなことはない。

たとえば 、

 

  很好的人。

        漂亮的花。

 

のような形容詞・形容動詞の後の「的」は、日本語では「良い人」「綺麗な花」となる。

基本的に、形容詞(日本語のね)+的+名詞の場合、「~い〇〇」になって、形容動詞(同じく)+的+名詞の場合、「~(い)な〇〇」になる(と思う、前者は“可爱的姑娘”「可愛い女の子」とか“最美味的菜”「一番美味しいご飯」とか、後者は“干净的房间”「きれいな部屋」とか“安静的环境”「静かな環境」とか)。

ところが、学生さんにとっては形容詞と形容動詞を整理して覚え、それを適切に活用させるのって難しいのである。 

だから、作文を書かせると

 「美味しいなご飯」(「美味しいな、ご飯!」の意味ではない)

とか

 「良いな人間」(これも「人間って、いいね!」という人間賛歌ではない)

 という「余計な『な』」が増殖することになる。

難しい。

「的」の訳し方はほかにもある。

たとえば、

 

      我买的车子。

  他写的书。

 

のように、後ろの「車」「本」という体言(名詞)を「買う」「書く」などの用言(動詞)で修飾した場合、日本語は「私が買った車」「彼が書いた本」となる。

難しい。

「あー、もうめんどくせー」タイプの学生さんは、もうめんどくさくなっちゃって「的」が出てくると全部「の」にしてしまい、「わたしが買うの車」「彼が書くの本」としてしまう。 

さらにズボラな学生さんは、「我買の車子」や「美味の菜」などと日本語の品詞活用すらやめてしまい、なかには最終的に「安静的環境」などと中国語の単語をそのまま書いちゃったりするとんでもない逸材すら出てくるのである。

真面目にコリコリ勉強している学生さんだって、形容詞・形容動詞の後の「的」を、「良いなひと」とか「綺麗の花」とか間違うことがよくある。

「的」は“很难的问题”(難しいな!問題)なのである。


ということで、これは是が非でも説明しなければならない。

しかし、この問題は日本語と中国語に跨って生じている問題である。

つまり、この問題を説明するために、結局私は中国語の勉強もしなければならないことになる。

大変だ。


午前中の授業をこなしたあとも、カップスープと食パンとりんごを口にしながら、キーボードを叩き続ける。

 

ところで、さきほど授業中に学生さんから聞いた話だが、今週は大学の運動会があるので、木・金は授業がないらしい。

……マジ?

常々ご案内のとおり、今学期の私はもともと水・金は授業が入っていない。

おお!

これって、もしかして今週は水曜から5連休ってこと?

おお、神様! ありがとうございます。

いやいや、待った!

そんな世の中そんな甘くはないぞ。

期待させて後でがっかりさせるつもりだろ。

お前らの考えていることはまるっとお見通しだ(by 山田奈緒子)。

ということを(授業中に)口走る。

学生さん、苦笑。

 

とはいえちょっとだけ「5連休」の夢を見たおかげですっかり上機嫌になり、午後も校正2課分と授業をバリバリとひとつ片付ける。

で、18時には退勤。

昨日同様鍋を食べ(今日はラムしゃぶ)、ちょっと散歩して、就寝。

 

22日(火)

風邪をひいた。

私はもともとめったに風邪をひくタイプではなかった。

日本にいた頃は全然ひかなかったはずである(なんとかは風邪をひかないというし)。

それが中国に来てからの7年というもの、毎年2回(春と秋)必ず風邪をひく。

おお、バカがなおったのかな。

んなわけなく、たんに中国(というより内陸都市の重慶・合肥)は寒暖の差が激しいからである。

「7年も住んでんだからいい加減どうにか対応しろよ」と思われるかもしれないが、無茶なことを言ってもらっちゃ困る。

私がここでいう「寒暖の差が激しい」ってのは、季節単位で見た話ではなく、1日スケールでの話である。

重慶なんて「一日の中に四季がある」と言われるぐらいあって、朝10度だったのに太陽が昇ると30度を越すことだってざらなのである。

いくら服を調整しても、身体がついていかないのよ。

そんなわけで今年もちゃんと秋かぜをひいた。

ある意味ではノルマをこなしたので、一安心である。

朝から薬局へ行き、薬を買って飲んだあと、大学へ。

 

机の上を見るとりんごがふたつ置いてある。

これはたぶんO先生(うちの日本語学部にはO先生が3人いる)がくださったものだろう。

なぜだか知らないが、うちの中国人の先生方はときどき私にチョコレートやら果物やらビスケットやらをくれる。

ひょっとして餌付けすべき珍獣かなにかだと思われているのだろうか。

なんてこと言っているが、こういう「小さな親切」は嬉しい。

後で食べよう。

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今日は授業はひとつだけ。

3年生の視聴説である。

先週は教科書を使って授業したので、今日は教科書を使わないことにする。

なにごとも緩急が大事だからね。

ということで、NHKのドキュメント「極夜 記憶の彼方へ~角幡唯介の旅~」を見る。

これは探検家の角幡唯介が極夜の北極を一匹の犬とともにひとりきりで探検する様子を写したものである。

ほんとうに素晴らしいドキュメントである。

私はもう10回は見た。

それをご覧いただくのである。

結構長い映像であるが、始めから終わりまで学生さんたちは画面に釘付けとなり、60分間席を立つものが一人も現れなかった。

すごいね。

角幡の言葉には説得力があるし、人を納得させる不思議な力がある。

私が今回印象に残ったのは「冒険とは現在の認識の外側に飛び出ることだ」という、当たり前と言えば当たり前だが、当たり前すぎて意識していない本質を角幡が実践していたことだ。

これはこの前書いた「書きながら考える」に通じるところもある。

私がこのビデオを学生さんにお見せしたのは、「さあ、みなさんも大学なんかやめて探検の旅に出ましょう!」などとアジるためではない(当たり前だ)。

そうではなくて、「私たちだって日常で『冒険』できるんじゃない?」と問いかけるためである。

学生さんたちに文章を書かせると、よく「私の生活は毎日同じだからつまらない」という文を綴る人がいる。

悪いけど、それは違うよ。

生活が毎日同じなんじゃなくて、あなたの認識が毎日代わり映えしないだけでしょ。

だってさ、天気だって周りの人間だって、そしてあなたの心身だって、ひとつとして「毎日同じ」なわけないじゃないか。

そんなの「当たり前」かもしれないけれど、私たちはその事実を当たり前すぎて意識していない(二回目)のである。

「つまらない」のは生活のせいではない。自分の現在の認識という「壁」を自分自身が設け、強化し続けているからである。

だとすれば、「楽しい」生活のために本当に必要なのは、お金や恋人ではない。

そういうものも大切だし、得た瞬間には新鮮さを感じるだろうと思う。でも、自分の認識が変わらない限り、結局は「飽きる」し「替える」だけじゃないだろうか。そして、それって結局お金や恋人を「大切」に出来ていないと思う。

私にとっての「楽しさ」とは、まさに角幡が言うところの「認識の外側に飛び出る」ことそのものに存在する。

角幡は探検家だから、それを地理的・物理的な旅を通して追求するわけだけれども、同じことを私たちの日常生活で実践することだって可能だと私は思う。 

私にとってそれは、新しい授業のやり方を模索するとか、こういう「ありふれた」身辺雑記を付けるとか、そういう取るに足らないことである。しかし、それらは私にとっては間違いなく「探検」的な試みなのである。 

こういう「ありふれた」「取るに足らない」試みで得られる「楽しさ」は、もちろんささやかなものである。しかしこれは私の努力次第で確実に得ることが出来る「小さいながらも確実な幸せ」(By 村上春樹)なのである。

 

ということを学生さんにお話する。

それ以外にも学生さんたちがこのドキュメンタリーから学ぶことは多い。

たとえば文章を書く時の態度である。

角幡は今回の探検にGPSを使用しなかった(一日中真っ暗な北極でだぜ、頭おかしい)。

理由は「GPSを使うとかえって周りの状況がわからなくなる」からであり、何より「GPSを使うと面白くない」からである。

このような理由で彼は六分儀を携帯し天測をしながら探検を進める算段だったのだが、出発3日目にして波に六分儀をさらわれてしまい、結局北極星を頼りに70日間極夜を旅することになったのである。

学生さんが文章を書くときに当てはめて言えば、「GPS」とは「みんなの意見」である。

確かに「みんなの意見」は正しく便利かもしれないし、安心・安全かも知れない。

でも、それだとかえって「本当に自分が言いたいこと」がわからなくなる。

そもそも「本当に自分が言いたいこと」なんて、「探検」が終わるまではわからないのだ(角幡が70日間さまよった挙句にたどり着いた太陽こそが今回の「出生の記憶」という結論を与えてくれたように)。
 だからさ、まずはさまよいながら歩けばいいと思う。

それはつまり「書きながら考える」ということである。

ということもお話する。

 

お話したあとに時間を上げて感想や考えたことを書いてもらい授業後に提出してもらった。

さすがに「犬がかわいそうです」とか「冒険は怖いです」みたいな文章はなかった。

みんな基本的にはよく考えて書いてくれている。

非常に身体感覚を研ぎ澄まし角幡に同調しなければ得られない着目点を書いてくれている学生さんもいる(最後のりんごがおいしそうとか、角幡さんの目が綺麗だとか)。

その調子。

頑張れ!

 

教室に戻りカップスープとサンドウィッチとO先生からもらったりんごでランチを済ませ、13時から研究計画書作成のゼミ。

あいかわらずOさんが苦しんでいるので、いろいろお話したあといくつかアドバイスを送る(長くなるので詳細は省略)。

 

14時すぎからオフィスで中国人の先生方が会議を始められた。

私のこの仕事の良いところは、会議が全くないところである。

それは言い換えれば権限も責任も与えられてはいないということだが、まあ「外の人」として仕事をするのが私に求められている仕事なので、いいのである。

それに私は会議は嫌いだ。

いや、表現が違うな。

私は「その場にいて話を聞かされるだけの会議」は、嫌いだ。

そして私のようなちんちくりんが会議に参加したところで、結局は「その場にいて話を聞くだけ」なのだから、結局は同じなのである。

というわけで、会議を尻目に仕事を片付け、16時前にはお先に失礼して退勤。


スーパーへ行き、トマトやらセロリやら白ワインやらと一緒に牛モツを買い込む。

これはさっき校正していた教科書の中に「トリッパのトマト煮」が出てきたからである。

なんじゃそれ。

すぐにネットで調べると、どうやらイタリア料理であり、平たく言えば「イタリア風牛モツトマト煮込み」らしい。

なにそれ、美味しそう。

私は自分の「なにそれ、〇〇そう」に素直な人間なので、さっそく自分で作ってみることにしたのである。

ネットで調べたレシピだと牛もつは「ハチノス」(牛の第二胃)を使っていたが、残念ながら売り切れ。なので、センマイ(同じく第三胃)とミノ(第一胃)を購入。

センマイはさっと火を通しただけでも食べられるが、ミノは十分に煮込まないと硬い。

なので、鍋をIHに乗せてミノをセロリなどの香味野菜と一緒にトマトベースのスープでコトコト煮込む。30分ほど煮込む間に自転車でローラーに乗る(ついでに白ワインも冷やす)。

シャワーを浴びてすっきりしたあと、いただきます。

キリッと冷えた白ワインで乾杯(ひとりで)したあと、まずはセンマイをしゃぶしゃぶして頂く。

うまい!

トマトベースのスープとセンマイってあうんだね。

お次はミノ。

これもうまい!

コリコリしていてセンマイとの食感的コントラストが楽しい。

ほかにもセロリやら大きめに角切りしたトマトやらを煮込みつつ白ワインを頂く。

あっという間に750mlを飲み干してしまった。

お腹もだいぶ落ち着いたので、スマホで映画かアニメを見ようとビリビリ動画(中国版ニコニコ動画)を開くと、なんとアニメ版「ピンポン」が全話アップロードされている。

これはビリビリ動画が公式に版権を買い取ってアップしているので、違法動画ではない。

最近の中国は著作権に対する意識が高まっており、以前のようになんでもネットに「落ちている」わけではないのだ。

それはそれとして、おそらく20回目となる「ピンポン」を1話から見る。

やはり素晴らしいアニメである(どこがどう素晴らしいかは語りだすと長くなるので省略)。

素晴らしすぎて最終話(11話)まで一気に見通す。

気づけば23時前。

まずい、明日は原稿書きするために早起きしなければならないのに。

慌てて歯を磨き就寝。

 

23日(水)

 早起きするはずだったのに、目が覚めてみると8時すぎ。

まあ、いい。別に授業があるわけではないし。

 あいかわらず「三本ローラー」に30分乗りながら、こんどは「のだめカンタービレ」を見る。

日本の漫画や漫画原作のアニメには、学びや成長について説得力を持って描いたものが多い。 

なかでも私が学生さんにおすすめするのが、「ピンポン」「ヒカルの碁」、そしてこの「のだめカンタービレ」である。

それぞれ素晴らしい作品であるが、「のだめ」の場合、主人公の千秋(主人公ってのだめじゃないの? という意見もあるだろうが、ストーリーテラーは千秋だし、なにより彼の成長物語だから、私は千秋を主人公として扱うのだ)とヒロインのだめの関係が複雑である。 

つまり、のだめにとって千秋は音楽的にも異性としても憧れの存在なのだが、肝心の千秋が、自分についてくるのだめに対して師匠として振る舞うべきか、それとも男として接するべきか、最後の最後まではっきりしないのである。

のだめ自身も最初は千秋に対して「かっこいい先輩」として憧れているだけだったが、ピアノの楽しさと奥深さを徐々に追い求め始めるに連れて、千秋を音楽的な師として意識し始める。 

まあでも、そもそも千秋に「胸がドキドキ」したきっかけが二人一緒にモーツァルトの「2台のピアノのためのソナタ」を弾いたことにあるのだから、実は千秋の音楽がのだめを「フォーリンラブ」に導いたのである。

そんな千秋は千秋で、のだめの音楽を諦めきれない。のだめの音楽に惹かれてのだめの「お世話」(ご飯作ってあげたり勉強教えてあげたり)しているうちに、のだめそのものへの思いも増していく。しかし同時に、のだめが自分を追いかけてくることの真意と、なにより自分ののだめへの感情を読みきれないからこそ、(ミルヒーに「みっともない」と形容された)煮え切らない態度をとり続ける。

だからこそ物語が立体的に膨らみ、前へ前へと進み続ける。

面白い。

このままずっと「のだめ」を見ていたいのだが、そうもいかない。

10時過ぎに大学へ。

朝食兼昼食(ヨーグルト、バナナ、りんご)をとりつつ、とりあえず校正にとりかかる。

残り4課なので、これは今日中に終わらせたい。

そして心置きなく自分が編集している教科書の原稿書きに勤しむのである。

ということで、昼過ぎまでには校正を終わらせるのである。

 

はい、時刻は14時前です。

予定通り校正を完了し、担当者の先生に送信。

ふう。

これで仕事がひとつ片付いた。

とはいえまだまだ仕事が残っている。

自分の教科書作業もあるが、30枚の作文を添削し、それぞれの作文テーマを書くときに参考となる文章を探してあげる作業をしなければならない。14時からはTさんとSさんが作文の検討に来るし、蔵書一覧を作成する仕事も残っている(デスクの脇にはまだリスト化していない書籍が小山になっている)。

忙しい。

「忙しいならそんな駄文書いてんじゃねえよ」

たしかに。

でもね、こういう文章を書くことで、カオスに渦巻くそれぞれの仕事や作業を整理し、その関係性を一望的に俯瞰できる主体としての「私」を確保できるのだ。

大事な作業なのである。

そうこうしているうちに2人が来たので16時前まで検討。

お腹がすいたし、疲れた。

家に帰ろうかと思ったところで、Tさん(さっきのTさんとは別人)が作文の検討を16時半からしたいと連絡してくる(明日明後日は大学の運動会なので、参加しない学生さんたちは明日から四連休なのだ)。

仕方がないので仕事をしながら待つことに。

お腹が減ってたまらないので、袋ラーメン(重慶小麺味)を半分に割って作って食べる。

重慶小麺といえば、その辛さで有名であるが、多種多様な香辛料と牛脂がふんだんに使われているため、香りが強い。

必然的に日本語学部のオフィスにラーメンの匂いが充満することになる。

ズルズルと完食したあとに、学院全体会議に出席していた中国人の先生方が戻ってきて、「インスタントラーメンの匂いがする」と口々に口にする。

なんかすみません。

 

TさんとCさんが来たので、18時前まで検討会。

疲れた。

残業しているO先生に挨拶して、さっさと退勤。

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前の方で書いたように、今週の木・金・土はうちの大学の運動会が開かれるらしい。

もし明日大雨が降れば 運動会は中止となり、いつもどおりの授業となるのだが、そうなると私は朝から夕方までぶっつづけで6コマこなさなければならない。

頭の隅っこで「雨が降らなきゃ4連休だぞ」と甘く囁く悪魔がいる。

いるが、もしこの悪魔の言うことを信じて「わーい、やったー!」と無邪気に喜んだあとに、「あ、やっぱ雨降ったから授業ね」となってしまっては、多分私は授業に行けないほど落ち込むだろう。

だから、「いや、そんなうまい話があるはずない」「絶対明日は大雨が降る」と逆フラグをいっぱい立てながら、就寝。

 

24日(木)

などといいつつ9時起床。

もし運動会が中止になっていればとっくに遅刻の時間である。

窓の外を見る。

私が授業でも事務室でも「いや、絶対に雨が降ると思いますよ。そんなに人生甘くない」と逆フラグを立てまくったおかげで、ほらご覧なさい。見事な秋晴れでしょ。

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気温も程よく、窓から寝室に吹き込む秋風が頬に気持ちいい。

あまりに気持ちがいいので、今日は仕事をいっさいせずに、一日ゴロゴロすることにする。

なにせこの2週間、土日も大学に行って仕事をしていたのだ。このままでは頭がパンクし身体が潰れる。

休憩することも仕事のうちである。

ということで、カウチポテトで「のだめ」を楽しむべく、近くのローソンに「キンキンに冷えたビール」やら「あったかいおでん」やらを仕入れに行く。

途中でキャンパス内を通ると、おおやってるやってる。

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各学院(ここでいう学院とは日本の大学でいう学部のこと)の上りやら風船やらでグラウンドが飾られて、秋風に揺られている。

スタンドには多くの学生さんがいる。 

彼らはどこからもちだしたのか、金ダライやらバケツやらをドンドコドンドコと叩きながら旗を振り、拡声器でアジるリーダー格の学生さんといっしょに自分の学院の選手を「加油!加油!」と応援している。

結構迫力がある。

この大学に勤務し始めて3年になるが、実は運動会を見るのは初めて。

うちは農業大学なのだが、運動系のサークルや部活が結構盛ん(かつ強い)らしく、学生さん情報によると地元の人達からは冗談交じりで「体育大学」と呼ばれているそうな。

たしかに。

参加している学生さんたちも「マジ走り」である。

運動会に3日もかけるってすごいね。

そんな若人たちを横目に家に帰宅し、ひだまりでまどろみながら思う存分ゴロゴロする。

ああ、極楽極楽。

昼酒で眠くなったので、夕方には就寝。

 

 

 

日記(10.18~20)

18日(金)

授業がない金曜日。

前日遅くに寝たので好きなだけ惰眠を貪る。

9時にのそのそと起き出す。

30分ほどローラーに乗って汗をかき、シャワーですっきりしたあとに大学へ。

さっそくパソコンに向かい日記をアップしたあと、昼まで原稿を書き進める。

昼休みには気分転換として、もう一冊の方の教科書(視聴説)を校正。

これは現在2校の段階であるが、半分片付けた。

そうこうしているうちに14時となり、作文教科書の方で作文を書いてくれているTさんとSさんが作文の検討に来る。

ふたりとも少しずつ文章を書くということの難しさと楽しさがわかってきたようで、私の指導への反応の速さや理解度が以前とは格段に違う。

楽しい。

1時間ほどで検討が終わり、ふたりが帰ったあとも17時まで執筆。

疲れた。

秋空の下、買い物のためスーパー経由で家に帰る。

どうでもいいことではあるが、以前は全く気にならなかった静電気に、合肥に来てからというものこの時期がくると毎年悩まされるようになった。

今回はスーパーの棚から缶チューハイを取ろうとした瞬間“バチバチ!”と来た。

思わず「ひえっ!!」と声を上げてしまい、隣にいたお姉さんに毛虫を見るような目つきでジロジロ見られる。

恥ずかしい。

静電気は乾燥すると生じやすいという。
いかに日本や重慶が多湿だったかがよくわかる。
それともあれか。

私の体の老化が進むことで、お肌から潤いが年々失われているというのだろうか。

わからない。

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そんなことを考えながらお会計を済ませ帰宅。

さらに30分ローラーに乗る。

シャワーを浴び、夕食をいただきながらお酒を飲んでほっこりする。

思えば2週間近く外で自転車に乗っていない。

今週末ロングライドに出るか、それとも仕事を進めるか、悩む。

まあ、明日のことは明日決めることにして就寝。

 

19日(土)

3時半に起床。

いちおうロングライドに出る用意を昨晩しておいたのだが、ちょっとダルい。

ということで、二度寝。

9時までぐっすり眠る。

起床。

ドキュメント『もののけ姫はこうして生まれた』を見ながらローラーに40分乗る。

宮崎駿の「意味なんて考えて作っていない。映画は自分で映画になろうとする」という考えはいつ聞いてもその通りだと思う。

私は映画を作ったことはないが、文章だってそうし。

自分の手持ちの言葉では片付けられない主題について、あーでもないこーでもないと筆を進めていくうちに、いつしか筆が勝手に進みだし、ふわふわと言葉が出てくる境地に達することがある。

私がそれを最初に体験したのは卒論執筆時だった。

このときはカントやらルソーやらを引用しながら筆を走らせているうちに、なんだか楽しくなってしまい、気づくと4万字近く書いてしまった。

修論執筆時には、気づいたら丸一日身じろぎせずに言葉を手繰り寄せていたこともある。

それはこれまで体験してきた学校作文のような用意した言葉を紙上に再現していく営みではなかった。

初めは確かに自分が言葉をタイプしているにもかかわらず、気づいたときには紙上に浮かんでくる見知らぬ言葉たちの後を自分が追いかけているような作業であった。

それはちょうど、自転車で走り始めるときには「私がペダルを踏む」状態だったのが、徐々にスピードに乗ることで「ペダルが勝手に回り出す」のと似ている。 

私は作文の授業で学生さんたちに「もっとよく考えて書いて欲しい」とお話するが、同時に「考える前にまずは書いて欲しい」ともお願いする。

矛盾した要求に聞こえるかもしれないが、文章を書くとはそういうことだから仕方がない。

私が言う「もっとよく考えて書いて欲しい」とは、「自分の足でペダルを回せ」(他人の言葉で問題を解決した気になるな)という要求であり、「考える前にまず書け」とは「ウダウダ言ってないでとりあえず自転車に乗れ」ということである。

多くの学生さんは、書く前から「字数制限が~」とか「間違ったことを書いたら心配だ~」とか、そういうことを考える。

言っちゃ悪いけれど、それって時間の無駄ですよ。

まずは書かなきゃ。

私が学生さんの持ってきた作文に「もっと詳しく」とか「具体的に」などと注文を付けると、多くの学生さんは「それだと文字数が制限を超えます」などと心配げな顔をする。

あのね、そんなことを今は気にしちゃダメなの。

まずはたくさん書きながら、文章を膨らますことが大切なんだから。

それはボディビルと同じだよ。

なに?意味がわからないって。

あのね、ボディビルって、まずはたくさん栄養を摂取しながらトレーニングを重ねることで、筋肉と脂肪を同時につけるの。

そしてそのあとで摂取カロリーを落としながら脂肪を削りつつ、筋肉を維持するためにトレーニングを続けるのだ。

こうして見事な身体を目指すわけである。

これは文章を書く際も同じである。

まずは文字数とか構造など気にせず、とにかく筆に任せて書いてみる。

そうして現れた文章の中からキラリと光る部分を見つけ出し、それを磨き上げながら不要な部分をばっさりとカットする。

いわゆる「推敲」と呼ばれる作業だ。

いきなり文字数とか正しさとか、そういう制限を設けて文章を書いてしまうと、そこにあらわれるのはたいてい慣用句や定型表現にまみれた貧相な文章である。 

執筆とは本来無条件であり自由なものでしょう。

そこをなくしてパラグラフ・シンキングなど教えても、学生さんたちは既存の視点や知識を切り貼りしたものを持ってくるだけである。

どんなに些細なものでもいいから、自分の文章を書くためには、自分なりのインスピレーションが必要であると私は思う。

「ごんぎつね」の作者として知られる新美南吉は、「童話における物語性の喪失」と題した文章のなかで、次のように指摘する。 

 

 放送局がラジオ小説を募集するとき次のような条件をつける。一、三十分で完結するもの。一、登場人物は×名位が好都合である。一、明朗健全にして、国民性をよく発揮しているものであること。そしてこれは辞ってはないが、芸術的にすぐれた作品でなければならぬことは勿論である。これらの諸条件を聞かされると、人は、それに一々適った作品を書くことはいかにむつかしいかを思うのである。昔からよい作品は霊感によって生まれるといわれている。霊感は、また「閃く」という述語をいつも従えている。して見るとそれは稲妻のようなもの、我々のままにならぬものなのである。かかる性格の霊感にこれらの条件を押しつけるのは、稲妻に向かって、「火の見櫓を伝って下りて来て、豆腐屋の角を右に折れて、学校道に出て、崖の下に牛がいたら、崖上の細道を通って、そして私の家まで来なさい」と注文するのと同じように大層無理な話である。だから霊感は逃亡してしまう。そしてその結果は悪い作品だ。これは当然のことだと人々は思う。

(中略)

 ジャアナリズムのかかるやり方が害毒を流してしまった。何故なら註文を受けた作家たちは、七枚、あるいは二十枚、あるいは百五十枚と、恰度洋服屋が客の註文に応ずるように、ジャアナリズムの註文通りの寸法に書かなければならない。しかもこの場合、作家は洋服屋より一層困難である。洋服屋には何呎でも服地はある。だから大きい寸法には大きい服地をもって臨むばかりだ。しかし作家にはいつでも、いかなる寸法の註文にでも応じられる大小様々の素材のストックがあるわけではあるまい。或る場合には、三枚の素材を七枚の作品に仕あげ、或る場合には五枚の素材を二十枚にひきのばす。零の素材から数枚の作品が生ずるという、物理的に不可能なこともここではしばしばあり得る。何にしても作家たちの関心事は洋服屋の関心事と同じである。先ず寸法にあったものを造ることなのだ。 

 ここから文学が貴重なものを失った事実は、容易に首肯される。文章をひきのばす努力のため、簡潔と明快と生気がまず失われ、文章は冗漫になり、あるいはくどくなり、あるいは難解にして無意味な言葉の羅列になった。同時に内容の方では興味が失われ、ダルになり煩瑣になってしまった。これらをひっくるめて物語性の喪失と私はいいたい。

  千葉俊二(編)『新美南吉童話集』(岩波文庫、pp311-3)

 

新美が正しく指摘するとおり、霊感(インスピレーション)は私たちの思い通りにならないからこそ霊感たるものである。 

私の理解する霊感とは、人間が既存の枠や目的に囚われていない自由な状態で、無我夢中になにかを追い求めている状況で、初めて出会うことができるものである。 

インスピレーションとは、人間の創作がどこかの時点で「私がなにかを作る」から「なにかが私に作らせる」へと質的転換を迎える(宮崎駿はこのことを「映画の奴隷になる」と表現している)まさにそのときに、しっぽを見せるのである。

それは学生さんが書く作文でも同じである。

最初から文字制限という枠組みや「正しい作文」という規範を設けてしまうと、いくら原稿用紙の枚数を積み重ねたところで、完成するのは「他人の意見」である。

以前も書いたことではあるが、「自分の意見」とは、自分が良いと思った他人の意見や慣用句を寄せ集めて書かれたものではない。

私が言う「自分の意見」とは、「自分でもこんなことを考えていたとは知らなかった」ような意見である。

したがって、「自分の意見」を書くとは、文章を書くたびに夢の中で新たな自分に出会うという新鮮な体験である。 

だから、「自分の意見」を書き上げた瞬間には、まるでふたたび生まれてきたかのような不思議な感覚を覚えるものである。

私はそのことを卒論執筆で知った。

だから私は卒論という課題が真剣に取り組まれれば、それは非常に教育的なものになると考えているのである。

おそらく人間が創造的な営みに熱中するのは、それをすれば金になるとか名声が得られるとか以上に、この「夢を見て生まれ変わる」体験が単純に楽しいからではないかと思う。 

気持ちいいし。

文章を書く前に「文字数が」とか「模範作文を」とか、そんなちゃちなことを考えてちゃ、「夢」を見れるはずがないし、「生まれ変わる」こともできない。 

日本だろうが中国だろうが、学校教育の作文指導が「文章を書くのが楽しい!」という学生たちを多く育てることに成功していると私は思わないが、その原因はここらへんにあるのではないかと私は思う。 

作文の授業を通して「書くのって楽しい!」と体験させることができていないのだ。

だって、そもそも指導する教師自身が作文書いてないことがほとんどだし、無理はないよね。

 

そもそも筆を置くまで「私が書きたいこと」が実際には何かなんて誰にもわかるはずない。

なのに「あなたが書きたいことを書きましょう」なんていうから、学生たちは今の自分に見える「それっぽいこと」を寄せあつめて作文を書いてしまう。 

昨日ローラーに乗りながら見た「スタジオジブリ物語」では、高畑勲が宮崎駿の「もののけ姫」を批判する場面が紹介されていた。

そのなかで堀田善衛の「我々は背中から未来へ入っていく」という言葉が紹介されていた。 

「我々は背中から未来へ入っていく」

確かにそのとおりである。

未来というものは、その語義からして「未だ来ていない時」なのであるが、ここでいう「未だ来ていない」とは(たとえば私が駅のホームに立っていて、向こうから近づいてくる電車を眺めながら)「おお、まだ来ていないな」というふうに空間的に把握できるものではない。 

「そもそも来るかどうかすら、オイラにはわからんよ」という存在、それが未来である。

「そもそも来るかどうかすらわからんよ」というのも、私が駅のホームに立って「来るかな? 来ないかな?」などと待つのとは違う。

未来とは、そうやって「来るの? 来ないの?」と私が待っている駅のホームを突然消し去ってしまったりするものなのである。 

私たちは決して未来を把握できない。

なぜなら「私たちに決して把握できない」からこそ未来だからである。 

私たちは決して未来を把握できない(大事なことだから2回書く)。

しかし、「私たちに決して把握できないものが存在する」ということに謙虚であることはできる。 

話を文章を書くということに戻すが、「私が書きたいもの」とは「私たちに決して把握できないもの」そのものである。

だって、「じゃあ『あなたが書きたいもの』を見せて」と言われて「はい、これ」と提示することなど不可能だからだ。

仮に他人の文章を持ってきて「こういうのが書きたい」と言うならば、それは「私が書きたいもの」ではなくて「私が書きたいものに近いもの」と言うべきだろうし、仮に自分が書いた文章を持ってきたとしても、それは「私が書きたいもの」を書いた結果、つまり「私が書きたかったもの」に過ぎないからだ。

「私が書きたいこと」とは未だ存在しないし、そんなものが存在するのかすらわからない。

その点で「私が書きたいこと」とは未来的存在そのものであり、ただ「私が書きたいことがある」という予感だけがあるにすぎないのだ。

その点で未来と同じである(私たちは未来を予感はできるが把握はできない)。

だから人は言葉を綴るのであるが、その結果目の当たりにする結果は、実のところ「私が書きたかったこと」などではなく、「そんなものを書くとは思わなかったこと」である。

私たちは自分が書いた文章を「自分が書いた」としか捉えられないので、「私が書きたかったのはこれだ」と思い込んでいるだけである。しかし、なぜ書いている時の自分でない「他人」同然の読み手の自分が、「これこそ私が書きたかったものだ」などと判断できるのだろうか。

文章を書くという行為は、書く前も後も、自分を二つに割るという行為である。文章を書いている時に、文章を書いている自分と読んでいる自分を中枢的に支配している自己など想定できない。書いている自分と読んでいる自分との媒になっているのは、自分ではない「なにか」である。

このことに気づき、「なにか」に対して謙虚である人間は、決して「俺の頭の中にいま存在するものを紙の上に再現しよう」などとは思わない。 

内田樹は文章を書くということについて、こう述べている。

 

文章を書く。ある程度書いたあと、それを読み直す。
すると、ところどころ「これは違う」という箇所に出会う。
形容詞のなじみが悪い。主語の位置の落ち着きがわるい。読点がないほうがいい。「しかし」が二回続いている。最後に「ね」があるのがべたついて不快だ・・・というふうに、私たちは自分自身の文章を「添削」している。
だが、このとき添削している私と書いた私はどういう関係にあるのか。
そもそも何を規範として添削を行っているのか。
「美文」というような基準ではない(そんなものは存在しない)。
私が添削しているときに準拠している規範は「自分がいいたいこと」である。
けれどもそれは書かれた文章に先行して存在していたわけではない。
添削するという当の行為を通じて(大理石の中から彫像が現れてくるように)、しだいにその輪郭をあらわにしてくるのである。
「自分がいいたいこと」という理想は、書くことを通じて、現に書かれたことは「それではない」という否定形を媒介して、あらゆる否定の彼方の無限消失点のようなものとしてしか確定されないのである。
まず「言いたいこと」があり、それを運搬する「言葉」がある。「言葉」というヴィークルの性能を向上させれば、「言いたいこと」がすらすらと言えるようになる。というのが通常の「文章修業」の論理である。
しかし、「言いたいこと」というのは、言葉に先行して存在するわけではない。それは書かれた言葉が「おのれの意を尽くしていない」という隔靴掻痒感の事後的効果として立ち上がるのである。

Voiceについて - 内田樹の研究室

自分の「言いたいこと」とは未来的存在である。

未来的存在とは、「自分」に予感は出来ても把握はできないものである。

私が言う「なにか」とは、内田が言うところの隔靴掻痒感をもたらす存在である。

「なにか」が存在しなければ、そもそもは「自分が言いたいこと」も湧き上がってこないのである。

だから、自分の「言いたいこと」に真摯であればあるほど、「言いたいこと」をちゃんと事前に準備してから文章を書くという指導をできるはずないと私は思う。そんなことをしてしまえば「なにか」が生じにくくなるからである。

私が作文の授業で口角泡を飛ばして「考えてから書くのではなく、書きながら考えてください」というのもこのためである。

「書きながら考える」、そして「読む」、さらに「書きながら考える」。

自分の「言いたいこと」に出会うためには、このもどかしいプロセスを(内田が言う隔靴掻痒的に)すっきりさせることなく繰り返していくしかないと私は思う。

ところでショーペンハウアーは、「書きながら考える」タイプを「執筆にとりかかる前に思索を終えている」タイプより、低次な書き手として考えていたようである。

彼はこう書いている。

 

(略)およそ著者には三つのタイプがあるという主張も成り立つ。第一のタイプに入る者は考えずに書く。つまり記憶や思い出を種にして、あるいは直接他人の著作を利用してまで、ものを書く。この種の連中は、もっともその数が多い。第二のタイプの者は書きながら考える。彼らは書くために考える。その数は非常に多い。第三のタイプの者は執筆にとりかかる前に思索を終えている。彼らが書くのはただすでに考え抜いたからにすぎない。その数は非常に少ない。

 第二のタイプの者、書くまでは考えない著作家は運を天に任せて出かけて行く狩猟家に似ている。獲物も豊かに家路につくことはむずかしいはずである。これに反して第三のタイプの著作家の著作は追猟に似ている。この奇妙な方式の狩猟では、あらかじめ獣がすでに捕らえられて、檻の中に入れられている。次にその獣の群が別に用意された同じく囲いつきの区域に放される。つまり獣は狩猟家から逃げることができないという段取りになっている。したがってもはやねらいをつけて発射(表現)しさえすればよいわけで、これこそ間違いなく相当な獲物を獲得する狩猟である。

ショーペンハウアー『読書について』(斎藤忍随訳、岩波文庫、pp27-)

 

私はショーペンハウアーの毒舌と厭世観が嫌いではないが、この考えにはちょっと納得いかない。

 私が思うに哲学という営みの基本は懐疑である(当たり前か)。

その懐疑の対象は世間一般の「常識」や「当たり前」となるのだが、それ以前に自分自身の認識を懐疑することが哲学的な「マナー」である。

たとえ「俺は絶対的に正しいはずだ」と心の中で思っていたとしても、この「マナー」なしに世間一般や他人を懐疑したところで、それは中学生の小賢しさと大して変わるところはない。

有名なデカルトの「我思う、ゆえに我あり」(コギト・エルゴ・スム)だって、いろいろと世間一般を疑いながら、結局は「疑っている自分を疑う」ことで、「自分を疑っている自分の存在そのものは疑いのない事実である」というところに行き着いたからこそ、得られたものである。

デカルトは『方法序説』でこう述べている。 

 

生き方については、ひどく不確かだとわかっている意見でも、疑う余地のない場合とまったく同じように、時にはそれに従う必要があると、わたしはずっと以前から認めていた。これは先にも述べたとおりである。だが当時わたしは、ただ真理の探究にのみ携わりたいと望んでいたので、これと正反対のことをしなければならないと考えた。ほんの少しでも疑いをかけうるものは全部、絶対的に誤りとして廃棄すべきであり、その後で、わたしの信念のなかにまったく疑いえない何かが残るかどうかを見きわめねばならない、と考えた。こうして、感覚は時にわたしたちを欺くから、感覚が想像させるとおりのものは何も存在しないと想定しようとした。次に、幾何学の最も単純なことがらについてさえ、推論をまちがえて誤謬推理(誤った推論)をおかす人がいるのだから、わたしもまた他のだれとも同じく誤りうると判断して、以前には論証とみなしていた推理をすべて偽として捨て去った。最後に、わたしたちが目覚めているときに持つ思考がすべてそのまま眠っているときにも現れうる、しかもその場合真であるものは一つもないことを考えて、わたしは、それまで自分の精神のなかに入っていたすべては、夢の幻想と同じように真でないと仮定しよう、と決めた。しかしそのすぐ後で、次のことに気がついた。すわなち、このようにすべてを偽と考えようとする間も、そう考えているわたしは必然的に何ものかでなければならない、と。そして「わたしは考える、ゆえにわたしは存在する[ワレ惟ウ、故二ワレ在リ]というこの真理は、懐疑論者たちのどんな途方もない想定といえども揺るがしえないほど堅固で確実なのを認め、この真理を、求めていた哲学の第一原理として、ためらうことなく受け入れられる、と判断した。

     デカルト『方法序説』(谷川多佳子訳、岩波文庫、pp45-6)

デカルトの「感覚は時にわたしたちを欺くから、感覚が想像させるとおりのものは何も存在しないと想定しようとした」とか「幾何学の最も単純なことがらについてさえ、推論をまちがえて誤謬推理(誤った推論)をおかす人がいるのだから、わたしもまた他のだれとも同じく誤りうる」とか「自分の精神のなかに入っていたすべては、夢の幻想と同じように真でないと仮定しよう」とかいう懐疑を「んな極端な」とか「それを言っちゃおしまいよ」と思う方もいるかもしれないが、実際にそういうことが「ありうる」のは事実である。 

事実である以上、そのことを計算に入れることは、大切な知性の働きである。

とはいえ、これを突き詰めていくと、「なんもわからんもんね」という境地にたどり着いてしまい、「人間なんてそんなもんよ」という虚無主義に陥ってしまう。

デカルトがすごいのは、ここで「なんもわからんかもしれんけど、でもこうやってウダウダ言っている『なにか』は確かに存在するでしょ」という、当たり前の事実に気づいたことである(普通の人間は気づかない、そこまで疑わないから)。 

この事実を知ったうえでものを考える人間と、自分の誤謬性や世間一般の絶対的無謬性を疑わずにものを考える人間とでは、見えるものが違ってくると私は思う。 

そのうえで先のショーペンハウアーが書いている「第三のタイプの著作家の著作は追猟に似ている。この奇妙な方式の狩猟では、あらかじめ獣がすでに捕らえられて、檻の中に入れられている」という表現に、哲学的に不遜なものを私は感じるのである。

ようは彼が言っているのは「頭の中に準備済みのものを紙上に再現してく」ということである。

そこではどんな「獣」が捉えられるか、すでにわかりきっている。

しかしそれって、「私」という確固たる思考の枠組みの中で展開される予定調和な思考作業ではないだろうか。

そして、「私」という確固たる枠組みが無謬なものであり誤謬を含まないものであると、誰に断言できるのだろうか。 

哲学的思考とは、世間一般や他人への懐疑や批判を展開しながらも、そうした言語活動を展開している自己の知性への懐疑や批判をも同時進行的に行うべきものではないだろうか。

そういう点で、私はショーペンハウアーが言うところの「第二のタイプ」、つまり「書くまでは考えない著作家」(ドイツ語が読めないから翻訳の問題なのかどうかわからないが彼は直前では「書きながら考えるタイプ」と言っていたはずである)、「運を天に任せて出かけて行く狩猟家」の方が、より哲学の王道を行っていると考える。

なぜならば、このようなタイプは、自らの誤謬性を前提としながらも、とりあえず前に進もうとする書き手だからである。

「狩りに出る」度に想定した猟果を得る「書き手」は、ようは自分の世界のなかで予定調和な平和を味わっているだけである。このような狩人は、豊かな猟果を得ることはできるかもしれないが、自分の狩場の外側にほかの世界が存在することに、死ぬまで気づくことはない。

「書きながら考える」人間は、たとえ予定した猟果を得られずとも、というよりもむしろ予定外の猟果にその都度出くわすことで、「俺の狩場」というフレームワークをその都度更新していくことができる。

私はそう思う。

勝手な想像であるが、ショーペンハウアーだって原稿を書くときには草稿を書いたり推敲したりしたはずである(まさか一度も朱を入れることなく一筆書きで書いたわけではあるまい。それともそうなのかな?)。

私は「書きながら考える」のは大切なことだと思う。

もちろん、その結果を他人に伝えるときにはある程度整理することは大切だ。

しかし、それはお客さんに料理を出す時の話であって、「仕込み」が必要ではないということにはならない。 

「書きながら考える」というのは、「自分の考え」を仕込む作業であると同時に、「自分の考え」を絶えず打ち破りながら深化させていく大切な過程である。

そして、これは日本語で作文を書く学生さんにとっても大切である。

大学で日本語を教えるものとして、私の仕事は単に日本語で「正しい」文章を書く事のみを教えることにとどまらないと考えている。 

いわゆる独創性とか自律的な思考能力とかオリジナリティとか、そういうものを育成することだって、大切な教師としての仕事である。 

そしてこのような能力とは、「俺が思う俺」とか「俺が書きたいもの」なんてちっぽけな「狩場」を、自分で刷新しつづける態度なのである。

 

原稿と校正が一段落したので、16時前に帰宅。

スーパーで買ったいつもの食材でいつもの酒を飲み、いつもどおり就寝。 

 

20日(日)

なぜか午前1時に突然目が覚める。

目が冴えて眠れないので、仕方がなく缶ビールを飲みながら本を読む。

結局6時に寝付く。

起きたのは13時。

貴重な秋晴れの日曜日の半分を寝て過ごしてしまった。

まあいっか。

「ネジを巻かない日曜日」(By 村上春樹)である。

とはいえ、仕事がたくさんあるので、30分ローラーに乗って汗をかき、シャワーを浴びたあと、大学へ。 

視聴説の教科書とO主任が編集している語彙の教科書の校正を1課分済ませる。

 明日は6コマ入っているので18時前に帰宅。

いつものスーパーに寄ると、「鍋フェア」をやっている。

いいね。

確かにそういう季節である。

「鍋フェア」では、しゃぶしゃぶ用に薄切りにした羊肉と牛肉が500グラム35元で売られていたが、一人でそんなに食べると太る。

ということで、鶏の水炊きにすることに。

鶏好きだし。

安売りされていた冷凍手羽元としいたけ、えのき、白菜、青菜などを購入し帰宅。

30分ローラーに乗ったあとにさっそくいただく。

美味しい。

あっさり味だけどそれが身体に染みる。

スープなんか鶏皮の脂が染み出して絶品。

鍋底に残った最後の一滴まで飲み干す(結局太るじゃん)。

鍋で温まったあとはゆっくりとお風呂に浸かりポカポカに。

明日の仕事に備え早めに就寝。 

日記(10.15~17)

15日(火)

6時起床。

今日は授業はひとつだけ。

あいかわらず朝から原稿書き。

文法がご専門のS先生が事務室にいらしたので、私が書いた「ハとガ」の説明に対するご意見を伺う。

S先生はやっぱり専門家だけあって、私が自分で「ここが弱いなあ」と思っていたところを笑顔でズバズバついてくる。

ありがたい。

私はこの教科書では、できるだけ文法用語を使わずに、その語が作文を書く際に持つ機能や役割に沿って説明したいのだが、そうすると一文一文の場当たり的な説明になる恐れもある。

作文を書く場面で使われる「ハとガ」の全てをできるだけ包括できるカテゴリーを設けて説明しなければならない。

そのことをS先生は正しく指摘してくださった。

感謝である。 

 

 

10時から3年生「視聴説」。

今日は教科書の第5課「飲食文化」である。

内容に入るまえに、まずは教科書に載っている「ガイダンス」の文章を読んでもらう。

こんなことが書かれている。 

 

 「命は食にあり」という言葉が示すとおり、人間と飲食は切っても切り離せません。しかし、私たちは単に生きるための栄養補給として飲食文化を発展させてきたわけではありません。人類は、自分たちが生活している環境で恵まれた食材を、できるだけ健康的かつ文化的に、なにより美味しく食べるために、調理法や供し方を工夫しながら、それぞれ個性的で豊かな飲食文化を発展させてきたのです。

 したがって、異なる地域の飲食文化を観察する際には、その表面だけにとらわれたり、先入観に引きずられたりすることなく、「おいしく食べたい!」という人類共通の思いを満たすために、異なる環境や条件のもとで暮らす人々がどのように試行錯誤しながら飲食文化を形成してきたのだろうかという視点を持ちながら、映像を見てほしいと思います。

 

うんうん、なるほどね。

私もそう思うよ。

だって、自分で書いた文章だから(手前味噌とはこのことである)。

厚顔無恥を承知のうえで、それでも「そうだよなあ」と思う(文章表現の拙さはあるが)。

ここで書いたことこそが私が「飲食文化」を学ぶ学生さんに理解してほしいことである。

だから教科書のガイダンスを書くというお仕事をもらった時に、こんなことを書いたのだ。 

先の文章で書いた視点は机上でひねり出したものではなく、私の体験から来ているものである。

私は今年で海外生活7年目を迎えた。

そのうえで異文化の人々と交流する際に、いろいろとデリケートな要素が存在することを身を持って理解してきた。

そんな私の経験上、もっともデリケートな問題は、実は飲食に関するものである。 

具体的な話をしよう。

以前勤務していた大学にはアメリカから来たベジタリアンの同僚がいた。

彼らはとても良い人達で、私の下手な英語にも嫌な顔せず付き合ってくれたので、よく食事をしながらおしゃべりしたものである。

ただ、私は彼らとの付き合いの中で、ひとつだけ解せぬことがあった。

それは彼らが、自らが参加する食卓に肉や魚がのぼることを決してよしとしなかったことである。

彼らは私と食卓を囲む際、私が肉や魚をオーダーしようとすると、まるでカバンの底から出てきたいつのものかわからない汚れた靴下を見るかのような目で私を見た。

仕方がない。

私は彼らとご飯を食べるときは動物性タンパク質の摂取を諦めることにしたのである。

しかし、中国で「野菜だけ」の食事会をするって、なかなか難しいよ。

まあ、それはいい。

話を戻そう。

別に私はベジタリアンに対してどうこういいたいわけではない。

彼らが自らの主義を貫くのは彼らの自由である。

しかし、食卓を囲む他人が口にするものに対して、自分の主義から「それは頼むな」というのは、ちょっと違うのではないだろうか。

話題を変える。

あるとき私は日本から来た客人を中国の大学側の一員として接待したことがあった。

中国側の大学は宴会を開き、地元の特徴ある料理を振る舞ったのであるが、その卓の上には海外からの客人のために「田鶏」が供されていた。

この食材、漢字だけ見ると鳥料理のようだが、実は「ウシガエル」である。

「田んぼに棲んでいる鶏肉っぽい食感の食材」だから、まあわからなくもないね。 

日本から来た客人は、この「田鶏」を指さしながら、彼の隣に座って接待していた私に「これ、なんですか」とご下問された。

私はそれが「ウシガエル」であることを告げ、

「日本ではあまり食べませんが、こっちでは一般的な食材ですし、なかなか美味しいですよ。いかがですか?」

とおすすめした。

すると彼の日本人は、眉をひそめ口をへの字に曲げ、胸の前で両手をブンブンと振りながら、「いやいやいやいや、無理です」と断ったのである。 

むろんその場には多くの中国人(うち数人は日本語を解する)がいたわけであるが、客人に当地の食べ物を振舞った挙句、「いやいやいやいや、無理です」と言われた胸中はいかがなものだっただろうか。

私は中国人ではないが、正直嫌な気持ちになった。

彼だって、彼の地元(どこだったかな)の名物を中国からの客人に振舞った時に、その中国人から、

 

天哪!你们这边吃这么恶心的东西吗?哦,我无法理解。(うげえ、あなたたちはこんな気持ち悪い物を食べるんですか? 理解できない……。)

 

的な反応をされたら気分を害するだろう(まあ、彼はそこまでの反応はしなかったが)。

もちろんアレルギーがあるとか体の調子が悪いとかなら仕方がない。

しかし、そうでないのならば、出されたものをできるだけ口にしてみるのは大事なことだと私は思う。まあ、礼儀というものは他人に説くものではないとも私は思うから、別に他人にどうこう煩く言うつもりはないが。

要するに私が言いたいことは、異文化交流において食というものはかなりデリケートな問題になりうるということである。

だから私は中国でも日本でも、出されたものは必ず口にすることにしている。

そして幸運なことに、「うっわ、まっず!」と思った経験が一度もない。

食わず嫌いが多い食材(ピータンとかパクチーとか犬とかカエルとか)でも、私は美味しくいただくことができる。

それがどれだけの利益を私にもたらしたかどうかはわからないが、すくなくとも「出したものをニコニコぱくぱく食べる外国人」として私は自然に振舞ってきた。

そういうのって異文化で生活する上で大事だと思う。

ということをお話する。

「それって先生が食い意地張っているバカ舌なだけじゃ……」

うん、それ言わないで。

 

授業後はいつもどおり13時から研究計画書作成のためのゼミ。

OさんとSさんにいろいろお話する。

夜にその2人と近所の日本料理屋へ行って、引き続きお話する。

研究というものは孤独なものである。

今までの自分の言葉では表現できないものを自分の言葉で表現しなければならないという、いわば矛盾に満ちた、引き裂かれた人間の活動だからだ(他人の言葉で説明するには研究ではない)。

それはセミが羽化するのに似ている。

教師ができることは、そんな宙ぶらりんでもがいている学生さんに対して、ただただ話を聞いてあげるとか、言葉をかけてあげるぐらいである。

それは私が教師として未熟だからではなく(未熟だが)、そもそもがそういうものだからだ。

だって、代わりに書いてあげるわけにはいかないでしょ。

頑張れ。

 

16日(水)

オフ日。

前日少し飲みすぎたようで、9時半まで爆睡。

10時に大学へ行き、またS先生と「ハとガ」談義。

私が文章としてまとめた「ハとガ」の説明を、昨日イラスト担当のSさんが可愛い絵にまとめてくれた。 

なかなかわかりやすくて良いのだが、文法の専門家の目にどう映るかチェックするために、S先生にもその絵を見ていただいた。 

今日指摘されたのが、(絵についてではなく)私の「ハとガ」のカテゴリ分けについてである。

つまり、私が分類した「ハとガ」のカテゴリ分けの中の、「判断のハ」「断定のガ」という2つの区別がつきにくいということである。

「判断のハ」とは、たとえば、

 

(遠くのグラウンドを走っている人物を眺めながら)「あれは誰だ?……ああ、グラウンドで走っているのは、先生です」

 

という場合のハであり、「断定のガ」とは、

 

(グラウンドには座って話し込んでいる二人組と走っている人物がいるが)「3人いるけれど、走っているのが先生ですよ」

 

という場合のガである。 

文法的には、先の例文のハのあとに来る情報(つまり「先生」)は聞き手にとって未知の情報であり、ガのあとに来る情報(「先生」)は聞き手にとって既知の情報であるとされる。

つまり、「グラウンドで走っているのは」という発語がされた時点では、聞き手はまだ「先生」という話題の存在を知らないのに対し、「グラウンドで走っているのが」という場合は、この発語がされている時点で既に「先生」という話題は聞き手-話し手に共有されているのである。 

とはいえ、作文教科書においてこれを説明する意義があるのかどうか、私にはよくわからない(学生さんの眠気を誘いそうだし)。

なので、そういう文法知識はショートカットして、イラストとともに「判断のハ」「断定のガ」とカテゴリ分けしたのである。 

S先生のご指摘は、ずばり「判断と断定って同じじゃないですか?」というものだった。 

同じような質問をおとといLさんもしていた。 

もしかして、これって中国語と日本語でよくある「同じ単語・微妙に違う意味」というやつだろうか。 

たしかにネットで調べてみると、中国語の“断定”は、

“如何断定丈夫出轨”(夫が浮気をしているとどうやって判断する?)

のように、日本語で言う「判断」の意味で使われている例もある(後ほど意見を伺ったL先生が言うように、この中国語はおかしいという意見もある)。

ほかの日本人がどうお考えか私は分からないが、すくなくとも日本語の場合、私は「判断」と「断定」は違うと思う。 

「判断」とは、あるものごとの善悪や好悪、性質などの事柄について、人間が主体的に認識し思考したあとになんらかの一時的・一面的評価をつけることであり、「断定」とは、ある物事に対して最終的かつ決定的な評価を下すことである。

心配なので講談社の『類語大辞典』を引いてみると、次のようにある。

 

【判断する】前後の事情などから考えて、確かにそうであろうと決めること。「公正に~する」「~を誤ると人命にかかわる事件となる」「文脈から意味を~する」

【断定する】はっきりとした判断を下すこと。「彼を真犯人と~する」

 

やっぱり日本語の「断定」は「決める」とか「思う」ではなく「下す」という動詞を使って説明されるほど、重く強い語気を持つようだ。

だからさっきの中国語の“如何断定丈夫出轨”を「夫が浮気をしているとどうやって断定する?」と訳してしまうと、まるで奥さんが旦那と別れたがっているから探偵に調査を依頼するような意味合いになってしまうが、原文の意味はそうではなくて、「うちの人最近帰りが遅いけれど、他に女がいるんじゃないかしら……なんか不安だわ」ぐらいの軽さを伴ったものなのである。 

難しい。

話を戻そう。

「グラウンドを走っているのは先生です」は、「グラウンドを走っているのは……」という節のあとに「人間です」とか「犬ではありません」とか「男です」とか「私のタイプです」とか、いろいろ続きうる情報の中から「先生です」という、発し手の主観的で一面的な説明をしたものに過ぎない。 

一方、「グラウンドを走っているのが……」という節は、(先に述べたように)聞き手と話し手に既知の話題として認識されている「先生」が存在する以上、「先生」を他の要素(グラウンドに座っている人間とか)から切り離し、決定付ける判定なのである。 

英語で言えば、前者はjudgeであり、後者はconcludeである(たぶん)。

とはいえ、この教科書を使うのは中国人学習者であり、なおかつ私の解説文は中国語に翻訳されることになっているので、このままではマズイのは確かである。

ということで、「判断のハ」「断定・強調のガ」とした。

「特定のガ」でもいいような気がしたが、これだと日本語の「犯人は〇〇だと特定されました」みたいな一文をもってきて「ハも特定の時に使うんじゃないの」とめんどくさいので(実際には「犯人」という主題に対する説明のハなんだろうけど)。 

 

12時になったので、切れた電子辞書用の電池を買うついでに、散歩に出る。

校内には木犀が多く植えられているので、キャンパスを吹く秋風に木犀の良い香りが混じっている。 

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木犀の香りはとても好きだが、木に近づきすぎるとけっこう香りが強くなる。

まるでトイレの芳香剤のよう(もちろん芳香剤の方が木犀に寄せているんだが)。

30分ほど歩いたあとオフィスに戻り、14時まで校正のお仕事。

14時から学生さん2名が作文を持ってきたので、16時まで検討会。
そのあと少し校正を進めたあと5時前には退勤。

スーパーへ行って「いつもの」食材を買い、「いつもの」ルーティーンをこなし、就寝。

 

17日(木)

 授業は10時からなので、少し遅めの8時に起床。

シャワーを浴びて身支度を整えてから大学へ。

お湯を沸かし、コーヒーとお茶を淹れ、ニュースをチェックしながらヨーグルトとりんごで朝食を済ますという「いつものルーティーン」をこなす。 

「いつもいつも同じことをして飽きないの?」とあなたは言うかもしれない(言わないかもしれない)。

別に飽きない。

全然飽きないのである。 

だって私自身が日々コロコロと変わっているんだもの。

表面的に同じことをしていても飽きるはずがないじゃないか。 

 

コーヒーを啜っていると、K先生から学院の教室に張り出すための環境美化のスローガンを日本語訳することについて相談を受ける。 

中国の街中でよく目にするスローガンは、中国語的な音遊びや表現があるので、なかなか日本語には訳しにくい。

うんうんと唸る。

唸っているあいだに授業の時間になったので、教室へ。

3年生の「作文」である。 

 先週から言い続けている「自分の意見を書くこと」についてお話する。

 詳細は非常に長いので割愛(いずれどこかで書くだろう)。

かなり熱を入れてお話したので、大部分の学生さんには理解していただけたようである。

ありがとう。

 

ずっと喋ってお腹が減ったので、ぐるりと散歩したあと昼ご飯。

いつもの拉麺屋さんに行こうと思っていたのだが、途中で気が変わって、その隣にある「がちょう」を売りにする麺屋さんへ。

浮気。

ここへ来るのは、おそらく半年ぶりぐらいではないだろうか。

“鹅肠面”(ガチョウの腸入りタンメン)をオーダー。

麺が来るまで無料サービスの漬物をポリポリ食べながら待つ。

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5分ほどで麺が仕上がり、お店の人に呼ばれたので、カウンターまで受け取りに行く。

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そうそう、これこれ。

私はこの「ガチョウの腸」が大好物なのだ。

コリコリとした歯ごたえがたまらない。

スープもガチョウからとったものだろう、優しく濃厚な味わいである。

麺は、コシはあまりないがツルツルとした食感でスムーズに喉を通過していく。

うまし! 

 

満腹したので、秋晴れを楽しみながら歩いて大学に戻る。

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16時からの出版社との打ち合わせまでのあいだ、パソコンに向かい校正と原稿書きを同時進行的にこなす。
 16時に出版社の担当者2名と合流してから「いつもの名園」へと移動し、まずは打ち合わせ。

今回私が担当するのは、シリーズの中の一冊なので、他の分野(語彙とか文法とか)を執筆する先生方も同席して打ち合わせをする。

私の教科書に関しては、ほぼ100%同意をいただけたので、一安心。

相談をするなかでいろいろと新しいアイディアが沸いてきて、その場で提案する。

これも「いいアイディアですね!」とお褒めいただく。

嬉しい。

ものを作るって楽しいな。

ひと段落したところで食事。

担当者の方々は蘇州からいらっしゃったわけであるが、なんとお土産として上海蟹を8杯お持ちになっていた。

レストランの担当者に頼んで調理してもらった蟹が、食卓に上る。

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ようは私が子どもの頃近所の川で捕まえて遊んでいた「モクズガニ」の一種なわけだが、大きさが段違い。

外から見ても身がパンパンに詰まっているのがよくわかる。

実は上海蟹を食べるのは初めて。

上海の浦東国際空港のなかや近所のスーパーなんかで売られているのをみたことは幾度もあるが、高いんだよね(1杯100元、日本円で1600円前後だったりする)。

貴重な体験の機会をくださった出版社の方々に感謝しつつ、いただきます。

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おお、これが噂に聞く上海蟹の「蟹ミソ」であるか。

カニの甲羅をこじ開けると黄金色のミソがぎっしりと詰まっている。

とても濃厚でクリーミーで……。

あかん、「バカ舌」が舌が肥えてしまう。

O主任(語彙の教科書の執筆担当)が「カニがあるなら『黄酒』(いわゆる紹興酒、老酒)でしょ」ということで、この日は白酒ではなく熱燗にした紹興酒を頂く。

う~ん、寒さが増すこの時期にはもってこいである。

食卓にはほかにも安徽特産の美食がふんだんに並べられていたのだが、それらをほったらかしにして、一同しばし蟹と取り組む。 

日本でも中国でも、人間というものは蟹を食べる時には無口になるものである。

最近の私は、よくある「比較文化論」があまり好きになれなくなってしまった。

その理由は、「比較文化論」に熱中する論者たちの多くが比較して差異を発見することだけに気を取られ、その奥にある「なあんだ、けっきょく人間ってみんな同じなのね」という「身も蓋もないけれど、暖かい」人間性の発見に注意を払っていないように見えるからである。 

人間なんて、どこで生まれ育っていようが、そのつまらなさも偉大さもたいていは同じであると私は思う。

そこ「だけ」理解できれば、表面上の些細な違いなど、交流を決定的に阻害する要素にはならないのではないか(甘い考えかもしれないけれど)。 

蟹を無事に殲滅し、21時過ぎには食事会をお開き。

場所を近くの喫茶店に移し、ふたたび討論。

「黄酒」の酔いと1日の疲れで脳の稼働率10%ばかりのところに中国語で討論なので、私はうすら笑いを浮かべながら「へへっ」とか「あは」とか発することしかできないのだが、同席。

こういう場にご一緒させていただいて話を聞かせていただくと、いろいろ勉強になることが多い。

結局日付が変わる直前まで相談が続いた。

明日お帰りになる出版社のおふたりをホテルまでお送りし、家に帰ってシャワーを浴び、ばたんきゅー。

蟹、美味しかった。

日記(10.12~14)

12日(土)

小雨。

国慶節休暇の振替出勤日なので土曜日なのに朝から大学へ行き月曜日の授業をする。

おもわず、

 

どようびなのにげつようび。

どようびだけどげつようび。

どようびなんだがげつようび。

やすみをまとめてとったから。

 

などとポエムを綴ってしまう、あめふるどようびだから。 

 

なにはともあれ今日は6コマ入っているので頑張るぞ。

まず3年生の「ビジネス日本語」をこなす。

授業中にいろいろ思いついたことがあるが、それはまた今度。

3、4コマ目は4年生の「視聴説」。

雨の土曜日に学校に来て憂鬱なのは学生さんも同じである。

ということで、今日は映画を見ましょう。

「わーい」

とはいっても、大学の授業なので、それなりのものをご覧いただく。

小津安二郎『東京物語』である。 

2時間以上ある映画なので今日は半分だけお見せする。 

酔っ払った笠智衆が、うだつの上がらない息子への不満を漏らす東野英治郎に、

「わしもそう思っとったよ。じゃが、それは世の中の親の欲というものじゃ」

と諭すところで、今日は打ち止め。 

うだつのあがらない息子として、遠く長崎に暮らす父母を思い、申し訳なく思う(ちょっとだけね)。

学生のみなさんも自分の親への思い自分への親の想い、そして親孝行のあり方についてそれぞれ考えているらしく、シーンとしてしまった。 

なんかごめんね。 

 

昼食をとりに小雨の中いつもの麺屋へ。

 空腹だったので、レギュラーの「牛肉麺」に油揚げを4枚トッピングしたものをズルズルと啜る。

満腹。

良きかな。

オフィスに戻り16時からの授業までデスクワーク。 

授業は2年生の会話。

やんややんやおしゃべりし、すべての仕事が終わったのは18時すぎ。

疲れた。

雨が降るなかスーパーへ行き、夕御飯の材料を買い、ビニール袋を下げて帰宅。

ローラー・食事・酒というルーティンのあとに、日付が変わる前には就寝。 

 

13日(日)

目覚まし時計のアラームで6時起床。

外は昨日とかわらず霞模様。

今日は休日なのだが朝から大学へ。

来週出版社の担当者と打ち合わせがあるのだが、その時にある程度仕上げた原稿を一部分お見せしなければならない。

ということで、朝から執筆作業。

11時半まで身じろぎもせずパソコンに向かう。

肩が凝ったし眼も疲れたので散歩に出る。

この時期の合肥はたいていどんよりと灰色に曇る。

大気汚染も少しずつ酷くなっていく季節である。

それでも秋の風には金木犀が香っているし、足元に目を向けると綺麗な花々が咲いている。

1時間ほどてくてく歩く。

そのあとOさんと食事。

食事をしながら「ハとガ」に関する箇所を読んでもらい、忌憚なき意見を頂くのである。

とはいえ、Oさんはあまり忌憚なき言い方をする人ではないので、忌憚無き意見は頂けず。

ただ、自分で「ここはちょっとなあ」と思っていた問題箇所をピンポイントで指摘してくれたので助かる。 

1時間ほどお話する。

食後はオフィスに戻り仕事を再開。 

15時に挿絵を書いてくれるLさんが来て、絵柄やら構図やらについて、オフィスに積み上げているいろんな漫画(私の私物)をパラパラと読みながら検討。

これは単なる挿絵ではなく、私の解説文とコラボすることで文法をわかりやすくお伝えするためのものなので、私のイメージをいろいろな表現でLさんにお伝えする。

ふたりで「難しいね」と言い合いながら相談。 

そうこうしているうちに夕方。

明日はまた6コマ入っているので早めに帰宅。

いつものルーティーンをこなし、就寝。 

 

 14日(月)

学期8週目のスタート。

5時起床。

シャワーを浴びて6時すぎにオフィスへ。

今日中に原稿の一部を出版社に送るということだが、今日は6コマ入っている。

なので、寸借を惜しんでなるだけ仕上げておきたいのだ。

通勤途中に空を眺める。

綺麗。

 コーヒーを淹れ、りんごとヨーグルトで朝食を済ませ、仕事に取りかかる。

8時の授業開始まで集中して執筆。

8時から12時まで授業。

3、4コマの「視聴説」では、おとといに引き続き『東京物語』を最後まで見る。

みんな映画に引き込まれ、最後まで席を立つものがいない(まあ授業中だから当たり前なんだけれども、それでもトイレに行きたいとかあるし)。

私は『東京物語』を見るのはこれで10回目であるが、毎回涙が滲んでしまう。

今回も例外ではない。

授業中にウルウルしちゃあかんだろと思いながらも、感極まる。 

全部見終わったあと、学生さんに感想を書いてもらい、意見を伺う。

やはりみなさん「親孝行」や「家族関係」について考えさせられたようである。

私は思うのだが「親孝行」に絶対的な基準やマニュアルなど存在しない。

それは、いかなる親切であろうとも、他者への「親切さ」が、その「親切さ」を発揮する個人の試行錯誤や、自身の「親切さ」への評価を自分自身で下さないという態度に保証されるのと、原理的には同じである。

たとえば、「ずっと親の近くにいること」が親孝行だとは限らない(小津が『秋刀魚の味』で描いたように、ずっと子どもを自分のそばに留めた親、留められた子どもがともに不幸になることもある)。

かといって、「俺ら子どもにも自分の生活があるんだからさ」という冷めた態度を取ることは、やっぱり虚しい。

「親孝行」とは、親と子どもが、それぞれの置かれた状況において可能な範囲で、互いのことを察しながら、そしてときにはお門違いな誤解も犯しながら、それでもコミュニケーションをとり続けるという態度そのものではないだろうか。

だから、「親孝行」に正解もマニュアルもない(『東京物語』のなかで、田舎から出てきた親を構いきれずに熱海旅行を親に送り「孝行」した気になっていたのが子どもたちだけだったように)。

 答えがない中で考え続けねばならぬ。

それが(親子に限らず)人間的なコミュニケーションの基本だと私は思う。

 

疲れたし、お腹が空いた。

気分転換に外へ行き、夕飯の買い物をしたあとに、いつもの拉麺屋へ行っていつもの麺を食べる。 

「よく飽きないね」というお声もあるかもしれぬ。

しかし飽きないんだな、これが。 

今回麺をかっ込みながら、後方で大音量で展開されるオーナーと客との世間話を聞いていてわかったことだが、この店のオーナーは蘭州(中国製北部の省である甘粛省の省都)出身とのこと。

蘭州とは、最近日本でも知られ始めている「蘭州拉麺」で著名な街である。 

おお、本物の蘭州拉麺か。

中国では、看板に「蘭州拉麺」と出していても実際に麺を打っているのは蘭州人ではないことが多いが、ここは本物だということか。 

どうりで旨いわけだ。 

ごちそうさま。

満腹になったので、肌寒い曇り空の下を歩いて事務室へ戻る。

16時の授業まで原稿書きを続け、出来たところまでを出版社に送信。

そのあと2コマ授業を片付け、帰宅。

「いつものルーティン」をこなし、「いつもの晩御飯」を食べ、就寝。

 

 

日記(10.8~10.11)

8日(火) 

休暇明け最初の勤務日。

5時半に起床。

寒い。

6時過ぎに大学へ行く。

机上に積み上げていた本やらマンガやらを整理しながら、蔵書の一覧表を作る。

この蔵書一覧の作成はO主任からのお願いである。

もうすぐ地区の教育庁(日本で言う各都道府県の教育委員会のようなものか)が査察に来るので、日本語学部や各教員の蔵書リストを提出するとのこと。

外国語文献(つまり日本語で書かれた原著)は貴重な教育資源として評価されるので、日本からいくばくかの書籍(だいたい500冊ぐらい)を持ってきている私にも「リストを作っていただけますか」とのことだった。

もちろん喜んでご協力する。

上司だからとか鳥目を頂いているからとか以前に、私だってここで教育をしている教師である。

この学校の社会的評価が高まり、やる気と学力に溢れた学生さんたちが今以上に集まることは、ひいては私自身が仕事をより楽に、楽しくできるということを意味している(もちろん今の学生さんだってやる気や学力はある。「今以上」というだけである)。

ここでいう「楽になる」とは、別に「手を抜ける」という意味ではない。

そうではなくて、優秀な学生さんがさらに増えれば、「え、大学生にこんなことを説明しないといけないの?」的指導に時間を割かずに済むようになるということである。

優秀な学生さんは「授業中におしゃべりしてはいけません」とか「なんで予習をしてこないんですか」とか、そういう教師も言いたくないし学生さんも言われたくない「誰得?」ワードを教師に発させない。 

優秀な学生さんが多いクラスでは、教師も学生さんも気分良く教育というコミュニケーションを進めていくことができる。 

すると、教師は「おーし、ならこれも教えちゃうぞ~」とターボがかかり、「教えるはずがなかったこと」まで教えてしまうし、結果的に学生さんも「学ぶつもりが無かったことを学ぶ」ことができるのである。

ここで私が言う「教えるはずがなかったこと」とは、計画外のことを喋るとか、教案から逸れた知識を提示するとかいうことだけを意味するものではない。

そうではなくて、「教師が教えるという作業をしながら、まさにその場で学び得たなにかを『即売』する」ということである。

感染力を伴うコミュニケーションの本質は“现做现卖”(その場で作り、その場で売る)である。 

スピーチだってそうだし文章だってそうだ。

そして教育だってそれは変わらない。

よく言う「活きた知識」とは私にとって、それを学べば金儲けができるとか社交的に成功するとかいう類の情報や技能ではない。

そうではなくて、まさに「ほら、これ朝採れた鯛だよ」「まあ、活きがいいわね」という会話における「活きがいい」と同じ意味で、鮮度の良い知識である。

ここでいう鮮度の良い知識とは、まさにその場で「あ、今気づいたんだけど」という誘い水によって表出する言葉である。

教師というのは教育しているまさにその瞬間に、この「あ、今気づいたんだけど」に出会うことで学ぶことが出来る幸せな仕事である。

なぜ教師が自らが教えているのもかかわらず「あ、今気づいたんだけど」と学ぶ現象が生じるかというと、聞き手が語り手の話を真剣に聞きてくれるからである。 

あるときは笑い、またあるときは考え込み、うなづきながら、首をかしげながら、発し手である教師が差し出した言葉を受け手がじっくりと吟味してくれる環境では、そのような話し手の感応に感応した話し手(教師)が「ぐるぐる」と動き回る言葉の運動に引っ張られることで、新たな言葉の湧水孔を探り出すことからである。

だから、学生さんがもし豊かに学びたいならば、その教師が自分の言葉を語ろうとしているならば知性のレベルを問うことなく、話を真剣に聴いてあげることは理にかなっていると私は思う。

それは教師の言いなりになるということではないし、教師の言葉を全て鵜呑みにせよという意味でもない。

教師の言葉を教師の言葉として、ただただ聴いてみてほしいというだけのことである。

私の教師としての経験はまだまだ浅いが、頭が良い学生さんには共通する特徴があると思う。

それは、試験や成績に関係ないような「教師の無駄話」でも、頭が良い学生さんたちは顔を上げて聞いているということである。 

教場での私の語り方は、今こうやってご覧頂いている文章での語り口とおそらくあまり変わらない。話は長いし、脱線するし、何を言っているのかわからない(だって私だって何言っているのかわかんないんだから)。

私の話しは、とても「N1合格」や「大学院受験」に関係があるようには見えない。

だから、一部の学生さんたちは、私が「あ、そういえば今思ったんだけど」と口にした途端に視線を落とし「内職」を始める。

まあ、それはいいんですよ。

でも、「あ、これは『N1合格』や『大学院受験』に関係ない無駄話だ」と、あなたは判断することができるの?

だって、もしかしたら私の無駄話に含まれる知識や言葉が試験に出題されたり、面接で聞かれることだってあるかもしれないじゃない。

ちゃんと教師の無駄話に付き合ってくれた学生さんは、人生の思いがけない場面で「あ、これ知っている、まえ先生が言ってた」に出くわすことができるだけではなく、「これ、先生が夜中5匹の犬に追いかけられた話をしてたときに言ってたぞ」という具体的な物語付きで再現することができるのである。

知識にはその背景にそれぞれの物語がある。

知識を学ぶとは、たんに知識を覚えるだけではなく、その背景の物語を把握し、それぞれの物語として作りなおすことである。

教師の無駄話をスキップし、参考書や単語帳に向かい内職に勤しむ学生さんは、この物語を持っていない。

参考書や単語帳の知識には物語が欠けているからだ。

だから彼らは、覚えては忘れ、忘れては覚えてを繰り返すことになる。

無駄話がほんとうに「無駄」かどうか、それは現時点ではわからない。

頭が良い学生さんは経験的にそのことを知っている。

だから、彼らは教師が口にする玉石混淆の話をその場で玉と石へと分けることは決してしない。

とりあえず全部聞くのである。

人間というものは自分の話を傾聴してもらえると嬉しい。

教師という生き物は輪をかけてそうである。

嬉しいからもっと頑張って話そうといろいろ準備するし考えながら話す。

それは学生さんへ知として送られる。

結果的に頭が良い学生さんは成績が良い学生さんであることが多いし、優秀な学生さんが多いクラスはより優秀になる。

そして、そうではないクラスはそうではないまま卒業を迎えることになる。

ここからガリガリ机にかじりついて良い成績を挙げることに耽溺してきた学生さんが必ずしも頭が良い学生さんであるとは限らないことが説明できるのである。

 

話がだいぶ長くなったが、ようはこういう頭が良い学生さんが多いクラスは、授業をするのがとても楽だし、楽しい。

私は楽しく仕事がしたい。

だから、蔵書リストを作るという作業だって心から喜んでやるの出る(という話は今思いついた)。

 

とはいえ、 ずっと奥付とPCとのあいだで視点移動をすることになるので、眼がしっぱしぱ。

そうこうしているうちに時間になったので10時から授業。

視聴説の授業。

昨日までずっと「ハとガ」についてうんうん唸っていたので、自然と映像中の日本語で使われている「ハとガ」に注目してしまう。

たとえば、海洋ゴミ問題についてのビデオのナレーションに出てきた、こういう一文。

 

 「海洋ゴミ問題、多くの人に認知されている」

 

なぜ「多くの人に認知されている」ではないのでしょうか?

と学生さんたちに問いかける。「この『は』にはなんの意味もないの?」と。

もちろん意味がある。

ここのハは、対比・比較のハである。

多くの人が海洋ゴミ問題を「知っている」が「具体的な取り組みをするまでにはいたっていない」ということを、このハは示しているのだ。 

このような対比・比較の存在を暗示するハ、外国人学習者のみなさんは使い方を気を付けないと、自分が意図してないニュアンスを相手に与えてしまう。

たとえば、

 

 「先生、今日の授業おもしろかったです」

 「今日の君の料理美味しいね」

 

などの表現である。

もちろん人によるだろうが、場合によっては「先生、今日の授業はおもしろかったです(いつもは面白くないけど)」とか「今日の君の料理は美味しいね(いつもはゲロまずだけど)」などというように、対比・比較の存在を感じ取ってしまい、

 

 「私の授業はふだんはつまらないというのかね」「なによ、いつもは食えたもんじゃないって言いたいの!?」

 

となってしまうのである。

だから私たち日本人は、特段の意識をすることなく実際には、

 

 「先生、今日の授業おもしろかったです」

 「今日の君の料理美味しいね」

 

というようにハを外すのだが、外国人学習者にとってこのような肌感覚で身に付く助詞の使い方を覚えるのは、どうしても難しい。

だから、理論を説明したあとは例文をたくさん列挙してあげて、身体で覚えていただくしかない。 

そこで、

 

 「彼女は顔可愛い(が、腹の中はまっくろである)」

 

とか

 

 「彼はスタイルいい(服のセンスはダサダサだけどね、ぷー)」

 

などという例文を思いつく限り列挙する。

……なんだか、私の性格の悪さがにじみ出ているような気がするが。 

 

授業が終わり事務室へ戻る

がーがー喋ってお腹が減った。

昨日と同じく外へ行かずに昼食を済ます。

13時から日本の大学院を目指すOさんSさんとのゼミ。

このふたりは夏休み中も学校に残り、週1でゼミをしながら、自分の問題意識を先鋭化させてきた努力家である。

こういう学生さんを私は高く評価するし、そのお手伝いをするためにプライベートを削るぐらい屁の河童である。

中国では最近教育産業が急成長しており、その市場を狙って“培训学校”(予備校や塾)がどんどん誕生している。

日本語業界でもそれは変わらず、たくさんの塾や予備校が「日本の大学院留学というあなたの夢を実現します」と鼻息荒い。 

別にそれはそちらさんのビジネスなのでご勝手に。

ただ、「今からやらなきゃ一流大学には間に合わわない」とただでさえ将来に不安を抱えている大学生の不安を煽るような広告を打つのはやめてほしい。

なかには進学実績を挙げるために、同時に複数の大学教員に連絡させ研究生の内定を複数とらせたあとに一番有名な大学院を選ばせるなどといった、目に余るような場合も散見される。

あのさ、研究生の受け入れって、担当教員の内諾の後に教授会での認可を得ないといけないんだよ。

ひょっとしたら、そのために事前の根回しに動いたり、面倒な人間関係に気を使ったりしてくれる先生だっているかもしれない。

そうやって受け入れの先生が動いてくれたあとに、「あ、やっぱいきません」と断るのってさ、人間として問題があるとは思わないかい。

私が実際に見聞きして知っているだけでも、そういう「あ、やっぱいきません」が続いたせいで「私はもう中国人は受け入れない」「あなたの大学の先輩が以前来ると言ってこなかったので、すみません」となってしまった例がある。

予備校や塾はビジネスだから、そういう人たちに道理を論じるだけ無駄である。

でも、塾や予備校の甘言に乗せられ、大金を払って大学の外で留学の準備をするまえに、学生さんたちにはよく考えていただきたいと思う。

あのね、そもそも日本の大学院の研究生って、ちゃんと勉強して問題意識を磨き上げて研究計画書を書きメールで希望の先生に連絡すれば、たいてい合学できるんだよ。

だって現にそうやって私と一緒に準備した過去5人の学生さんは5人とも志望校に合格した。

これは私の指導能力が優れているからではない。

ちゃんとやればできるのである。

もちろん私は彼らからお金など受け取ってはいないから、彼らは高いお金を塾に払うことなく、「日本の大学院に留学する」という夢を叶えたことになる(まあ、そのかわり半年ぐらい私とのきっつーい問答を耐え抜いたわけであるが)。

今の学生さんは自分の大学の先生に頭を下げればただで指導を受けることが可能だとは思いもよらないのだろうか。

高いお金を払ってもったいない。 

「脚下照顧」とはよく言ったものである。

学生さんによく言うことだが「釣り餌」は2つの要素から成り立っている。

まず、それが「魚にでも価値が理解できるもの」であるということ。

そして、「針」がついているということである。

そして「釣り人」が「魚」より下に位置することはありえない。

4年生の諸君にはよくよく考えていただきたいと思う。 

 

※ということをこの日に書いたが、この日記をアップする前(土曜日の昼過ぎ)にこういうニュースを見た。

 

日本の大学への留学を希望する外国人を対象にした「日本留学試験」で、試験問題を眼鏡型カメラで撮影したとして、学習塾の部長らが警視庁に逮捕されました。

 偽計業務妨害の疑いで逮捕されたのは、中国籍で学習塾「毎刻教育」の部長、鄭鐘輝容疑者(32)と早稲田大学3年の張以がい容疑者(22)です。

 2人は今年6月、都内で行われた「日本留学試験」の問題用紙を眼鏡型カメラで撮影したうえ、一部を破って持ち去り、試験を実施する日本学生支援機構の業務を妨害した疑いが持たれています。

 警視庁は試験問題の情報を塾で活用する目的だったとみていますが、取り調べに対し鄭容疑者は「上司の指示に従っただけ」と容疑を否認しています。(11日18:16)

 

 私が知る限り、多くの中国人は真面目で優しい方である。

 多くの方々はこういう一部の金や利益のためには手段を選ばない人間の存在に憤っている。 

 私もそうである。

 私はこのような自分の利益のために心を頭に隷属化させた人間を教育者だと思わない。 

 

論文執筆中のO先生から相談を受けたので30分ほどおしゃべりして、16時にはオフィスを出る。

外はさっきまで降っていた秋の雨が上がり、澄んだ空気と青い空が広がっている。

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帰宅し、夕飯の仕込み・ローラー・食事・散歩というルーティーンをこなし、早めに就寝。 

 

9日(水)

6時起床。

あいかわらず肌寒いが良い天気。

3キロほどグラウンドを走り、シャワーを浴びて身支度を整えたあと、大学へ。

今日は授業が入っていないので、机にかじりついて原稿書きや学生さんの作文のチェックをこなす。

教科書のほうはだいぶ筆が進んで構想がまとまってきたので、ささっと章立てをつくる。 

学生さんの作文のほうは……申し訳ないけれどボロボロである。

日本語が、ではない(主格のガ)。

文章そのものがひどいのである。

今回書いてもらった作文は先週の作文(「大学で英語を必修化すべきかについてあなたの意見を書きなさい」というよくあるテーマ)のリライトなのだが、学生のみなさんは私の「書き直してください」との言葉の意味をどれだけ考えてくれたのだろうか。

私はしっかりと授業で次のように言ったはずである。

 

「みなさんが英語の必修化に賛成でも反対でも、どちらでも構いません。でも、今の皆さんの作文は、主張の理由や論じ方があまりにありきたりで聞き飽きたものです。正直つまらない。こういう文章は、いくら論理的整合性がとれていて、日本語が正しくても、つたわりませんし『私の意見』ではありません。だって、ありきたりで聞き飽きている話は『はいはい、もうわかったよ』とあしらわれるだけだからです。そもそもそれは求められている『あなたの意見』ではないですよね。だから、もう少し考えて、自分の視点や言葉を探してみてください。ヒントを上げます。『大学で』『英語を』『必修化』、このそれぞれのキーワードについて、それぞれ分析してみるといいと思いますよ」 

 

もちろん細かい表現は違うが、だいたいこのようなことを言った。

「英語は世界言語だから」とか「英語ができれば就職に有利だから」とか「大学英語4級(という統一試験が中国にはある)に合格できないと卒業できないから」とか「外国人に道案内を頼まれた時に役立つから」とか、そんな巷に溢れている理由をかき集めて「私の意見」作文を書いたって、悪いけれど「バカだ」と思われるだけである。

第一これらは「大学で英語教育を必修化するべきかについてあなたの意見を書きなさい」というテーマへの答えを支える理由として説得力がない。 

「英語は世界言語だから」

うん。それはそうですね。で? そこからなぜに「必修化してすべての大学生が学ぶべき」とつながるの? 大学が大衆化した今の時代、すべての大学生が海外に行くわけでもないし英文論文をバリバリ読み込んで研究するわけでもないでしょ。

なぜに「必修化」すべきなの? 

「英語ができれば就職に有利だから」

で? それってあなたの個人的なお金の話でしょ。

それなら民間の塾や語学学校に行けばいいじゃん。

なぜに私たち市民の税金で運営されている大学であなたの個人的将来設計のために英語を必修化すべきなの?

「大学英語4級に合格できないと卒業できないから」

じゃあ4級試験がなくなれば大学で英語を必修化する意味はないの? 

「外国人に道案内を頼まれた時に役立つから」

人生で何度あるかわからないそんな特殊な場面のために、大学ですべての学生に必修化をすべきという主張は説得力がないと思わない? だいいち道案内なんて、手をひいて連れて行ってあげればいいじゃない。 

このテーマに答えるためには、大学という機関が持つ特殊性と意義やそこで語学を学ぶということ、英語という言語の本質(たとえば世界言語とか簡単に言うけど、じゃあ世界言語って何よ、母語・非母語話者合わせた使用話者が多い言語って意味だと中国語が第一になるけど、英語の世界言語性は中国語にまさるでしょ?)、必修化という手段の適切さについて、じっくり考えなければならない。

テーマそのものはよく見聞きするものであるが、そんな簡単に「私はわかってますよ」という態度で答えられるものではないと私は思う。

なぜ多くの学生さんが「私はわかっていますよ」という態度でこんなありきたりな文言をつらつらと並べられるかというと、それらの文言が巷間溢れた他人の言葉であるにも関わらず、それを「私の意見」だと無邪気に思い込める程に思慮が足りないからではないだろうか。

私が先週の授業でなぜ宮沢りえの「もっと自分を疑え」という言葉や宮崎駿の言葉を紹介したか、もっと考えて欲しい。

宮崎駿が庵野秀明との会話の中で、声を当てる演者のオーディションでの態度にこうこぼしていたのを覚えているだろうか。

 

宮崎「もうちょっと、嫌になっちゃったんですよ、いろいろ」 
庵野「役者さんですか」
宮崎「うん、役者さんが。声優じゃないんだけど、なんかね、みんなおんなじような感じで喋ってんだよね。相手の心を慮ってばっかりいてね、わかっているふりをして。それで感じを出して『感じが出てる僕』ってね。

                      『夢と狂気の王国』より

 

考えていただきたいが、諸君が「自分の意見」として差し出している言葉について、諸君はほんとうに理解しているのだろうか。実はわかってなどいなくて、わかったふりをしているのではないだろうか。

もっと自分を疑って欲しい。

そのことがやがて伝わる文章や自分の意見へとつながっていくのではないか。

そうお伝えしたかったので、あれらのビデオをお見せしたのである。

もし諸君がそれぞれ「私はわかっていないのかもしれない」という自覚と「ぜひ私の文章が届いて欲しい」という態度で考えながら書いてくれれば、自然と君たちの作文には君らしい語り口と「自分の意見」が現れてくるはずだ。

だからからこそ、前回設けた800字の字数制限をとっぱらって、いくら文字数をかけて書いてもいいのでもう一度考えながら書いてくださいねといったのである。

にもかかわらず、たいていの学生さんは、前回私が修正した日本語だけを訂正し、意見や理由、語り方に関しては、ほとんど手を加えていない。 

脱力。

同じテーマについて2度書いたにもかかわらず、前回とほとんど変わり映えしない文章を自分で読み返して「これでいいや」と思えるのが不思議である。

もしかして読み返してすらいないのだろうか。

ちょっとがっかり。

まあ、ようは前回から何も変わっていない。

前回チェックしたものとほぼ変わらない文章を再チェックする必要などない。

それに他人の話を聞かない人間の書いた文章をわざわざ読んであげるほど、私はお人好しでもない。

大部分の作文には「何が変わったの?」とだけ記入し、時間を節約する。

しかしなかには前回から意見を変えたり、語り方を工夫したり、理由を掘り下げたりしながら「自分の意見」を目指した作文もある。

こういう「自分の意見」を志向する態度が感じられる作文にはたっぷり時間をかけてチェックする。

「自分の意見」とはなにか。 

内田樹はこう書いている。 

 

 たしかに、どんな人間のどんな文章も、それなりの定型にはとらえられてしまうことからは避けられない。
 定型から逃げ出そうとすれば、シュールレアリスト的饒舌かランボー的沈黙のどちらかを選ぶしかないと、モーリス・ブランショは言っている。私も同意見である。
 ひとは定型から出ることはできない。だが、定型を嫌うことはできる。定型的な文章しか書けない自分に「飽きる」ことはできる。
 「飽きる」というのは一種の能力であると私は思っている。それは自分の生命力が衰えていることを感知するためのたいせつなセンサーである。
 「飽きる」ことができないというのは、システムの死が近づいていることに気づいていない病的徴候である。

(中略)

  人間が引き受けることのできるのは、「自分の意見」だけである。
 「自分の意見」というのは、「自分がそれを主張しなければ、他に誰も自分に代わって言ってくれるひとがいないような意見」のことである。「自分が情理を尽くして説得して、ひとりひとり賛同者を集めない限り、『同意者集団』を形成することができそうもない意見」のことである。
 それは必ずしも「奇矯な意見」ではない。むしろしばしば「ごくまっとうな(ただし身体実感に裏づけられているせいで、理路がやたらに込みいった)意見」である。
 なにしろ、自分が言うのを止めたら消えてしまう意見なのである。
 そういうときに「定型」的な言いまわしは決して選択されない。
 なぜなら、「ああ、これはいつもの『定型的なあれ』ね」と思われたら「おしまい」だからである。だから、「自分の意見」を語る人は、決して既存のものと同定されることがなく、かつ具体的にそこに存在する生身の身体に担保された情理の筋目がきちんと通っているような言葉づかいを選ぶはずである。

定型と批評性 - 内田樹の研究室

 

 内田が書いていることと同じようなことを、私も以前どこかで(このブログかも)書いていたので、以下に自らの駄文を引用し、改めて読んでみる(もっともこの筆者に影響されてこんな「自分の意見」を書き記したという可能性は否めないが)。

 

  私が言っていることは、だいたい今も昔も同じことである。 私は、ようは自分の言葉や自分自身に「空気穴」を確保しておきたいだけなのである。 そしてその「空気穴」を塞ごうとする言葉や人間が、私は大っ嫌いなのだ。  

 よくある定型文で書かれた文章や、受け売りばかり話す人間や、「俺はすごい」と(言外に)言い張る行為を私が嫌うのは、それが「正しくない」とか「間違っている」からではない。 単に「息苦しい」からである。

  そして、もし自分自身がそういう言葉を繰り出したり、他人の言葉を移動させるだけだったり、「俺はすごい」という態度で振舞ったりしているのならば、それは私にとって自分で自分を窒息死させているのと同じである。  

 自分で自分を閉じ込めている可能性に自分で気づけないということは、「愚かなこと」を言うことと引き換えに自分の可能性を知ること以上に愚かなことだと私は思う。 

  思えば卒論(私にとって初めての量的にも質的にもまともな文章である)を書いた頃から比べれば、語彙や表現や文体はだいぶ変化してきている。 しかし、私のこの「隙間を縫う」ように書き、「空気穴を求める」ように語りたいという欲求だけは、一度も変化していない。 おそらくそれが私にとっての「いくら変化しても変化しないもの」なのだろう。

 自分の「いくら変化しても変化しないもの」は「今」の経年比較でしか浮き彫りにならない。 だから、やっぱり「書く」っていうのは大切な作業だと私は思う

 

  内田が言う「ひとは定型から出ることはできない。だが、定型を嫌うことはできる」とは、私がいう「自分の言葉や自分自身に『空気穴』を確保しておきたい」ということとおそらく同じものを指している。 

 そして私はこのことの大切さ「だけ」を、同じ表現や手法で語ってしまうと学生さんたちに「ああ、またその話ね」と受け取られてしまうので、手を変え品を変えながら、ずっとお伝えし続けているのである。 

 なぜって? 

 学生さんたちに自分で自分を「窒息死」させてしまう危険性について学んでいただくためだし、私が学生さんたちの作文で「窒息死」させられることを避けるためである。

 私が学生さんに口を酸っぱくして投げかけている「自分の意見を書いてください」という言葉を、もしかしたら学生さんたちは「学校の先生がよく言う『ありきたりな言葉』だ」と受け取っているかもしれない。

 確かにそういう教師はいる。

 だから、そういう教師は「自分の意見ってなんですか」とか「なんで自分の意見を書かないといけないんですか」という勇気ある学生さんのつっぱりのまえに絶句してしまい、学生さんに鼻で笑われることになる。

 しかし私は違う。

 私の「自分の意見を書いてください」は、(内田が言うところの)身体感覚に裏付けさせられている。

 なぜなら私はこの6年間、毎週毎週学生さんたちが書いた作文を大量に読んできたからである。

 そして痛感した。

 ほとんどの学生さんの作文の問題とは、日本語がどうかとか論理的かどうか以前に、おもしろくないことだと。

 ここでいう「おもしろくない」とは、私の価値観に沿っていないとか個別の案件への意見が違うとか、そういうケチな審査基準からなされたものではない。

 単純に「おもしろくない」のである。

 それは「正しくない」とは違う(もちろん「間違っている」とも違う)。

 むしろ「正しい」意見、「立派な」見解ばかり書かれている。

 しかし、「正しい」意見、「立派な」見解とは、時に「小学生でも言える」意見・見解と同義であることが多い。

 そんな作文を週に30枚読まないといけないんだもの。

 私の「つまんない」は私の身体感覚に裏付けされて出てきた言葉である。

 私の「自分の意見を書いてください」は私の心からの懇願である。

 しかし、これを学生さんにそのままお伝えしたところで、当然伝わるはずがない(馬鹿にしてんのか!と反発を食らうだけである)。

 だから私は「自分の意見を書いてください」という意見を、ときには比喩や事例を持ち出しながら、ときにはアニメや映画をお見せしながら、理解していただくよう試行錯誤しているのである。

 理路が込み入ってしまって当然である。

 今回の作文の教科書編集の仕事だって、そういう意味では身体感覚から発せられる「おれ、もっと面白い作文を書く学生に増えて欲しいよ」という当事者意識を持ってやっているのだ。

 毎週学生の書いた作文を大量に読まされるのは私自身なのだから。 

  テキトーに済ませることができる仕事ではない。

 

 14時からその教科書でサンプル文を書いてくれる3年生の学生さん4名とゼミ。

 上に述べたようなことをお話する。

 18時までぶっとおし。

 疲れる。

 そのあと、教科書で中国語への翻訳を担当してくれるOさんSさんと、挿絵を書いてくれる3年生のLさんと合流し、総勢8名で火鍋へ行き、作戦会議。

 みなさん、良い教科書を作りましょう。

 よろしくお願いします。

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今日の支払いは私が持つので好きなものをどうぞ。

というと、なにやら高そうな魚がさばかれたもの(まだ生きている)がデーンと出てくる。

魚は好きなのでパクパク食べる。

美味しい。

がやがやわいわい話しながら、イメージを共有していただくために、それぞれに私の構想を語る。

9時にはお開きし帰宅。

あまりに疲れたので、シャワーを浴びる気力もないまま、バタンきゅー。
 

10日(木)

 5時に起床。

シャワーを浴びて学校へ。

ゆで卵と中華まんを口にしながら、授業の準備(ちゃんとリライトしていた学生さんの作文を添削したり、レジュメを用意したり)。

今日は6コマ入っている。

 先週と同じく朝から昼までは3年生の「視聴説」と「作文」。

昨日作文を添削しながら溜まった「飽き飽きしたぜ」という個人的感情を、頑張って教育的に作用し伝わるメッセージへと変換してお届けしたい。 

そのために、まずは去年の4年生の「視聴説」の期末テストでお見せした小林賢太郎(ラーメンズ)の「3D」というコントとその制作背景を記録したビデオをご覧いただく。 

 ちなみに先のテストでは、以下のような問題を出し、以下のような参考回答を書いた。以前にもこのブログにアップしたことがあるが、もういちど公開しておく。

 

大問1.映像の内容を200字以内で要約しなさい。ただし、映像は5分のインターバルを挟み、2度流す。

※参考回答
小林賢太郎はスタッフから追加のコントを制作を依頼される。お題は「3D」。
初めはとっかかりを得られず困惑気味だった小林、まずは3D映像を体験しながら、3D放送ではない番組で3Dを再現するための策をねる。そして3D映像の特徴が「奥行があること」「ないものがあるようにみえること」だとつかみ、その特徴を簡単な装置で実現するため様々な試行錯誤を重ねる。結果、自分との共演という形で、みごとコントを完成させた。

大問2.映像の内容に対して感じたことをもとに、①問いやテーマを立て、②それにもとづいて自分の考えを400字以上600字以内で述べなさい。

※参考回答
なぜ彼はもがくのか?-ひとつの次元に問わられない柔軟な知性-

視点の制約はより良い思考や実践を阻む。しかし私たちの視点はどうしても限られている。一度に一つの視点からしか見ることはできないし、一つの立場でしか考えることができない。多角的に考えるというが、「多角的に考える」というのが既に一つの視点であり立場だ。決して制約から逃れ切ったわけではない。
どうすればいいのか。
大事なことは、もがいて「ねじれ」を生み出すことである。
印象的だったのが、小林が常に「ねじれ」を作っていたことだ。
例えば、自分との共演という発想は、単一の私という視点からみれば「ねじれ」である。
「二次元のものに三次元と書いてあったら何次元?」
「二次元のものに三次元のものが三次元と書いてあったら何次元?」
これらも「ねじれ」だ。 
カメラ枠をなんとか抜け出そうとしたり、最後にはその枠を脱し、舞台の全体像を私たちに一望的に映しだす。
そして私たちも視聴者であると同時に、私という枠で見ていることに気付かされる。
彼は柔軟な人間だが、それは彼が(おそらくは意識的に)もがき、「いま、ここ、わたし」という単一次元に留まらないための「ねじれ」を生み出しているからだ。
柔軟な知性を得るには、自らの視野狭窄を自覚し、自らに多種多様な視点を混沌と共存させておく必要がある。 
そのためには、思考を縦-横二次元で捉えるのではなく、常に「ねじれ」を含む三次元的、そして未知をも含む四次元的なものに保っておくことが重要ではないか。 

 小林のスゴさや才能は、映像を見れば一目瞭然である。

 学生さんたちも思わず「やだ、この人頭いい……」と思ったのではないか。

 でも、それを「この人は天才だから」と済ますことは、誰にでもできる表現である。

 それは小林が天才かどうかとは別の次元の問題だ。

 彼をすごいと思ったなら、彼のすごいところを探し出し、マネをして見ながら学ぶことで、やがてはあなた自身も自分がすごいと感じた彼の才能に近づけるんじゃなかろうか。 

 それは3D映像という新しいお題を楽しんで観察しながらみごとに再現した小林の仕事そのものである。 

 かの啓蒙思想家ヴォルテールはこういっている。

 

原创不过就是聪明的模仿。

Originality is nothing but judicious imitation. 

独創力とは、思慮深い模倣以外の何ものでもない。

 

 「みんなの意見」を模倣するだけだとサルまねにしかならない。

 「俺の意見」をがなり立てるだけならバカでもできる。

 「すごいと思った人」の「すごい」ところを見つけ出し、「すごい」の正体を観察・分析し、「すごい」を自ら再現することを通じて、世間知らずな「俺」を新たな「私」へと変え続けていくこと。 

 私はヴォルテールの言葉をそう理解している(彼の本意など知らん、確かめようがないし)。 

 

 昼休みに教科書編集に参加してくれている学生さんのうちのひとり(Tさん)と彼女の作文について40分ほど検討し終わったあと、昼食をとりにいつもの麺屋へ。

 国慶節が終わり日が落ちるのが早くなってきたので、うちの大学では今週から午後の授業の開始時間が30分早まった。

 急いで麺を啜り、午後に2コマ(2年生会話)をこなし、今日は店じまい。

 疲れた。 

 ふつかつづけてばたんきゅー。

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11日(金)

今日は授業は入っていないので、8時まで爆睡。

起床したあとラーメンズのコントを見ながら30分ほどローラーに乗り、シャワーを浴びる。 

10時前に大学へ。 

教材編集のお仕事。

自分が編集しているのとは別に、市内の他の大学の先生方が編集している教科書のチェックのお仕事もしているので、今日はそっちも進める。 

一度に複数の仕事を進めると一つ一つのクオリティが下がるんじゃないかというお考えもあるだろうが、すくなくとも私の場合、それは気にしないことにしている。

むしろ一度に多種多様な仕事を気分で進めることで、視点や角度がごっちゃごちゃになり、それぞれの仕事に新しい風穴を開けることができると私は思っている。 

私はこのことを「風を吹かせる」と呼んでいる(ウソ、今思いついた)。

「空気を読む」ことで成り立つ仕事があるのと同じように、新たな風穴を穿つことで「風を吹かせ」「空気を撹拌する」ことが求められる仕事もある。

私がここで言っている「空気」とは、複数の人間が集まって形成される「場の空気」のことではない。 

単一の「私」によって淀んでいる「私という空気」である。 

「私という空気」が淀んでいる限り、新たな視点やアイディアなど頭に浮かぶはずがない。 

新たな視点を増やしアイディアに浮かび上がって来てもらうためには、自分自身に風穴が空いていて、常に風が吹くことで、換気が保証されていなければならない。

だから、私は頼まれれば内容や報酬にかかわらず基本的にその仕事を引き受ける(大学の外で授業をすることだけは一律にお断りしているが)。

居酒屋のメニューの翻訳だろうが、教科書の校正だろうが、関係ない。

きまぐれにしたがって同時進行的にいろいろなお仕事をしている時が、私はいちばん機嫌がいい。

なんだか頭に涼風が吹いているような気がするからだ(たんに私の脳みそがすっからかんなだけかもしれないが)。

ということで、2冊の教科書編集をしながら、学校から提出を求められている蔵書一覧を作ったり、期末テスト関係資料の不備を直したり、ネットで「水漬けパスタの美味しい食べ方」やら今週末の天気予報やらをチェックしたり、もちろんこうして日記を書いたりしながら、ふんふんと仕事を進める。

「仕事しながら私事に興ずるとはなにごとか!」とお怒りの声もあるやも知れぬが、そもそも今日はオフなのだ。

オフにもかからわずわざわざオフィスまで来て仕事をしていることをお褒めいただきたいと思う。

ということで、昼過ぎまで仕事をサクサク進める。

お腹が減ったので「カップヌードル」(シーフード)を食べたあと夕飯の買出し兼散歩に出ててから、夕方まで続けて机に向かう。

16時過ぎに「退勤」。 

 あいかわらずの「飯の仕込み・弱虫ペダル・ローラー・シャワー」という過程を経て、濃厚レモンチューハイとともにホタテのサンチュ巻きを食べてから、あすの仕事(国慶節連休の代替出勤で明日は月曜日の授業があるのだ)に備えて早めに就寝。